20話 雑用係
今日の治療を終えると、その足で匡たちは狩人ギルドへと向かう。
ちなみにもう歩き回っても大丈夫だよな、と駆け出した匡はリアーナの叱咤に足を止め、ラジに抱え上げられた。
曰く、治ったわけじゃないんだから無理しないで。
良くなったからって調子乗って暴れ出すやつは自由に歩かせられない。
とかなんとか。
そんなに暴れたつもりはないのだが。
大人しくラジの背中に身を預けたまま、不満げな顔をする匡だった。
カウンターにつくと、ダルクがシードルに声をかけ、ギルドマスターと話がしたいと伝える。
またあの部屋に行くのか。と匡が考えていると、ドレイクが奥からやってきた。
今日はここで話すスタイルのようだ。
「ダルクか。どうした?」
「実はコウのことで相談がな」
親指を後方の、ラジに背負われた匡に向ける。
「ん?お前達知り合いだったのか。コウにはもう一度話をしなければと思っていたが…」
「そうなのか。じゃあちょうど良いな。話を聞いて、リアーナも協力して治療することにしたんだ。さっき動くのに支障がないくらいには治してもらった。」
「おお、本当か」
匡が頷き、リアーナが微笑む。
「それでなんだが、生活費がなくて困っているようだから、依頼が受けられない間、なんか雑用とかで雇ってやってくれないか。」
ドレイクが持っていたものを落とす。
話が聞こえていた全ての職員が凍りついた顔をしている。
「…ギルドが保護するべきだったか」
後ろにいる狩人たちからは、「えっ子供だろ」「依頼禁止にしたまま放置とか…」という呟きが聞こえてくる。
匡は念のため消え入りそうな声で
「俺は15歳です…」
と言った。
その声はラジにだけ届いたようで、少し顔をこちらへ向ける。
「えっそうなの」
そうなのです。
「コウくんっていつサウザンに来たの?」
とミーア。
「一昨日です」
「その時はいくらくらい持ってきたんだ」
「いや、この街に来た時は無一文で…」
「「「それを早くいえ」」」
「じゃあ初日の情報料だけでずっと!?」
ライラの叫びが聞こえる。
いたのか。
「全然、十分な額でしたけど…」
「もういい。もうやめてくれ。」
ドレイクの頭の痛そうな声が聞こえる。
「リアーナ、ダルク。感謝する。ちゃんと見れていなかったギルドも悪い。雇うのは全然構わない。というか、普通に保護してやっても良いんだが…」
「あ、いえ!」
匡はラジの背中から降りて声を上げる。
「ぜひ雑用させてください」
ドレイクに駆け寄って、控えめに笑みを浮かべた。
ラジが引き止めようとした手を渋々下ろすのが見えた。
結果として、匡は一日につき、依頼の整理で銀貨9枚、資料室の管理で銀貨20枚、ギルド内の清掃で銀貨5枚を貰えることになった。
貰いすぎではないかと尋ねると、このくらい普通だと怒られた。
これで、一日の収入は銀貨36枚。次の日の宿泊が銀貨50枚だから、残った時間であと14枚、なんとか稼がなければならない。
食事?そんなのは銅貨が数枚あれば露店で買えるのだから問題ない。
とはいえ、まだ少しは余裕がある。
まず貰った仕事を満足にできるようにならなければいけない。
早速仕事に取り掛かることにして、『追い風』の四人にお礼を言って別れる。
完治した暁には狩りに連れて行ってもらうことを約束するのも忘れない。
彼らは笑顔で了承してくれた。その際、今回は一ヶ月ほど滞在する予定だということも教えてくれる。
「その時はミーアさんの弟子にしてあげよう」
と言ってウインクを飛ばしたミーアをラジが叩いていたのが印象的だった。
そして匡は、依頼の整理の仕方をラウドに教わることになった。
ラウドは依頼の受注受付以外に、依頼内容の整理をしているそうなのだ。
「ギルドにきた依頼の情報を、項目別にまとめた書類を作るんだ。ここは今まで通り俺がやるから、コウくんには、俺の作った書類を似た種類の依頼に分けて、こんなふうにまとめて綴じて欲しい。」
ファイルを幾つか見せてもらう。大きくは採集、狩猟に分けられ、さらに急ぎの依頼、獣の種類、必要な素材の種類、生息地、遂行難易度などで細かく分けられている。
「凄いですね」
「地味な作業だけどね」
ラウドは笑う。
誰も見ていないとか、役に立っているのか微妙だとか、思っているのかもしれない。
地味な作業はそんなものばかりだ。
でも、匡は地味な作業は、むしろ褒められるべきことだと思っている。
たしかに直接人の目には触れないが、決して省けない大事な仕事であるのは間違いない。面倒で同じことの繰り返しで、成果が目に見えることはないが、その後の行程が滞っていないことが、なによりの利益なのだ。
ここでラウドが整理をしているから、狩人たちは依頼を受けられ、報酬を受け取れる。そうやって、このギルドは成り立っているのだ。そう考えてみれば。
「地味ですけど、誇れる作業ですね」
匡はラウドの手から資料を受け取った。
「ギルドが潰れないように頑張ります」
ラウドはファイルを匡の頭にポンと置いた。
「潰れるかよ」
◇
昼食。ギルドの中で初めて食べ物を買ってみることにする。
焼き飯のようなものを食べている人がいたので、同じものを注文した。
銀貨2枚と引き換えに出されたものを受け取って、適当なテーブルにつく。
「いただきます」
妙な視線を感じる。
…またやってしまった。
昼食の後は、資料室へ行く。
資料室の管理は、やはりもともとやっている人はいなかったらしい。あまりに汚い部屋が気になっていたので、これを整理できるのはむしろ嬉しかった。
きちんと種類ごとにまとめ、今ある資料を表にまとめておく。
「よし」
カウンター前からテーブルの並んでいる入り口付近を箒で掃いていく。学校の掃除の時間を思い出して、少し楽しくなる。知らない人も多いかと思うが、箒での掃除は一生懸命やると結構楽しい。とくに教室のような土足で上がるようなところは、ゴミがないことがまずないから、達成感も大きい。狩人たちからねぎらいの言葉を貰いながら、ゴミを集めて捨て、箒を片付ける。
久しぶりのまともな労働に幸せを感じながら、報酬を受け取った匡は宿へと戻った。
「今晩から4泊追加してほしい」
そう言って、宿の幼女ネフィに金貨を2枚差し出す。
「はーいはーい。ごはんはいらないのー?」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
「了解了解。ゆっくりどうぞー」
とりあえずこの4日で稼ぐ手段が見つかることを祈っておこう。
そしてこれから、『追い風』の方たちの部屋にお邪魔することになっている。
先程すれ違った時に、
「やることないなら適当にお話ししよう」
と言ってもらったので断る理由もなく今に至る。
08と書かれた扉をノックすると、「どうぞ」と言う声が返ってくる。
「コウです、お邪魔します…」
「いらっしゃい」
その部屋は匡が止まっている部屋より一回り大きく、ベッドが二つある部屋だった。四人が思い思いの場所に腰掛けている。
「二人部屋ですか。」
いいながら、匡もダルクに手招きされてベッドに腰掛ける。
「ここは俺たちが泊まってるほうな。女性陣は向かい」
「なるほど」
見ると、ミーアはなにかを床に並べて磨いていた。
「それは?」
「ん?あ、これ?アタシの武器だよ」
近づいて見せてもらう。小さく、鋭いナイフのようだった。
そういえば、投擲が得意だと言っていたことを思い出す。
なんかカッコいい。
「皆さんが戦っているところも見てみたいです」
「すぐに見せてあげるよ。あ、ねえさっきの話だけど、割とマジで弟子にならない?」
ずいと顔を近づけられて硬直する。
本気だったのか。
「え、いや俺、ほんと何もできないんで、ミーアさんの時間を無駄にするだけだと…」
大体、なぜ急に。
匡が戦っているところを見たわけでもない。というか、武器を持っているところも見ていないだろう。
見た目だって貧弱そうに見えるだけだ。
わざわざスピネル、いやコランダムだったか。の冒険者が手解きをする相手ではないはずだ。
「んー、コウくんなら結構いける気がするんだけどなぁ。なんか、雰囲気的に」
「どういうことですか…」
リアーナがその様子にケラケラと笑い出す。
「ミーアの言うこと、わからないでもないな。ねえ、私も魔法を教えてあげようか。」
「えっ」
「そういうことなら俺は剣と体術だな」
「は、いや、えっ」
ありがたいのだが、何が起こっているのか理解が追いつかずに、言葉が出てこない。
「ラジ〜」
ミーアが面白そうに、一人ソファに座るラジを横目で見た。
ラジが仕方なさそうに息を吐いて立ち上がる。