15話 昨日のこと
ギルドに入り、連れられるままにカウンターの向こうへ。
入っていいのか。
というか、後方から他の狩人の方たちのなんだお前という視線を感じる。ギルドに言ってくれ。
そうしてカウンターの奥の職員の部屋をぬけ、通路を少し進んだところで、ようやくラウドが足を止めた。
コンコンと、目の前の扉を叩く。
「連れてきました」
「入れ」
扉が開くと、そこには3人がけのソファが二つ、向かい合わせで置かれていて、一方には強面の歳をとった大男、反対側には見慣れない少女が座っていた。
男の背後にはシードルが立っていて、入って左手の壁には数人の狩人が寄りかかって立っている。
匡は少し怖気付いた。
ラウドが扉を押さえてくれたので、先に部屋に入る。
続いてラウドも入って、しっかりと扉を閉めた。
「よくきたな。ラウドもご苦労だった。」
「いえいえ」
そのやりとりを眺めていると、シードルに身振りで前へ出るよう促される。
「俺はここのギルドマスターのドレイクだ。わざわざきてもらってすまない」
なんとこの老人ギルドマスターだった。
「コウと言ったか、まあ座れ。」
「あ、はい」
言われた通り、少女の隣にそっと腰を下ろす。
チラリと少女を窺うと、少女は少し驚いたようにこちらをみていた。
その桃色の髪に覚えがあって、匡は記憶を繋いだ。
「お前あの時の――」
そう言いかけたところで、シードルが手を打った。
「それでは人が揃ったので、情報整理と行きましょうか」
「そうだな」
思わず身を正す。
「じゃあローダ、最初から話してくれるか。」
ローダと呼ばれた少女は、コクンと頷く。
「…ローダと兄はこの街にくる途中、ナナウ山の浅いところで、グレイトウルフに襲われた。」
やっぱりそうだ。確かにこの子だった。
無事に街につけたんだなと、密かに昨日の自分を褒める。
「兄が殺されて、ローダは逃げられずに隠れてた。殺されると思った。でも、、その、知らない男の子が飛び出してきて、グレイトウルフを引きつけてくれた。から、ローダは逃げてこれた。」
知らない男の子、と言う前にローダは匡の顔を見た。
向こうも気付いているのだろう。
こうして顔を合わせるつもりはなかったから、少し気恥ずかしい。
しかし、偉いなこの少女は。
あの状況でここに逃げてきて、ちゃんと説明したんだな。
生きていてよかった。
「うむ。ありがとう、じゃあ次だ。」
ドレイクが次と言って視線をやったのは壁際に立っていた狩人たち。5、6人の中年男性たちだ。
そのうちの一人が進み出る。
「俺たちはその報せを受けたギルドに集められて、その日のうちにグレイトウルフ討伐のためにナナウ山に向かった。ちょうど、嬢ちゃんが街に来てから二時間後くらいだな。」
ドレイクが頷く。
「グレイトウルフは見つかった。大体予想した通りの場所に、死体でな。だが、話に聞いてた少年は居なかった。人の血痕はそこかしこにあるのにだ。グレイトウルフを倒したのなら生きているはずだし、当然、俺たちはあたりを探し回ったよ。」
そう言って、狩人は肩をすくめた。
「結果は察してくれ。」
見つからなかったと言いたいのだろう。
まあ当然だ。かなり本気で逃げたのだから。
居づらくなって、視線を落とす。
「ああ、ありがとう。で、だ。コウ」
慌てて顔をあげる。
「お前が呼ばれた理由もわかってるな?」
威圧感のある目で見られて、冷や汗が伝う。
グレイトウルフを引きつけたのはお前だな?と問われている。
「…はい」
「ローダを逃してから奴らがグレイトウルフを見つけるまでに何があったのか話せ。」
ドレイクは頷いてソファに背中を預けた。
情報の穴を埋めようということだろう。
確かあの辺りも普段は魔物が出ない地域。何が起きているのかは知らないが、今後の対策のために情報は集めたいだろう。
話すしかない。
それにしても、どうして自分だと分かったのだろう。
一瞬そんな疑問が浮かぶが、すぐに解決する。
ロート草の採集依頼を受注し、グレイトウルフが出たナナウ山周辺に行っていた少年で、門兵に出発を告げてから、採集だけにしては遅い時間に戻って納品した。
シードルとラウドがこの場にいる時点で明らかなことだった。
一呼吸おいて、話し出す。
「俺は、昨日ロート草の採集依頼を受けて、ナナエズ高原に行きました。そこで川が見えたので、そこへ行って休んでいたらそこの、女の子の悲鳴が聞こえたので、気になって見に行ったんです。」
「ほう」
いつの間にか、部屋中の全員が匡に注目している。
勘弁してほしい。
というか、本当によく行ったよな。と自分の行動を顧みた。
「そしたら茂みに隠れていた彼女に、グレイトウルフが飛びかかる寸前でした。焦って考えなしに突っ込んだんですけど、でも、グレイトウルフの注意を逸らせたので、まあいいかなと思って、そのまま引きつけて彼女に逃げるように言いました。」
皆黙っている。
この後はどうしてくれよう。
今思ったけど、誰かが倒したんじゃね作戦だと「誰か」って誰だってことになるだろうし、遅くまで外に出てたことの言い訳ができない。
かと言ってただ倒したと言えば、なんで最初から倒さないのかと、手こずったけど倒したと言えば、怪我もなしにどうやってとなる。
「…えーと、暫く頑張って、なんとか倒せたので荷物を置いてた川のところに戻って、借りてたナイフを洗って、採集の続きをしました。えー、そして寝ました。」
部屋中の人間が目を点にする。
「なんだって?」
「グレイトウルフと戦って疲れたので寝ました。そして起きたら夕方だったので、急いで街に帰りました。以上です。」
よし、我ながらひどい言い訳だ。
もう後戻りはできない。
なるようになれ。
「いや、ちょっと待て。それなら何故ギルドに報告しなかったんだ?」
「依頼の報告ばかり気にしていて忘れました。すみません。」
「あ、ああ、なるべく言ってくれよ。あと血痕があったと聞いていたが、怪我はどうした。」
「大した怪我はしてません。」
「そうなのか…?」
そこで、狩人が口を挟んでくる。
「いやちょっとまて。グレイトウルフの前に大分大きな血溜まりも見たんだ。怪我してないなんてありえないはずだぜ。」
たしかに、言われてみればそうだ。
なんせ腹を食われていたのだから。
「ええと、それは、、」
別の人のでは?というのでは無理だ。死体がない。
「俺の血ですけど、大した怪我じゃないです」
「「……」」
部屋中の全員から、ええ…と言う顔で見られる。
あれ?これじゃダメじゃないか?逃げた意味なくなってない?
「あー、じゃあコウ。お前がグレイトウルフを一人で倒したんだな?」
頷きかけて、言っておかなければいけないことに気づく。
「結果的にそうなりましたが、俺は狩りもやったことないし戦いとかできない人間なのでまぐれです。」
部屋にいる人間の半数ほどが頭を抱えていた。
俺は何を言っているんだ?ちょっと録画見せて。
「ごめん、もう少しわかりやすく説明してくれる?」
シードルの声。
わかりやすくか…。
「狩りは素人ですけど、傷を負いながらグレイトウルフを引きつけて倒しました。その後川辺で昼寝して帰りました。傷は大したことありませんでした。」
「ごめんわかったけどわからない」
「とにかくだ。お前たち、情報提供感謝する。情報の整理はギルドがするから、もう帰っていいぞ。それとラウドはコウは診療院に連れていけ。」
少し引き攣った顔でドレイクが言った。
「はい」
ん?診療院?
「あ、俺は大丈夫ですから!」
「いや、いけ。金は出す」
「…」
命令だったか…。
そして匡たちはその部屋を後にした。
部屋の外で、桃色の髪の少女ローダが匡に向かってお礼を言ってきたので、手を振って応える。
「無駄になるかもと思いながら行ったけど、助けられて良かった。生きていてくれてありがとう。」
匡の後ろで、ラウドがその様子を目を丸くして見ていた。
ローダは泣きそうな顔でもう一度頭を下げて去っていった。ギルドに、臨時の寝床を用意してもらっているそうだ。
「コウくん。」
待っていてくれたらしいラウドの声に、振り返る。
「あ、はい」
「乗ってくれ。」
「は…乗る?」
はい、と言いかけて止めた。
ラウドが匡の前に、背中を向けてしゃがんでいる。
「えっと、、?」
「歩きにくそうにしてただろ?俺が連れて行くから」
「いやいやいやいや」
「早く」
バレていたのか。ただ全身が死ぬほど痛いだけだし大したことはないと思うのだが…。
まあ確かに出歩くのは辛かった。
動こうとしないラウドに、どうしたものかと周りを見回す。
当然今は誰もいない。
「えっと、本当に大丈夫でっっ…え?」
ラウドがいつのまにかこちらを向いて袖を捲っている。
「嫌なら横抱きにするが、」
横抱……お姫様抱っこか!?
今にも抱え上げてきそうなラウドを見て、顔を引き攣らせる。
それなら背負われた方がマシである。
「さっきのでお願いします…」