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12話 疲れた

 

「お」


 懐かしのサウザンの街である。

 それが眼下に見え、匡は少し心を軽くした。

 ちなみに懐かしの、と言ったがまだ一回しか行ったことはない。


 門衛はミンダレではない青年だった。


「依頼で外に出てました。」


 痛みを見せないように意識しながら表情を作って彼に近づき、ギルド証を見せると、すぐに通してくれる。

 少しほっとしつつ、早足で狩人ギルドへ向かった。


 ギルドは、さっきより少しばかり騒がしいようだった。

 報告カウンターへ行き、依頼書と摘んできたロート草の籠を置く。


「あ、コウくん!」


 シードルだ。


「ナナエズの方へ言ったって聞いてたからちょっと心配してたのよ。あの奥の山でグレイトウルフが出たらしくて。」


 あの狼はグレイトウルフっていうのか。


「そうなんですねー、全然大丈夫ですー」


 棒読みな返事を返す。

 そして、


「それより、依頼のロート草を摘んできたので確認してもらえますか?」


 と素材を押し付けた。


「え、ええ。まあ大丈夫ならいいのよ。」


 シードルは依頼書と籠を確認し、頷いた。


「数は、13ね。3本分追加して、はい、報酬の銀貨13枚よ。」


 トレーに置いて渡してくれる。

 匡はリュックから皮袋を取り出し、それをしまった。


「あ、それとこの籠はギルドのよね?」


「はい、貸し出しのところのを借りました」


「了解。これはこっちで戻しておくわ。」


「ありがとうございます」


 お辞儀をして、報告カウンターを後にする。

 向かったのは貸し出し室。

 地図と、ナイフとローブも脱いで、元の場所に置く。

 そしてリストの、名前の横の返却済み欄に丸をつけた。


 これでとりあえずいつこの街を出ても後顧の憂いはない。


 そう、匡はなるべく早くこの街を出るつもりだった。

 少女が匡の姿を見ている以上、追及は免れないだろうし、それを切り抜けるには、やはり考えた言い訳も弱いような気がした。そしてこう何度も不測の事態が起こっては、命がいくつあっても足りないし、採集だけとも言ってられなくなるだろう。毎日毎日採集中に襲われたら溜まったもんじゃない。そしてそれをまた似たような方法で切り抜けたとしたら、誤魔化しにも限界が来る。

 全てを綺麗に片付けるには、やはり匡に戦闘力が必要だ。

 この街を出て、どこかで師を見つけて体術か剣術かなにかを教わろう。

 それにはまず、街や村を点々として少しずつお金を稼ぐのがいいだろう。

 冒険者ギルドへの登録もしたいしな。

 一人で行動していれば言い訳に悩む必要もないし、もう訪れない場所なら何を見られても問題ない…気がする。


 それにしても、旅支度や最低限の知識を身につけるためにまだ数日はサウザンにいる必要がありそうだが。


 ギルドを出て、匡はお腹をさする。

 外は、もうすっかり夜になっていた。


「腹減った…」


 よく考えたら、ほとんど昼食らしいものを取っていない。

 キョロキョロと通りを見渡す。

 露店は…もうやってないか。


 匡はミンダレの言っていた宿屋へ行くことにする。

 狩人ギルドの裏、と言うことだったので、建物の間を通ってそのまま裏へ出た。

 なんだか、学校へ行くときの近道を思い出した。


 今日は無断欠席だったな。


 そんなことを思う。



 宿屋は、しっかりと外にも灯が灯っていた。


「火だ…」


 灯に近づいて、少し興味深く眺める。

 匡は今まで生きてきてこんな灯にお目にかかったことはなかった。

 旅の宿サウザンは、美しい景観の宿だった。

 建築面積はギルドの建物と丁度同じくらいで、高さは若干宿屋のほうが高かった。

 正面にある三段の緩い階段を登り、木の扉を開ける。


 チリリンと、扉に付いていたベルが鳴る。

 入ったすぐ前はカウンターになっていて、そこへ幼い女の子が駆けてくる。


「はーいはーい!いらっしゃー!」


 スカートに広がりのない赤いワンピースはよく似合っていて、焦茶色の短い髪はくるくるとはねて、大変可愛らしい。

 と観察していると、カウンターの影に隠れて見えなくなった。


「……」


 しばらくすると、カウンター内側の椅子によじ登ってきて、またその姿が現れた。

 というかなぜ子供?と匡が疑問符を浮かべていると、女の子が匡にこいこいと手招きをしてくるので応じる。


「おにいさんかっこいいねー」


「ヘっ?」


「んんーなんでもないー」


 耳を疑った。にへっと笑う幼女がとても可愛かった。

 大丈夫この子、誘拐されない?

 そしてすぐにこの服装のことか。と気づく。

 見る人が見れば気にいる服装だろうとは思うが。

 一瞬喜びかけた自分が恥ずかしくなる。


「お泊まり?ごはん?」


「あ、えっと、値段とかって…」


「お泊まりは一泊銀貨50枚で、ごはんは一食銀貨10枚だよー」


 横に置いてあった板を持ってきて見せてくれる。

 そこには、

 宿泊/一泊:半金貨1枚

 食事/一食:銀貨10枚

 お荷物お預かり:銀貨3枚

 と書かれていた。


 心のメモに、銀貨*50=半金貨*1と書き込んだ。

 金貨が一万円相当だったことを考えると、五千円ってところだろうな。


「どっちもってできますか」


「はーいはーい」


 カウンターの下からクリップボードのようなものを取り出してなにかを書いていく。

 従業員なんだな、と感心する。

 この世界は小さい子供も働くのだろうか。


「何泊?」


「とりあえず2泊で…」


「お名前は?」


「コウです」


「りょーかーりょーかー。


 ごはんは朝と夜でいい?」


「ああ、それで…今晩から明後日の朝までお願いしたい」


「夜朝夜朝ねー」


 女の子はうんうんと頷き、それらを書き終えて、ペンで前髪を弄ぶ。


「じゃあ金貨1枚と銀貨40枚ね」


 木皿を差し出されたので、匡は慌てて皮袋を取り出してそれを払う。

 計算早いな。


「どーもー」


 銀貨*100=金貨*1が確定した。

 しかし、銀貨の嵩張り具合が半端ない。

 半金貨とかっていうのはあまり出回ってないのか…?


 女の子は硬貨を受け取ると、椅子から飛び降りた。カウンターの下で何かをしているようだ。

 普通に姿が見えなくなるので不安になる。

 そしてまた上がってきた。


「これは部屋の鍵ー。宿の外出る時は必ずここに預けて行ってねー」


 頷いて受け取る。


「こっちの階段で上に上がって行ったら部屋あるよー。ごはんは、この奥の扉開けたら食堂になってるー。」


 女の子は、右手側、匡から見て左側の階段を指差し、それからカウンターの左の細い廊下を指さした。


「ありがとう」


「はーいはーい、ゆっくりどーぞー。あ、トイレは裏ねー」


 女の子に手を振り、階段を登って行く。


 なるほど、鍵についた02の札の部屋は確かに上がってすぐのところにあった。

 鍵を回し、ドアを開ける。


 ま。普通に部屋だな。


 後ろ手にドアを閉め、鍵をかけた。


「暗いな」


 木目の床と壁。正面には一つだけ窓もあった。

 荷物を置いて近づいてみると、引き違い窓のようだ。

 そして、その脇には二人がけのソファと、クローゼット。

 右手に、ベッドが一つと机が一つあった。


「お」


 机の上に、ランプのようなものがあったので手に取る。

 火を起こすようなもの持ってないし無理か?と思っていじっていると、急に灯がついた。それも、大分明るい。


 火じゃない。電気でもない。


 魔法かッ!!


 この世界に匡が考えるような魔法があると決まったわけでもないが、そう思いたくて仕方なかった。

 地球人は超常的な力に憧れるのである。

 異論は認めない。

 そうして夢中でランプの灯を眺めていると、ぐぅぅと腹が鳴った。


「…食べに行くか」


 荷物を端にまとめ、部屋を出ようとして、思い出して白い布を窓際に干した。さすがに乾かす暇はなかったのだ。

 そして今度こそ出る。鍵を閉めることは忘れない。


 食堂は、意外に賑わっていた。

 客が思い思いに食事や酒を楽しんでいて、給仕服の少女が二、三人忙しく歩き回っている。

 それでも席は十分に空いていて、入ってきてキョロキョロと見回していた匡に、


「好きなとこ座りなよ」


 と声をかけてきたのは恰幅のよい中年の女性だった。


「あ、どうも、」


 とりあえず、適当な二人席へ、椅子を引いて座った。

 どうやって注文するんだろ。

 と考えていると、すぐに給仕の少女が一人やってきてメニューを見せてくれる。


「ようこそです。なにを食べますか?」


 ほとんどが、肉を焼いたりだとか蒸したりとかのシンプルな料理だった。

 メニューを受け取って眺めると、その中に目を惹かれるものがあった。


「この、野菜とオーク肉の煮込みとパンをください。あ、あと水」


「わかりましたです」


 少女はまたメニューをもって、三つ編みを揺らして去って行った。


 そうしてしばらく待ったのち出てきたのは、肉の塊がゴロッと入ったクリームスープだった。

 やっぱり…と心の中で呟きながら涎を抑える。

 シチューに近いものではないかと思ったのだ。

 ただ焼いた肉とかよりは、ホッとする類のものが食べたかった。

 まあ味はそんなに期待していない。オークだし。

 いや、オークって美味しいんだっけ?

 記憶を探り始めて、すぐにやめる。

 地球人の言うことはなんの参考にもならない。

 パンを千切ってスープにつけて食べる。

 薄い。味が。

 しかしパンはパンで硬いのでしっかり濡らしてから食べたい。

 現代人の肥えた舌を恨みながら、匡は空腹に任せて食事を進めた。

 幸いというか、よく煮込まれた野菜や肉は柔らかく、美味しかった。


「ごちそうさまでした」


 癖で手を合わせると、近くを通った給仕の少女と向かいのテーブル席の男女数名が不思議そうにこちらを見ていた。

 自分の手に目をやって、急いで膝の上に戻す。

 文化の違いとか、普通に色々やらかしそうで怖い。

 外国でさえ大きく違うところもあるのだから、異世界ともなれば想像できないような慣習があってもおかしくはない。

 お願いだから手を合わせる行為には悪い意味がありませんように。


 居た堪れなくなった匡は早々に立ち上がり、給仕の少女に食器はこのままで良いのかと尋ねて頷きを貰ってから部屋に戻った。


 ドアを閉め、鍵を閉め、靴を脱いでベッドに寝転がる。


「疲れたなぁ…」


 色々なことが起こりすぎて頭の整理がつかない。

 それでも一応平然と過ごせているのは異世界ものを読み漁っていた日々のおかげか。

 ゆっくり起き上がって、パーカーとワイシャツを脱ぎ畳む。


「下はさすがにな…」


 上はTシャツをきているのでいいが、スラックスを脱いだらあとは下着だ。皺になるだろうが仕方ない。

 早いとこ服を調達しないとと独りつ。

 Tシャツにスラックスという姿で再び寝転がった。

 まだ夜も早いが、もう起きて何かをする気はない。

 疲れた。

 グレイトベアーに傷をつけられた右手の甲を天井に翳してみる。

 やはり、なにもない。


 今度は両手を持ち上げて、コントローラーを握るように動かした。

 昨日のこの時間は、自室のパソコンの前でずっとゲームをしていた。

 ゲームがしたい。スマホはあるけど、電池が怖いからできないし。


 実は夢で、起きたら学校遅刻してた、とかないかな。

 ないか。

 これが夢だったらリアルすぎて怖い。もし目が覚めたら精神科に駆け込もう。

 そんなことを考えているうちに、眠気が襲ってきて匡は両手をベッドに落とした。


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