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14話 持ち物

 

「そうだ、これからギルド行く?せっかく知り合ったんだし一緒に狩り行こうよ」


 ミーアがそんなことを言い出し、


「ああ、いいね」


 リアーナも楽しそうに同調する。


 正直嬉しかったし強い人とお近づきになれるチャンスは逃したくなかったが、


「す、すみません今日はちょっと…」


 コンディション的に無理だった。


「なんだ?遠慮しなくてもいいぜ。こう見えても俺たち結構強いから何がきても大体守ってやれると思うし、ここにいる間は休暇だからそれほど稼げなくてもいいしな。」


「いいんじゃない?というか姉さん調子に乗らせれば気前良く獲物分けてくれるからむしろ稼げるよ。」


「お前はもっと姉を立てろ」


「事実しか言ってないでしょ」


「もっと尊敬しろって言ってんの」


「どこに尊敬する要素があるのか教えて欲しいね」


「全てに決まってんでしょ」


 ラジは数秒ミーアを見つめると、顔を背けてフッと息を漏らした。

 次の瞬間、振り下ろされたミーアの手刀をラジがフォークで受け止める。

 ガチャガチャと攻防が繰り返され、最終的にミーアがヘッドロックのような状態で、膝の上にラジの首を抱えて満足げにしていた。


はなッ…この胸なし変態暴力ゴリラがッ」


「はっはっは、姉の威厳を守ったぜ」


 多分だけど守れてない。



「まあ、予定があるっていうなら無理にとは言わないが」


 ダルクはもう気にしないことにしたらしい。

 姉弟を一瞥すると、何事もなかったかのように話を続けた。

 リアーナはといえば、とても幸せそうな顔でケーキを食べていた。

 思うに、日常茶飯事なんだろうなぁ。


 さて、ここまで言ってくれて断るのは心苦しいが、

 ついていけないだろうことは明白で。


「いや…」


 基本的に断れない性格の匡だが、流石に不可能なことに了承を出すわけにはいかない。


「予定ってわけじゃないんですが、えっと、明日でもいいですか…?」


 そう言って四人を伺うと、嬉しそうに笑っている。

 何故だろう。

 と少し疑問に思ったところで、


「もちろんだよ!」


「いいに決まってる」


 との返事をいただく。

 少しほっとして息を吐く。

 これは何としても今日中にこの痛みを何とかしなくてはないけない。


「ありがとうございます…!」


「おう!楽しみにしとくな」


「ここに泊まってるんだよね?ここで待ち合わせにしようか」


 遊びの計画を立てるような、なんとなく懐かしい感覚に胸が締め付けられる。


 思いがけず朝の楽しい時間を過ごし、四人がギルドへ出かけて行った後、匡はもう一度給仕の子に会釈をして今度こそ食堂を出た。


 なんだかとても、温かい心地がしていた。


 そして階段に足をかけて、忘れていた激痛に悲鳴を上げるのだった。


「今だれか叫ん…」


「なんでもないですッッ」


 ◇




 部屋に戻ると、匡はベッドの上に胡座をかき、せっせとリュックの中身を取り出し始めた。

 落ち着いているうちに、自分の持ち物を調べておこうと思ったのだ。

 普段はハンカチと弁当と教科書を入れ替えるくらいで他のものはあまり触っていないから、ほとんどが入学から入れっぱなしの状態である。


 すっかり忘れていたが、昨日は寝坊したために、弁当ではなく行きにコンビニで買った菓子パンが二つ入っていた。


 弁当だったら腐ってたな…。


 と少し苦笑いを零しつつ、賞味期限を確認する。

 保ちそうならしばらく非常食に持っていてもいいかもしれない。

 うん、保つな。

 というわけでリュックに戻す。


 次にハンカチが一枚と、除菌シート、ポケットティッシュが多数。

 入っているのを忘れて買ったのか、2ダースはありそうな量が入っていた。

 たしかにあって困ることはないけれど。


 次に青色の何の変哲もないペンケース。

 中には、シャーペンが2本と予備の芯、消しゴム、赤黒青の入った3色ボールペン、黒のマジック、定規にコンパスが入っている。


「これはあんま使わなそう…」


 普通に日本で暮らしていたら筆記用具はかなり重要なアイテムだが、この世界ではあまり必要性を感じない。

 まず落ち着いて席に座るという状態自体あまりないだろう。


 とりあえずこれもしまっておく。


 歯ブラシと歯磨き粉、折り畳みコップは一纏めにし、机に置いておいた。

 つい、こんなことなら予備も入れておけばよかったという考えが頭を掠めるが、そんなの予想できるはずがない。

 あるだけ普段の自分に感謝しておこう。


 次に何を出そうかと探り始めて、急に面倒になった匡はリュックを逆さまにして中身を全部出した。


 予備の割り箸が二つ。小さな四角い鏡。ハンドクリーム。身だしなみ点検時用の爪切り。手ぬぐいタオル。目薬。虫刺されの痒み止めと絆創膏。

 昨日提出するはずだった保護者会の出席調査用紙。返されたばかりの小テスト。使わないまま持っていた入部届。

 数学の教科書とノート。まだ100枚弱あるルーズリーフ。英語のファイル。黒板やスクリーンを見る時用の眼鏡。

 生徒手帳と家の鍵。バスの定期券と匡の全財産が入った長財布。

 スマートフォンと、そのポータブル充電器、充電コード、イヤフォン。夏休み中に買ってもらった携帯扇風機。

 雨の日に入れたと思われる予備の靴下、いつも持ち歩いている折り畳み傘。

 クリップと輪ゴムのケース、芯を入れたばかりのホチキスとハサミ、残り半分弱のセロハンテープ。

 未開封の使い捨て懐炉、朝読書用の本、昔妹に貰った小さな水筒。ゴミ袋用のビニール袋が数枚。


 これで全てだ。

 役に立たないものも多いが、やはり意外と使えそうなものも入っている。

 生活の中で使う爪切りや歯ブラシはもちろん、ハサミやテープなんかもどこかで役に立つのではなかろうか。


「大部分が消耗品なのが悲しいけどな」


 まあ仕方ない。なるべくはこのままに、そして使う時は大事に使おう。


 そして一番の問題は教科書類だ。

 すぐに元の世界に戻れるというならきちんと持っていないとマズイだろうが、これからこの世界で旅をしていくとなると相当重いし邪魔だ。

 こればっかりはわからないな。

 とりあえずこの街にいる間は、移動の際は宿に置いていこう。正直捨てることになっても未練はない。

 やはり勿体無い気はするが…。

 せめてもの救いは昨日が月曜日じゃなかったことか。

 月曜日に持っていく教材の量は最早拷問だ。

 いつか試しに体重計に載せてみたら10kgを超えていた。


 と、そんなことはどうでもいい。


 プリント類と教科書ノートをまとめて、本と一緒に机の引き出しにしまった。

 そして爪切りと靴下も同じようにしまった。


 残りのものをリュックに入れ直して、背負ってみる。

 これでだいぶ軽くなった。

 生徒手帳、鍵、財布は迷ったが持っていないと落ち着かないので入れておくことにした。そこまで嵩張るものでもないし、いいだろう。


 続いて、この世界での財産をみる。


 色々あって、現在皮袋の中には金貨3枚、銀貨10枚、銅貨7枚が入っている。

 憶測で日本円に直すと約3万1070円だ。

 お小遣いとしては上々だが全財産となると心許ない。

 グレイトベアーの情報が相当美味しかったことがよくわかる。

 それがなかったら屋根の下では眠れていなかったことだろう。


 ありがとう白い少年…!

 いつか会えたら絶対にお礼をするから。


 心の中で拝み倒した。




 さて、そのためにはきちんと稼げるようにならないといけない。

 多少対価を払ってでも、明日『追い風』の皆さんに狩りの仕方を教えてもらおう。

 自分からその辺の知らない狩人に「狩りの仕方を教えてください」なんてことは絶対に言えないが、向こうから声をかけてくれたのだ。これを利用しない手はない。

 しかも相手はスピネル、コランダム冒険者。あわよくば少しでも戦える力が欲しい。


 言えるだろうか。


 いい、明日の自分に任せよう。

 今日は休むのだ。


 リュックを床におき、そのままベッドで横になった。

 天井を見つめながら今日はどうしようかと考える。

 依頼に行くのはなしだ。昨日みたいなことになったら堪らない。


 とりあえず食・住は3日間確保できたのだから、次やるべきことは、衣、つまり着る物の調達だろう。

 この世界のもので、動きやすいものと、防御力の高いものが欲しいものだ。

 少なくとも、ワイシャツとスラックスで体育の授業を受ける人はいない。


 その辺を歩いてみるか。

 服屋探しに。


 そう思って起き上がったとき、コンコンと部屋のドアが叩かれた。

 びっくりして身を硬くする。


「コウさん、お客さんです。お呼びしますか。出向かれますか。」


 静かな淡々とした声。


「あ、ああ…いま行きます」


「わかりましたです。」


 その口調に、ああ、あの子かと食堂で給仕をしていた少女を思い出す。

 去っていく足音を聞きながら、もう一つの疑問が匡の頭を埋め尽くす。


 お客さんって誰だ。


 匡は急いで服装と髪型を見直して、靴を履き、鍵を持って部屋を出た。


 ◇



 そこにいたのは、狩人ギルドの職員で、昨日匡の受注受付をしてくれた若い男性だった。


 匡は階段を降りながら首を傾げる。

 ギルドの用事だろうか、なにかまずいことでもしただろうか。

 ともかくも、聞いてみるしかない。


「すみません、お待たせしました。」


「ああ、居たんだね。良かった。」


 男性は匡の顔を見るなり安心したように息を吐いた。


「?」


「ごめん、挨拶がまだだった。狩人ギルドで職員をしているラウドだ。実は昨日のことで君に聞きたいことがあってね、今からギルドに来てもらえないかい?」


 匡の口が無意識に開く。


 そうだ、これがあった。どうして忘れていたんだろう。

 なんでわざわざ見つからないように逃げてきたんだ。

 どうしよう。なにも考えていない。

 あの時の思いつきのまま、逃げ切って他の誰かが作戦で行くか?

 それとも他に何か…


「どうした?ああ、今からが無理なら――」


「あ、大丈夫です大丈夫です!今いきます」


「そうか。よかった」


 後回しにしてもいいことはない。

 大丈夫だ。なんとかなる。なんとか、。


 家に帰りたいと嘆く自分を無視して精一杯の笑みを浮かべる。


 そして宿の子に部屋の鍵を預けてから、ラウドに付いて狩人ギルドへ向かった。


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