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8話 採集へ

 

 地図を頼りに、何もない平原を進んでいく。

 といっても、ここを暫く歩いていけばナナエズ高原につけるという簡単な道のりであった。

 方向さえ見失わなければ、迷うこともないだろう。

 ちなみにここは、ナナエズの草原という地帯らしい。

 あたりにはさまざまな草木や花が生えていて、知っていれば売れるものもついでに持ち帰れるのだろうか。と少し悔しい気持ちになる。

 宿がなんとかなったら明日はギルドの資料室で知識を得よう。

 そう心に決めた。


 振り返るとサウザンの街は遥か後方で、随分と歩いたんだなと思わせる。


 ポケットからスマホを取り出して確認すると、街を出てちょうど30分が経過したところだった。時計は役立たずだが、ストップウォッチの機能は健在だ。


 たとえ電波が無くとも、文明の利器は頼りのない現代人に寄り添ってくれる。


 でもどうなんだろうか。

 高校に合格したタイミングで買い替えたからそんなに古くないし、ネットも繋がってないから電池のもちはいいはずだが、永遠に使い続けることはできまい。

 幸にして、今日は帰りが遅くなる予定があったからポータブル充電器もいくつか突っ込んできていたが。

 なるべく使わない時は電源を切っておこう。


 そうして歩いているうちに、ナナエズ高原が見えてくる。

 すぐにそれだと分かったのは、所々に見えた赤い点のためだ。


「ロート草…!」


 近づくと、確かに図鑑で見てきたそれと姿が一致する。

 リュックから依頼書も出して見比べるが、間違いない。これだ。

 早速籠を置いて、丁寧に手折って中に並べていく。

 色鮮やかな、というような記述を思い出して明らかに燻んだ色の花は選ばない。


「いち、に、さん、……あと3つか」


 とりあえず絶対必要なのは10本。


 最初に目をつけた場所で集まって花を咲かせていたロート草は、花をつけているものが最後になり、匡は立ち上がる。

 少し離れたところで残りの3本も手に入れるが、

 もう少しあってもいいよな、という気になった匡はあたりを見回した。


 ナナエズ高原の向こうは、山道へ繋がっているようだった。その脇には山から流れている川も見える。

 水を汲めるかもしれない。

 朝から何も飲んでいなかった匡はごくりと喉を鳴らす。

 ちなみに水筒の水は傷を洗うのに使ってしまった。


「ちょっと行ってみよう」


 リュックを背負い、籠を抱えると歩き出した。



 川の水は、太陽の光りを受けてキラキラと光っていた。

 匡は、今更のように太陽はあるんだなぁと思いながらそれを覗き込んだ。

 川の水って飲んでいいんだっけ。

 大丈夫のような気もするし、大丈夫じゃないような気もした。

 川は透き通っていて、小さな魚が勢いよく泳いでいる。


 匡はしゃがみ込んで両手に水を掬った。

 その冷たい感触に、なんだか不思議な感覚に襲われる。

 現実に戻ったような、いや、今この場所を現実と認識したような、新鮮で、どこか懐かしく、温かな気分だった。

 堪らなくなって、その水を顔にかける。

 顎を伝って水滴が落ちていく。

 前髪が顔に張り付いて煩わしい。


「…水だな」


 草も木も、どこか違う気がしていた。知らないものばかりで、それは自分の知っているそれではないと怯えていた。

 でも、この水は、同じだ。

 そう感じた。

 匡は、この水を知っている。幾度となく傘を濡らして、真夏に浜辺で蹴り上げて、授業で潜って、幾度となく蛇口を捻って触れてきた。


 果たして飲めるのだろうか。

 病原菌とか入ってないだろうか。

 と頭を悩ませていたことがどうでもよくなる。


 自分の身に何が起こったのは知らないが、まだ同じ概念の中にちゃんと生きている。

 それを実感できた。

 だから大丈夫。この世界でも生きていける。

 困った時のことは、困った時に考えよう。


 匡はもう一度掬い上げた水を、ゴクゴクと飲み出した。



 その後思いつきで白い少年に貰った布を洗った後、そこで一休みし、近くで見つけたロート草をついでに二、三本摘んで帰ろうと歩きだしたときだった。

 山の入り口の辺りから、獣の咆哮が聞こえたのは。

 匡はビクッとして籠を落としかけた。

 続いて、幼い少女の悲痛な叫び声。


「な……」


 この時匡の頭の中を巡ったのは実にさまざまな考えだった。

 何処だ。なんの獣か。あるいは魔獣か。

 なんで今なんだ。

 どうしてここにいる。

 調べてきた限りでは、この周辺もあまり強い獣や魔物は出ないはずだ。

 先程の咆哮は、小動物のものとはとても思えない。

 少女はその獣と対峙しているのだろうか。

 できるなら助けたい。

 できるはずがない。何故ここでその声を聞いたのはほかの強い狩人ではなく何もできない自分なのだ。

 どうして自分には助ける力がないのだろうか。

 少女はなぜ叫んだのか。

 普通は勝てない野獣に出会したら隠れてやり過ごすか走って逃げようとするはずだ。

 そもそも幼い少女が一人で森にいる理由は(ないとは言えないが)あまり考えられない。同行者がいるはすだ。

 いや、いたのかもしれない。先に殺されたか、別々に逃げた…?

 しかし、別れれば弱い少女から先に殺されてしまうのが自然。もしかして、彼女をかばい、守ってきた誰かが殺されたから、我慢できずに叫んだのか…?

 だとしたら今彼女を守るものはない。

 そしてそれほどの時間があったのなら、近くに他の狩人や冒険者がいて割り込まないはずがない。まあ、彼らがしっかり匡と同じ感覚を持っていればの話だが。

 そして、それもない。

 つまり、今この悲鳴を聞いているのは匡だけだ。

 匡に獣を撃退する力はない。

 絶対にない。それはわかっている。

 戦ったこともなければ、武器を持ったこともない。学校の中で考えても運動神経は人並み程度だったし、力も平均的なものでしかなかった。

 そもそもこの世界に放り込まれた瞬間に殺されかけているのだ。

 突っ込んでいっても、犠牲者を一人増やすだけの愚行になることだろう。

 でも、もう一つわかっていたのは、匡には今この声を聞かなかったことにすることも、何も知らないでこの場を後にすることもできないということだった。


 拳を握る。


「くそッ」


 リュックとロート草の籠を草むらに隠し、ぶかぶかで動きにくいローブも脱いでそれらに被せる。


 せめて捕食者の姿くらい見てやる。


 借り物の狩猟ナイフだけを手に取って、匡は声が聞こえた方向へ走り出した。


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