はじまり
世界は燃えていた。
比喩などではない、本当に燃えていたのだ。
澄み渡る青い空、緑豊かな山々や平原、人の営みを感じさせる大きな町。
それらすべてが、青黒い炎の波に飲まれ、徐々に覆われていく。
おかしな話だった。
山や町が火の手によって燃えることはあるだろう。だが、空までが燃え落ちるなど、ありえるはずがない。
理想的とすら言える、あの美しい青空は、まるで紙のように炎に炙られ、ひしゃげ、燃え、落ちていく。
空が紙のように燃え落ちる?
何を言っているの。どうして空が燃えるの?
――おかしい。
そんなこと、本来起こるはずがない。
まるで出来の悪い作り話だ。
そう、これは「おかしな話」だ。
空が燃えているのに、誰一人としてその異常に気づいていない。
それどころか、町が炎に包まれていることすら気づいていないのだろう。
青黒い炎が広がっていく中、人々は普段通りに目を覚まし、朝食をとり、それぞれの仕事や遊びに向かっていく。
そして――燃え尽きる。
やっぱりおかしな話だ。
私は必死に声を出そうとする。
「早く逃げて。そこにいてはダメ」
でも、声は出ない。体も動かない。まるで自分の体じゃないみたいに。
私は、灰一つ残さず燃え尽きていく世界を、ただ黙って見つめているだけ。
誰にもこの異変を伝えられずに。
――いや、伝えたところで、生き延びる術などないのかもしれない。
私には、どうすることもできない。
何かが頬を伝う感覚がした。
ああ、これはわかる。私にとって馴染みのあるもの――
涙だ。
私ではない誰かが泣いている。
「この物語は、おかしくなってしまった」
声がした。
女の子の声。悲しく、寂しく、そして苦悶に満ちた、嗚咽にも似た声。
「捻じ曲がった物語は、世界に歪みを生み出す。
そこからあふれ出した“染み”は、やがて世界を蝕む。
それに気づいたときには、もう――」
誰かの独白が、口から自然にこぼれ出る。
私であって、私ではない誰かの言葉。
「すべては、私の責任。
人に憧れ、あまりにも近づきすぎた。
憧れた営み、守るべきだったもの――
後悔しても遅い。感傷に浸っても、何も変わらない。
だからこそ、私がすべきことは……」
自分の意志を確かめるような言葉だった。
でも、その声色はどこか言い訳がましく、誰かに許しを請うようにも聞こえた。
そして、そのことを自覚したように、声の主は小さくこう呟いた。
「……ごめんなさい」
そして静かに唱える。
「物語に終幕を下ろし、すべてを白紙に戻そう」