トーヤ 戦神と呼ばれた男 後編
英雄と呼ばれるようになって2年の月日が流れた。
国中から「英雄」を是非見てみたいという要望を受けた結果、国王陛下から要請を受けて各地を転々とする日々が続いていた。
街や村を回っては民衆に手を振ったり、話をしたりと見世物のような気分ではあった。
しかし平和を享受することが出来ている人々の姿は見ていて嬉しかったし、戦場に出る事を考えると遥かに豊かな生活だ。
それにあの日「神」から力を授からなければ既に無くした命だから、この命はみんなの為に使おうと決めていた。
そんな忙しくも穏やかな時間を過ごしている中でその人と出逢った。
その日は領主の依頼で広場に集まっていた住民達と握手をすると、時間が空いたので街を歩いていた。
すれ違う人達に手を振り返しながら歩くと、1軒の飲食店の前に辿り着いた俺は看板を見て驚いた。
「食事処 さばくのしろねこ亭」
……莎漠ってあの使い道のない砂地の事だよな?
店名が何故か気にはなるけど入店はやめとこう。
俺は引き返そうと決めたその時、中からゴミを抱えて飛び出す娘とぶつかった。
「ごっ……ごめんなさい!」
ぶつかって倒れながら謝るその娘に手を差し出すと、猫耳でくりっとした瞳と目があった。
「大丈夫か?」
俺は手を取るとその娘を立たせる。その娘は立ち上がり頭を下げるとゴミを持って走り去った。
すると、足元に革袋が落ちている事に気付いた俺は声を掛けようとしたが彼女は遥か先にいた。
仕方ない……店で待つか。
あまり気乗りしなかったけど、腹も減っていたからゴミを持って出て行った彼女を待つ事にした。
店内に入るとカウンターに座りメニューを開いた。
すると大好物の「パネーの香草焼き」があったので、店員さんにさっそく注文して待っていると彼女が帰ってきた。
「ただいま!ゴミ出し終わったよ!」
そう言って帰ってきた彼女に声を掛けた。
「おい……落し物だ!」
俺の声に気付いた彼女は振り返ると革袋を放り投げる。それを慌ててキャッチすると俺に言った。
「ぶつかった上に大事な財布を拾ってくれてありがとう!」
そう言って猫耳をピクリとさせながら、笑顔でお礼を言う彼女の顔はとても可愛かった。
そんな俺の視線に彼女は頭巾で頭を隠すと悲しそうに言った。
「あ……すみません。気持ち悪いですよね」
猫耳の事か?
別に気持ち悪くないし……むしろ俺は好きだが?
「気にするな。俺は「獣化症」に偏見はない」
……獣化症とは体の一部が突然獣化する原因不明の現象で、差別意識を持つ者が多い。
しかし俺は本当に気にしてなかったので彼女にそう言った。
するとまた笑顔を見せるとキッチンに入っていった。
しばらく待つと彼女は俺にパネーの香草焼きを運ぶと隣に座った。
俺に何か言いたい事でもあるのか?
何も言わずに笑顔を向ける彼女をよそに、俺は食事を始めると不意に話しかけてきた。
「英雄様も普通に食事するんですね?」
突然の言葉にむせてしまった。
「何を言ってるんだ?俺はただの人間だ。普通に食べるし普通に寝るに決まってるだろ?」
「そうなんですね!私、ノエル様の伝記は全て持ってますけど知りませんでした!」
そう言って笑う彼女にはっきり言った。
「よく言われるけど殆ど嘘だ!お前だって寝るだ……」
「お前じゃないです!フレイヤです!」
フレイヤは話を遮って名を名乗った。
お前と言われたくなかったようで頬を膨らませている。
「話の続きだが……フレイヤが寝るように俺も寝るし、伝記に登場する悪魔?と戦った事はない」
そう答えるとフレイヤは目を輝かせながら質問してきた。
「じゃあ一振りで敵を打ち滅ぼした話は?」
「あれは事実だけど伝記みたいな美談じゃない。何千、何万と人が死んだんだ」
そう答えると悲しい表情を向けるフレイヤの頭を撫でながら言った。
「罪は俺が背負うから君達は平和な世界を幸せに生きてくれれば良いんだ」
殆どの民衆は英雄の意味を知らない。
国の英雄は他国の「害獣」で、敗戦国にとっては「憎しみの対象」だという事を。
「ノエル様の気持ちを考えずに軽率な事を聞きました……ごめんなさい」
まだ悲しい表情を向けるフレイヤに何故か胸の奥が少し痛んだ気がした。
なんだこの感情は?
俺は彼女に笑顔を向けて欲しい衝動に駆られると、席を立ち少し離れたところで言った。
「フレイヤ。伝記が好きな君にとっておきを見せてやる」
その言葉に首を傾げるフレイヤはそれを見て驚いた。
俺は構えると「神剣」を出して少しの間フレイヤに見せてあげたのだ。
そして神剣から手を離すと席に座って言った。
「どうだ?あれが伝記に出てくる神剣だ……」
悲しい表情から一転して目を丸くするフレイヤに安心した俺は、再びパネーの香草焼きを食べ始めた。
そして食べ終えた俺が水を飲んでいると、フレイヤが興奮気味に話を始めた。
「ノエル様!神剣って虹色に光ってるんですね!伝記では「漆黒」とか「白銀」って書かれてたけど……凄い!」
そう言って喜ぶフレイヤに会計を頼むと……寂しそうな表情を浮かべる彼女に「また顔を出すから」と言った。
すると笑顔を浮かべる彼女に代金を渡して店を出た俺に、フレイヤは俺が見えなくなるまで手を振り続けた。
宿に戻るとベッドに横になった俺は目を閉じるとフレイヤの笑顔が頭に浮かんできた。
俺はこの国で多くの人々と会い「英雄」と持て囃されていたが、フレイヤは初めて俺の気持ちの一端を理解してくれた。
たまたま手に入れた力で万を超える人を殺した俺の為に、フレイヤは悲しんでくれた。
その気持ちが何なのか分からないまま、俺は深い眠りに落ちていった。
翌日からは用事を済ませるとフレイヤの働いてる店に通っては2人で色んな話をした。
俺が見てきた他の街の話や、耳にした伝説を話すとフレイヤは夢中になって聞いていた。
そんな日が何日か続いたある日。
いつものようにフレイヤと話していると街の兵士が店に飛び込んできた。
そして俺を見つけると言った。
「英雄殿!緊急招集が掛かりました!我が国が隣国に対して殲滅戦を命令をしたとの事です!」
また戦争が始まるのか?
しかもこちらから仕掛ける?
戸惑う俺を不安そうに見るフレイヤを見た俺は、両手で顔をパチンと叩くと言った。
「大丈夫だ。この国は俺が守るから」
そう言って立ち上がると、兵士と共に店を出た俺にフレイヤが言った。
「ノエル様!また必ず店に来てくださいね!待ってます」
そう言って手を振る彼女に頷くと兵士の案内で街の駐屯地へと向かった。
駐屯地では俺の到着を待っていた部隊長が詳細を確認すると、その話に絶句した。
2年前に戦ったあの国が圧政に耐えかねて反旗を翻した。それに激怒した国王陛下は即時殲滅を命令した。
しかも敵兵の多くは民間人との話だった。
「英雄殿。集結は2日後です!早く向かいましょう!」
部隊長の話に戸惑いながらも馬を飛ばして国境へ向かった俺は何とか開戦前に間に合った。
俺の到着を喜ぶ兵士達の間を抜けた先に敵軍を見ると兵士に混じっ民間人や女性、子どもの姿も散見された。
「嘘だろ?」
その光景に愕然とする俺にかつての上官が声を掛けてきた。
「待っていたぞ英雄!敵は雑魚ばかりだが数が多くてな……英雄の一撃で終わらせてくれ!」
俺にそう言うと友軍に宣言した。
「英雄が今から奴等を一掃する!巻き込まれぬよう距離をあけるんだ!」
そう言って友軍は俺から離れていく。
振り返ると俺に笑顔で声援をあげていた。
前には数万の民間人を含む敵がいる。
無理だ。
俺は敵軍に近付くと膝をついた。
友軍も敵軍もその光景に驚く中、俺は深く頭を下げた。
そして立ち上がると敵軍に届く声で話を始めた。
「私はノエル・ヴァレンシュタイン。皆さんどうかこのまま引き揚げてもらえないでしょうか?」
敵軍は俺の正体に気付くと激しい野次と石が投げつけられた。
俺は構わず話を続けた。
「お願いします。私はあなた達を殺したくないのです。どうかこのまま引き揚げてくれませんか?」
俺は何度も繰り返し頭を下げては呼びかけた。
すると敵軍が急に静かになると敵軍の代表者が前に出てきて俺に言った。
「今更後には引けぬ!私達が自らの手で尊厳を取り戻すまでは死ぬまで進軍を続けるのみだ!」
そう言って手を振り下ろすと敵軍は前進を始める。
やめろ……止まってくれ
俺の思いとは裏腹に敵軍は歩みを止めない。
嫌だ。もう殺したくない……
尚も進軍を続ける敵軍。
振り返ると味方は遥か遠くから俺を見ていた。
そして距離が近付いてくる敵軍に俺は叫んだ。
「頼む!もう殺したくないんだ!」
そう叫んだ俺の頭に神の声が響いた。
「これは君が始めた戦いだ。その「責任」は背負わなきゃね!」
……その通りだ。
俺が苦しめ……追い詰めたのに今更逃げろだなんて無責任だ。
俺は力を発動すると神剣を構えた。
その様子に気付いた敵軍が進軍を止めた時……俺は最大限の力を込めると剣を振り下ろした。
七色の衝撃波が敵軍全てを通過すると激しい爆発を起こす。しばらくして爆煙が風に流された時…俺の前に生存者はいなかった。
友軍は俺に駆け寄ると口々に賞賛の声をあげた。
そんな中、俺を取り囲む兵士達から1つの声があがる。
「戦神万歳!」
その声は次第に拡大していくと、最後には上官が姿を見せて皆に宣言した。
「英雄ではない!彼は我等に勝利を確約する「戦神」だ!」
上官のその言葉に沸き立つ兵士達の姿が目に映った。
数多の人々を一瞬で殺した俺は……
その日から俺は「戦神」と呼ばれるようになった。
ブクマ57件!
読んでくれてありがとうございます!
今回の話…というかトーヤ編、長いですよね…
気長にお付き合い頂ければと思います。
 




