5話 コウ
「まずは衣食住をなんとかしないとだよな」
食べ物の露店が並ぶ通りを歩きながら呟く。
ちなみにギルドでもらった情報料の皮袋はしっかりリュックサックの中にしまってあるので大丈夫だ。
丁度斜め右手に見えた串焼きの匂いに唆られて唾液を飲み込みつつ、匡は今後どうするかを考えていた。
衣食住をなんとかするためには、まずは仕事を探さなければならない。
それにしっかりとした身分証を持つために、ここでのギルド登録は必須である。
「問題はなにをして働くかだけど……あ、これください」
「はいよ。一本銅貨3枚ね」
串焼きに吸い寄せられ、半ば無意識にそれを注文する。
「じゃあ一本…」
初めて聞いた銅貨という単語に内心焦りつつ、不安を抱いたまま銀貨を1枚取り出して差し出した。
「ほい。お釣り銅貨7枚ね」
銅貨、と呼んだ一円玉ほどの大きさの赤茶色の硬貨を左手にジャラッと、匡が注文した串焼き一本を右手にそっと渡して、露店の主はまた調理に戻る。
「まいどありー」
心のメモに、銅貨*10=銀貨*1と書き込んだ。
◇
「やっぱり狩人が一番いいのかな…ぁむ」
美味い。
熱々なのもポイント高いな。
匡は露店の通りから少し歩いた、噴水のある広場で石垣に腰掛けて串焼きを食べていた。
なんの肉かは知らない。
少し肉の味を堪能した後、匡は再び思考を戻す。
狩人ギルドは、戦いができないので最初に遠ざけた選択肢ではあったが、他のギルドのことを考えると悪くもなさそうだった。
薬師ギルドは専門の知識や技能が重要になってくるだろうが、当然匡はそのようなものは持ち合わせていない。人に頼んで身につけるにしても、お金を稼げるようになるには時間がかかるだろう。
というか頼みに行くのもごめんだ。
それともう一つあった商業ギルドは、どう考えても人との関わりが必須である。
コミュニーケーション下手には荷が重い仕事であることは間違いない。
その点、狩人ギルドは狩猟と採集だ。
対象の獣や素材の情報を教えてもらえれば、出向いてとってくるだけの簡単なお仕事である。
多少の知識は必要だが、その都度補完できる範囲だと思うし、とくに考えることもない。脳筋でもできる。
狩猟のほうは多少戦えないとできないが、戦いは結局のところ経験だろう。少なくとも匡が住んでいたような先進国ではないのだから、今後のことを考えると戦えた方が良いに決まってる。
別に反則級の強さは要らないから、少しずつ、できる範囲の依頼をこなしていって、自衛くらいはできるようになれたら万々歳である。
それなら狩猟はいい経験になるはずだ。
「まあ無理なら採集だけ地道にやってもいいしな」
ということもあり、ほかのギルドで稼ぐ想像ができない以上、ここは狩人ギルドで登録するのが無難に思われた。
まあ、一番冒険者っぽいってのもあったが。
なんだかんだ言ってゲームやラノベにのめり込んでいた高校生男子である。
異世界転移に浪漫を感じないわけがなかった。
最後の肉を口に含む。
若干受け入れられていない感はあるが、こうなってしまった以上自分も死ぬ気でこの世界を生き抜こうと心に決めて、、
どうするんだこれ、と匡は食べ終わった串を見つめた。
◇
「いくか」
大きく息を吸って立ち上がり、匡はリュックを背負い直す。
ちなみに串焼きの串は露店で回収していた。
ごみを持ち歩かずに済んでよかった。
向かうのは、先程ぶりの狩人ギルド。
決めたのなら早いほうがいいだろうから、多少不思議に思われても構わない。
今度は黙ってドアを開ける。
変わった格好のせいですぐにまた狩人たちに気づかれるが、なんとかかわして相談カウンターへ向かった。
「あの、登録します」
すると今度はきちんとカウンター前にいたライラが微笑んで対応してくれる。
「あ!さっきの少年ですね」
「どうも…」
会釈をすると、シードルが隣の椅子に腰をかけたまま口を挟む。
「あら、どこも登録してなさそうだったから12歳いってないからかと思ったけど、そういうわけじゃなかったのね?」
「さすがに12歳はいってますよ…」
「そう、じゃあ田舎から出てきたの?」
「そんなところです、というか俺は」
本当の年齢を言おうとしてから、ふと気づいて尋ねる。
「……何歳だと思ってたんですか?」
二人は顔を見合わせた。
「「…12歳くらい?」」
そうですかー。
「とにかく、12歳だっていうなら断る理由もないですね!早速作りましょー」
「あ、はい。お願いします」
頷いてから、違和感を感じて首を傾げる。
ん?今12歳ってことになった?
言わなきゃとライラを探すが、登録に必要なものを取りに行くためにカウンターから姿を消していた。
「どうかした?」
「あ……いやなんでもないです」
別になんでもいいや…
本当の年齢言っていちいち哀れみの目で見られたりしてもたまらないし。
「お待たせしました。こちらにお名前と年齢を書いてください。」
渡された紙は、上部に狩人ギルドと入っていて、名前、年齢と書かれている。
書くのかよ。
匡は少し、嘆息する。
そして、別のところに考えを及ばせた。
そう、果たして翻訳は字に及んでいるのかどうか。
不安に思いながらとりあえずペンをとって名・姓という表示に従って書き出すと、大変不思議な感覚の中で、しっかりとこの世界の字が出来上がっていく。
タダシ・サカグチ
描き終えて眺めると、しっかり読めた。
どうやら問題はないらしい。
ちなみに年齢は少し迷ったがきちんと15と書いた。
門衛に子供と思われていたことと、ここでも12いくかいかないかに思われてことを考えると、
『本当に15歳なんですか…?』とか言われそうで怖いが、あとでバレる方がつらい。
これからぐんぐん成長していく予定なのだから。
身長も…伸びるよな?まさかこのままってことはないよな?
「書けましたか?」
「はい。あ、あの、表示名はコウにしてもらえますか」
異世界で日本人感満載の名前はやはり恥ずかしい。
『匡』の他の読みを思い出して、あまり主張が強くないものを選んだ。
「わかりましたー!」
ライラは紙を受け取り、それを見ながらなにかに情報を打ち込む。
途中でなにやら驚いた様子で固まっていたが、気にしないことにする。
それよりも匡は、ライラが弄っている機械に興味津々だった。
いや、この世界機械は無さそうだし、魔法か?魔道具?
背伸びをしてそれを覗きたくて仕方がなかったが、みっともないので自重した。
暫くして、渡されたのは保険証より一回り大きいくらいのサイズのカードだった。
見たこともない素材でできていて、しっかり重さがあるのに薄いプラスチックのような感触。それでいて金属のように冷たい、そういうものだった。
狩人ギルドの文字と紋章、そしてコウという名前が刻まれている。
「これがギルド証…」
「大体の注意は先程説明した通りで、受注の際はギルド証が必要になるので失くさないでくださいね」
「はい」
匡はギルド証を眺めて嬉しそうに頬を緩めた。
「あの、コウさん…」
「あ、はい!?」
ライラが声を潜めて申し訳なさそうに言う。
匡はコウと呼ばれるのが初めてだったので反応が遅れた。
「12歳とか言ってすみませんでした、」
「あ、いやいいです気にしないで」
思ったよりも大分マシな反応だった。