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13話 『追い風』

 

 差し込む光に薄らと瞼を持ち上げ、次の瞬間匡はガバッと起き上がった。


 アラームに起こされないときは大体遅刻である。

 しかし、前髪が揺れて、いつもの視界が確保されたところで、違和感に気づいた。


「あ……」


 ここは匡の住んでいる場所ではない。


 どうやら1日経っても、元の世界に戻ることはなかったらしい。

 昨夜見た木目の壁を見つめながら、匡はため息をついた。


 未だに夢を見てるのだとさえ思う。全然現実感がないのだ。別に眠っているとか、死んでいるという感じではない。

 例えるなら、某有名テーマパークに行っている時とか、海外へ旅行に行っている時のような感覚。

 完全な非日常。

 永遠には続かないと知っていて、それでもその時だけは、日常に手の届かないところにいる。

 普段とは違う、自分がそこにいる。

 そんな感じ。


 しかし、もしそれが永遠だったら?

 もし今までの日常に戻ることがないのだとしたら。

 自分は、ここで別の日常を築くことができるのだろうか。

 仲間を見つけ、居場所を見つけ、一生懸命に毎日を過ごし、くだらないことで喜んで、納得のいかないことに文句をいって、疲れた帰りたいと呟いては自分を叱咤する。

 そんな日常を。


 いや、それもまた考えても仕方ない。

 そんなこと想像できるわけがないし、困った時のことは困った時に考えようと決めたじゃないか。


 目を閉じて深く呼吸し、肩を回す。

 なんか身体が痛い。物凄く痛い。

 昨日のよくわからない戦闘の影響か、ベッドの硬さか。

 昨晩はあまりに疲れていたので意識していなかったが、今改めて触るとこれが結構かたいのだ。

 まず沈まない。

 マットレスがいかに偉大だったかわかる。


 一先ず起きようと、身体を伸ばしながら足を動かした時だった。


「!?」


 とてつもない痛みが走って声を上げそうになる。


 前言撤回。

 この痛みは間違いなく昨日のよくわからない戦闘のせいだ。

 森の中で目覚めたとき、はじめ動けなかったのを覚えているだろうか。

 その後意思に任せて無理に動かしたから、その皺寄せがきているのかもしれない。


 怪我、いや筋肉痛とかか…?


 顔を顰めながらようやく足を下ろした。


「立てねぇ…」


 窓から朝日が漏れ出している。

 感覚では、昨日は夜の6、7時には眠ったような気がするからざっと12時間くらい寝ただろうか。

 寝すぎじゃないか?


 なるべく身体を動かさないようにリュックを引きずり寄せて、歯ブラシとタオルを取り出す。

 何でそんなものをもっているのかといえば、昼食後も歯磨きをする人種だからである。

 歯磨きは大事だぞ。

 思えば、匡の登校鞄には武器こそ入っていないが他人の家に一晩くらい泊まれそうな用意はあった。

 喜ぶべきなのだろうが、その代わりに異世界に飛ばされるんじゃ運がいいのか悪いのかわからない。

 いや良かったらこうはならないか。


 死体のようにベッドから転がり落ち,身体を引き摺ってソファにたどり着く。

 そして筋肉の悲鳴を聞きながらソファに畳んでおいた服を着て、軽く手櫛で髪を整えた。

 そしてまた数十秒ほどうつ伏せになって休んだ後、朝の身支度をするために部屋を出た。


 トイレを済ませ、教えてもらった井戸へいって顔を洗って歯を磨いた。

 とくに語ることはないが、一つ言うとしたら、男でよかった。


 一旦部屋に物を置きに戻ってから、食堂へ向かう。

 脚の痛みのせいで階段が地獄だった。よく転げ落ちなかったなと思う。

 入って一番近くの席に座り、今朝はバゲットにコンソメスープのようなものを頼んだ。

 相変わらず味は薄い。

 死んでないだけマシだが、久しく味わったことのない激痛のために憔悴した顔でそれらを飲み込んだ。


 朝食にしては遅いのか早いのか、他の客の姿はあまり見えなかった。

 あまり周りを気にしなくていいから助かる。

 給仕の子にお礼を言って立ち上がったところで、食堂のドアが開いた。


 特に他意はなく見つめていると、どこか見覚えのある四人の狩人らしき男女が入ってくる。

 どこで見たんだっけ。

 と思いつつ、そこまで気にかけることはせずに、その横を通って食堂を出ようとした時だった。


「あっ昨日の子じゃん」


 跳ねるような明るい声がして、匡は思わず振り返る。

 先程入っていった四人のうちの一人、短い黄色の髪をした女性が匡を指さしていた。


 キリッとして大きな猫目はその表情を豊かに彩っていて、その服装は短いスカートに上半身は腹部を露出している中々寒そうなファッションだ。


「こら、ミーア。びっくりしてるよ。」


 水色の髪をした女性がそれを嗜める。

 こちらはローブを着込んでいて肌はあまり見えなかったが、顔立ちは可愛らしく胸の膨らみが適度に存在を主張している女性らしい人だった。


「あっごめん」


 てへ、とミーアと呼ばれた女性が笑う。

 続いて、


「すまんな坊主。こいつ昨日からお前にご執心なんだ」


 ミーアを置いてすでに席に座り始めていた、短髪の男が口を開く。


「別によくない?」


 ミーアが頬を膨らませる。


「良くないでしょ。一方的に見られてたほうからしたらいい迷惑だね。」


 それに答えたのは、他の三人より少し若そうに見える、亜麻色の髪をうなじで縛った青年だった。

 ミーアの横をすり抜けて、彼も座ろうと椅子を引く。

 が、


「このッッ」


 ミーアにその腕に引かれ頭をかき混ぜられていた。



 呆然と立ち尽くしていた匡だったが、ようやく我に返って声をかける。


「あの、どこかで会いました…?」


 言葉を交わした人の顔は覚えているし、ギルドにいたときそこにいた狩人たちにこんな人たちはいなかった気がする。

 匡は頭を悩ませていた。


 ミーアたちはきょとんとしてこちらを見た。


「いたじゃん昨日。ここに」


 いいながら、四人とも席に座る。


「あ、パンケーキ4つねー!」 


「わかりましたですー」


 そんな声を聞きながら、匡は大急ぎで昨日の記憶を掘り返す。


 ここに?

 夕飯の時?

 そういえば結構混んでたが、さすがに来てた全員人なんて覚えてな…


「ん?」


 ごちそうさまと手を合わせた時に、こちらを見つめていた顔と今目の前にある顔が重なった。

 そうだ、そういえば向かいの席に座っていた。

 丁度今と同じような感じで。


「ああ…いましたね」


 目を泳がせつつそう答えると、ミーアは「でしょ」と微笑んだ。


「おいでよ、一緒に座ろう」


 本当を言うと今すぐ戻ってベッドに倒れ込みたかったが、流石にここでそう言える人間ではなかった。


 ◇



「私はリアーナ。私たちはスピネル冒険者パーティ『追い風』で、王都に拠点をもつ冒険者兼狩人なの。一時期ここを拠点に狩人をやっていたから、たまに戻ってくるのよ。」


 水色の髪の女性がそう言って笑った。


「冒険者、ですか。スピネル!」


「ええ、まあ上がったばかりだけどね」


 匡は思わぬ出会いに頬を身を乗り出す。

 それもスピネルといえば、ライラが握手したがっていたかなり上のランクだったはず。


「俺はダルクだ。一応パーティのリーダーをやっている。

 昨日の夜ここに到着して、飯にしてたところお前を見かけてな。変わった服装のカッコいい子がいるーってこいつが興奮して」


「ねえ言い方」


「事実でしょ」


 不満げに口を尖らせたミーアに間髪入れず嘲笑を挟む、髪を結び直した亜麻髪の青年。


「おまっ」


 掴み合いが始まった。


「いい加減にしろ」


 そしてダルクの拳骨を喰らい、大人しくなる。


 ミーアはわざとらしく咳払いをして、匡に向き直った。


「アタシはミーア。頼れるコランダム冒険者だから困った時はアタシに頼るといいよ」


「オレはラジ。一応この胸なし変態暴力女の弟」


「死ぬか?」


 般若のような顔をするミーア。


「冗談でしょ」


 それを鼻で笑うラジ。


 姉弟だった。

 同時に肘を突き出して衝突させ、悶絶していた。

 …なんとなくわかる気がする。


 コランダム。スピネルの一つ上だったか。

 冒険者は何でも屋と言っていたけど、ランクの基準は聞いてなかった。強いのだろうか。

 強いんだろうな。


 少し興奮に近い感情の昂りを覚える。


 四人に見つめられ、しばしの沈黙。

 一瞬なにかと思ったが、すぐに自分の番だと言うことに気づき、匡は慌てて言葉を組み立てる。


「あ、えっと、俺はコウです。

 昨日この街に来て、狩人ギルドに登録しました。経験ゼロなので狩人らしいことは何もできませんが…」


「へええ、コウくんかぁ。一人で狩りはしたことない感じ?」


「あっはい、まあ…」


「まあその歳で経験豊富な方が珍しいがな。」


 四人は口々に俺を観察して言葉を投げかけてくる。


 注目してくれるのはありがたいが、突然違うグループに放り込まれたような疎外感がすごい。


 お願いします。どうか今だけでいいので俺にコミュニケーション能力をください。


 匡は言葉にならない声を出しながらそう強く願った。


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