ゼル 幸せを掴まされた魔王 後編
店を出たゼルはイリヤと町を歩き始めた。
イリヤの話に耳を傾けながら周りを見ていると、ふいに宝飾店が目に映った。
イリヤを誘って店に入ると、質の良い商品が並べられている事に驚くゼルにうさ耳の店員が声を掛けた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
店員さんの言葉にゼルが言った。
「俺とこいつに似合いそうなもんがあったら見せてくれ。値段は問わないから」
その言葉にとある「VIP」達の事を思い出した店員さんはゼルとイリヤを奥のソファーに案内すると、座って待つ2人の前から姿を消した。
そしてバックヤードに駆け込み、箱を1つ取り出すと2人の前にダッシュで戻ってきた。
店員さんは箱を開けると、そこには淡く光る宝石が埋め込まれたペアリングが納められていた。
それを見たゼルは顔をしかめたが、見ているうちに段々と惹かれていった。
イリヤも飾りっ気のない指輪に不思議な魅了を感じて、興味深そうに見ていると店員さんが説明を始めた。
「この指輪は一見すると何の変哲もないシンプルなデザインですが「ベニトアイト」という大変貴重な宝石が埋め込まれています」
「2人にお似合いかと思ってお出ししましたが、如何でしょうか?」
店員さんの問いかけにゼルはイリヤの顔を見ると、イリヤは目を輝かせていたので即決した。
「じゃあコレをくれ!」
そう言って大金貨を渡すと、受け取った店員さんは震えながらゼルに聞いた。
「ち、ちなみにお釣りはどうなさいますか?」
ゼルは指輪を箱から取り出すと言った。
「釣りも箱も要らない。貰ってくぞ!」
そう言って立ち上がるとイリヤの肩を抱いて店を後にした。
店を出たゼルは、歩きながら指輪を手に持つとイリヤに言った。
「ほら?やるよ」
イリヤは笑顔を見せるが、すぐに表情を曇らせるとゼルに言った。
「ありがとう……後で貰うね……」
そう言って指輪を受け取らないイリヤに違和感を感じながらも、ゼルは指輪をポケットにしまった。
そして歩き始めるとイリヤはゼルに聞いた。
「ゼル……無理してない?」
「無理って……何が?」
その問いかけにゼルは戸惑いながら返事をすると、イリヤは話を始めた。
「私はゼルの事が好きよ。ゼルの強さも、お酒を飲むとお調子者になる所も……」
「でもゼルはそうじゃないでしょ?魔神様に言われるままに私との結婚が決まっちゃったから……」
イリヤの言葉を否定しようとしたゼルは、少し考えたが何も言えなかった。
「それでもいいの。ほんの少しでいい……ゼルの気が向いた時でいいから……私を事を想って欲しいの」
そう言って涙を堪えるイリヤの姿に…。
ゼルは後悔した。
何故なら目に映るイリヤはまさに昔の自分自身の姿だったから。
ゼルは何も言えないまま、肩を震わせるイリヤに手を伸ばした時……イリヤが言った。
「一晩家に帰ってないから、そろそろ帰らなきゃ……」
そう言ってゼルから離れるとイリヤは言った。
「バイバイ」
ゼルは引き止める間もなく、イリヤは転移していった。
するとイリヤの居なくなった場所を呆然と眺めているゼルに、声を掛ける者がいた。
「何してんだよ!早く追いかけなきゃダメじゃないか!」
ゼルは振り返るとそこにはベルが立っていた。
「追いかけるって何だよ?」
ゼルがそう返すとベルは詰め寄りながら言った。
「いいから追いかけるんだ!じゃないと一生後悔するよ?……だから僕はリリスを追いかけた!ゼルはどうするの?」
黙り続けるゼルにしびれを切らしたベルは、肩を掴むとゼルと転移した。
転移先が空中庭園だと気づいたゼルは理由を聞こうとしたが、ベルは自分の唇に人差し指を当てると視線を外した。
ベルの視線の先に目をやるとノワール様とイリヤが向き合って立っていてた。
ゼルがその様子に気付くと、イリヤが話を始めた。
「魔神様にお願いしたい事がございます。ゼルノア様との結婚の話を白紙に戻して欲しいのです……」
イリヤの願いを聞いたノワールは言った。
「ゼルとの結婚の話は嫌だったの?私にはそう見えなかったけど……」
ノワールの問いかけにイリヤは肩を震わせながら答えた。
「私は嬉しかったです。でもゼルノア様の心に入り込む事が出来ませんでした」
静かに聞くノワールにイリヤは話を続ける。
「私は独占欲を抑える事が出来ず、ゼルノア様に迫りましたが……ゼルノア様を不幸にする結婚なら私はしたくないのです…」
そう言って涙を流すイリヤの姿にノワールが言った。
「そう。それなら結婚の話はあなたの望む通り白紙に戻しましょう……ゼルもそれで良いわね?」
ノワールはゼルに視線を向けると言った。
ゼルは未だに頭が真っ白になる中でイリヤのそばに向かうと、ノワールがゼルに問いかけた。
「あなたの思い通り……今回の話は破談となって良かったわね?」
様子を見ていたベルは、ノワールの怒りの感情が込められた問いかけに……震えた。
ベルが静かな怒りを見せるノワールに震えていると、ゼルは問いかけに答えた。
「……良くないです。白紙にしないで頂けませんか?」
ノワールは立ち上ると、ゼルの頬を平手打ちした。
「ゼル……まだ彼女を振り回すつもり?」
ノワールが怒りを見せるが、ゼルは涙を流すイリヤに体を向けると話を始めた。
「イリヤ……俺はお前が好きかどうか分からない。でも、イリヤが俺を想ってくれてる事は分かる」
「恋の仕方を忘れていた俺に、恋する気持ちを思い出させてくれた君と「結婚」から始めたいんだ」
イリヤはその言葉に驚きながらも、首を横に振った。
「ゼルはきっと私の事なんて好きにならない……」
俯くイリヤにゼルは言った。
「いいから黙って俺に付いてこい!イリヤが嫌になるまで愛してやる…約束だ!」
そう言ってポケットから指輪を取り出すと、イリヤの指に差し込んで言った。
「これでお前は俺の妻だ。嫌なら外して捨てればいい」
そう言って自分の指にも指輪をはめると頭を掻いた。
するとイリヤは涙を拭って笑顔を見せると言った。
「皆様!作戦通り上手くいきました!ご協力いただきありがとうございます!」
「協力?」
イリヤの言葉にゼルが混乱していると……そこには魔王が勢揃いしていた。
「イリヤ……本当に良かったね!心から祝福するよ!」
俺はイリヤを祝福した。
「イリヤ!おめでとうなのじゃ!」
シアもイリヤを祝福した。
「イリヤ!幸せになるんだ!」
ジークもイリヤを祝福した。
「イリヤ!ゼルをよろしくね!」
ベルもイリヤを祝福した。
「イリヤ……見事な演技だったわ!」
ノワールはイリヤの演技を褒めた!
俺達はそれぞれイリヤに声を掛けた。
そしてイリヤの周りに集まって作戦の成功を喜び合っていると、ゼルが言った。
「作戦?何が?」
ゼルの疑問に俺が答えた。
「お前の態度を見かねたノワールが、俺達を集めて話をしたんだよ。それでゼルが「自発的」に結婚したくなるにはどうすれば良いか皆で考えた結果……」
「男は「女の涙には勝てない」作戦を思いついたんだ。それをイリヤに提案すると喜んでOKしてくれたから、昨日の酒宴から段取りを組んだ!」
俺の話を聞いたゼルは膝から崩れ落ちたが、俺達はそんなゼルを無視して話を続けた。
するとイリヤはゼルの側に行って膝をつくと耳元で囁いた。
「ゼル……私もあなたを死ぬほど愛してあげる!」
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