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どこかの一室で

とある部屋。

とある建物の中にある一室。


そこには、二人の人物が向かい合って椅子に腰掛けていた。

一人は白く染まった髪に、細かな皺が刻まれた険しい顔つきの男。

年齢はおそらく中老に差しかかる頃だろう。右目にはモノクルをつけ、手に取った一枚の羊皮紙を注意深く読み込んでいた。


その対面に腰掛けていたもう一人は、ゆっくりとカップに口をつけながら男の様子を眺めていた。

それは、美しい女だった。

整った顔立ちに白い肌、腰まで届きそうな黒く長い髪。

赤と黒で彩られた、奇妙で装飾的なドレスを身にまとっている。美しくも、どこか暗く妖しい気配と気品を感じさせる女性だ。


部屋に備え付けられた時計から聞こえる小さな駆動音、そして時を刻む針の音。

静寂に包まれた室内に、それだけがかすかに響いていた。


「……なるほど。なかなか興味深いものを持ってきたな」


羊皮紙を最後まで読み終えた男が、一息ついて口を開く。


「数百年前の魔術史について綴られた文章か。確かに非常に珍しいな。

この時代の資料は、大抵が焼き捨てられていて現存している可能性など皆無だと思っていたが……」


そう言いながら、男は羊皮紙から視線を上げ、向かいの女を見た。

その視線に気づいた女は、手にしたティーカップの最後の一口を啜ると、ゆっくりと口を開く。


「王都にある古本屋の倉庫にあったものよ。

そこの店主、猟書家だったらしくて、所かまわず貴重な書物や資料を買い漁っていたみたい。まるで何かに取り憑かれていたみたいにね」


「……ああ、あの男か。名前だけはよく聞いていたが。

だが、なぜお前さんがあの男の所有物を?」


「その店主、数ヶ月前にぽっくり逝ってしまったらしいの。突然に。

それで親族が遺品整理をしていたのだけど、店を継ぐ人も、品を保管・手入れする人もいないから、同業者や買取希望の客にどんどん売り払っているの。

それで私も何点か、品を頂戴してきたわ。羊皮紙は、その中のひとつよ」


「……ふむ」


話を聞きながら納得したように頷き、思案顔になる中老の男。

彼は手にしていた羊皮紙を机の上に置くと、近くにあった黒い小箱を手に取り、それを女に向かって放った。


「交渉成立だ。持っていけ」


「ありがとうございます、先生。貴重な品を譲っていただき、感謝いたします」


「貴重さで言えば、お前さんの持ってきた資料のほうが、ワシにとってはよほど価値があるがな。

……まあ、何に使うかは聞かんが、目を付けられるような真似だけはするなよ、アピロ?」


「ええ。今さら国協会といざこざを起こすつもりはありません。

これはあくまでも個人的な目的に使うものですから……それでは、私はこれで」


アピロと呼ばれた女が立ち上がり、軽く会釈をして部屋を出ようとしたとき――

唐突に、目の前の机に数枚の紙が無造作に放り投げられた。


「……これは?」


「ある卒業予定の生徒の進路希望表だ」


「まあ、それはそれは」


「今年の卒業生は、なかなか粒ぞろいでな。

特に今そこに書いてある生徒は、実技・筆記ともに優秀で、魔法に対する熱意もある。

……多少、性格に癖はあるが。成績は非常に優秀な生徒だよ」


「それはおめでたいことね。で、その優秀な生徒が何か?」


女は他人事のように形だけの返答をする。

その態度に、男はわずかに眉をひそめながらも言葉を続ける。


「この生徒が師事を望んでいる相手は――お前さんだよ」


「お断りします」


男の言葉に、女は即座に返答した。

元より、男が伝えたいことは察していた。

こうして自分の前で話を持ち出すということは、つまり“弟子を取れ”という遠回しな勧誘だ。


「アピロ。お前さんがこの世界に入って、もう数十年が経つ。

好き勝手に振る舞うのもいいが、そろそろ若い術者たちを導いてやってもいい頃合いじゃないか?」


「申し訳ありません、先生。私は先生のように教えるのが上手くないので。

それに、そんな優等生が私に師事を望む理由が分かりません。

私は天下の魔法協会様が名指しする“問題児”です。

この生徒には、私のような異端者ではなく、もっと模範的な魔術師に教えを請うべきです。

たとえば――そう、タリアヴィルの老師などいかがかしら?

経歴・能力ともに協会随一と称されるお方。その元であれば、この子の才能も遺憾なく発揮できるでしょう?」


「……あそこは人気株だ。とっくの昔に枠は埋まっている。

推薦もあったが、本人がすでに断っている。

ここまでしてお前さんを望んでるんだ。せめて、その気持ちを汲んでやってくれんか?」


その声音と表情には真剣味がこもり、若干の怒気すらにじむ。

その鋭い視線がアピロを見据える。

だが、アピロは意に介さず、そのままドアへと向かった。


男は、彼女の背を見送りながら大きくため息を吐き、片手で目元を覆った。

あきらめたように、机の上のカップへ手を伸ばす。


そして、アピロがドアノブに手をかけたとき、ふいに男の方へと振り返り、こう言い放った。


「――ああ、その優秀な生徒さんには申し訳ないですが、弟子の件はご心配なく。

今年はすでに、貴重な“一人分の枠”が埋まっているので」


そうして彼女は、部屋の扉を開けて外へと出ていった。

その帰り際の一言に驚愕し、カップを取り落とす男の姿を見ることもなく――。

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