ベル 平穏な魔王
長い雨季が過ぎて、段々と晴れる日が増えてきた町を俺はベルと歩いていた。
ベルには病院や学校運営の件で色々と相談に乗ってもらっていて、今日もその為に2人で会っていた。
特に学校運営については的確なアドバイスをしてくれていたので、知識の無い俺は凄く助かっていた。
俺は歩きながらベルに聞いてみた。
「なぁ?ベルはなんでそんなに博識なんだ?」
ベルは笑顔を見せると答えた。
「昔取った杵柄っていうか……僕は魔王に選ばれるまで教師だったからね」
は?
今なんて言った?
驚く俺にベルは笑いながら言った。
「僕はトーヤ達と違って……ある日ノワール様に選ばれて魔王になったんだよ。」
そう言うとベルは魔王になった経緯を話し始めた。
これは平凡な日常を過ごす男が巻き込まれた……
……ある意味悲劇の物語である。
……
「先生!ねぇベル先生ってば!」
僕を呼ぶ声に気付いて振り返ると、そこには生徒達の姿があった。
「どうしたの?」
僕は声を掛けてきた生徒に聞くとその生徒は呆れ顔で言った。
「いつになったら教室に来てくれるんですか!」
その言葉に僕は時計を確認すると……授業開始の時間はとっくに過ぎていた。
話を聞くと、教室に来ない僕にシビレを切らした生徒達が呼びに来てくれたみたいだ。
幸いな事にこの場に生徒が全員揃っていたので、僕はみんなに謝罪がてら提案してみた。
「みんなごめんね。そうだ!今日は天気がいいから課外授業にしよう!……見てごらん?これはモンシロチョウの幼虫だよ」
僕は指先に幼虫を乗せると生徒達に見せて回った。
「うわぁ……気持ち悪っ」
「何この動き!おもしろ〜い!」
生徒達は幼虫を見ると様々な反応を僕に見せてくれた。
その様子に手応えを感じた僕は、幼虫を葉っぱに返すとさっそく授業を始めた。
「今はまだ小さいけど……すぐに大きくなって空を自由に羽ばたき始めるようになるんだよ!じゃあみんなに問題だ!」
そう言うと僕の出す問題を元気いっぱいに答え始める生徒達の姿を見て、教師として喜びを感じていた。
そんな穏やかな日々を過ごす僕は、ある日とんでもないものを目にする事になった。
その日……
休みだった僕は勤務する学校から少し離れた場所にある湖に来ていた。
目的はカエルの卵!
生徒達に孵化から観察させてみたかったのだ!
僕は早速探し始める……けどなかなか見つからない。
探しながら歩くとゴツゴツした岩場にたどり着いてしまった。
……流石にこの辺りには無いよね。
そう考えた僕は別の場所に向かおうとした時……それが僕の目に飛び込んできた。
大きな甲羅……全身が緑色……間違いない。
「カッパ」だ!
確か大昔……水の綺麗な場所に生息していたと生物図鑑で読んだ気がする。
しまった!
こんな事なら生徒達も誘うべきだった……せめて記録だけでも取らなきゃ!
僕は手帳を取り出すと日にちや時間、場所、体長を素早く記録し、それが終わるとスケッチを始めた。
と、その時カッパがゆっくりと立ち上がった。
待って!
まだスケッチが終わってない!
僕も慌てて立ち上がるとそのはずみで鉛筆を落としてしまった。
その音に気付いたカッパが振り返ったので、僕は目を輝かせた。
背中だけでなく前側も記録できるチャンスだ!そう考えた僕は振り返ったカッパの顔をすぐに確認した!
あれ?
顔が白い?
カッパは顔だけは白いのか!?
そんな事を考えているとカッパが話しかけてきた。
「なんじゃ?何か用でもあるのか?」
…喋った。
カッパは言葉を使えるのか?
それなら話次第で生徒達に見せてあげる事が出来るかもしれない!
僕はカッパに駆け寄るとさっそくお願いした。
「カッパさん!お願いがあります。どうか僕の生徒達に会ってくれませんか?」
するとカッパは尖った黄色いくちばしを外して言った。
「カッパ?なんじゃそれ?あたしはシアじゃぞ!」
カッパ……いやシア?はそう言って首を傾げた。
あれ、もしかしてカッパじゃないのか?
そんな僕の疑問をよそにシアは甲羅を外すと緑色の服?を脱いだ。
そしてシアはそれをまとめると僕に渡して尋ねた。
「これはカッパというのか?」
受け取った僕はそれを確認しながら答えた。
「これはカッパの衣装……だね」
でもなんと言えばいいのか……この衣装……不思議な素材で作られている。特に伸縮性が凄いな……。
衣装を興味深げに確認する僕にシアが話しかけてきた。
「それで、カッパとはなんじゃ?」
その質問がきっかけとなって僕達は沢山話をした。
シアから聞く話は面白かったので僕は夢中になって話を聞いていた。
まるで見てきたかのように古い歴史の話を聞いた時は体から震えが起きた。
そんな時間もそろそろ終わりかな。
もっと話していたかったけど日も傾いてきたし、教師として子どもを遅くまで引き止める訳にはいかない。
僕はそろそろ帰ろうと提案したけどシアがゴネた。
「嫌じゃ!まだベルと話したいのじゃ!」
「でもあまり遅くなると親が心配しちゃうよ。僕が送るから今日はもう帰ろう?」
そう言ったらシアは目を輝かせて言った。
「そうじゃ!あたしの家に来て話せば良いのじゃ!」
そう言って僕の腕を掴むとシアは転移した。
……一体何が起きたというのだろう。
気がつくと一瞬で広い部屋に景色が変わり、突然の事態に混乱する僕にシアが言った。
「早速話を続けるのじゃ!」
何を言ってるの?
むしろ何が起きたのか説明してほしい。
僕が質問しようとすると、そこに美しい女性が現れた。その人は僕に目も向けずにシアに声を掛けた。
「シア……彼はどこから連れてきたの?帰してきなさい」
「嫌じゃ!ベルはあたしと話をするんじゃ!絶対に返さないのじゃ!」
「シア。あなたが帰さないなら私が……」
その言葉にシアが噛みついた。
「ならまた連れてくるのじゃ!」
女性は溜息をつくとシアと話を始めた。いったい僕はどうなるんだろう……
シアとの話が終わると女性が僕に話し始めた。
その話を要約すると……
・シアは魔王
・この女性は魔神で、目を合わせると死ぬ
話を聞き終えた僕は頭を抱えた。
そんな事があり得るのか?
物語の話なんじゃなかったのか?
考え込む僕にノワール様が言った。
「ベル……あなたは「平穏」なのね」
平穏?
平凡ではなくて?
僕の疑問をよそにノワール様は話を続けた。
「あなたは私達に無いものを持ってる。シア……あなたいい拾い物をしたわ。ベル……あなたに力を与え、我等の同胞に招く」
意味が分からず呆然とする僕の体に急に何かが入り込んだ。
「力の使い方やあなたの役割は……ゼルにでも話して貰うといいわ」
ゼル?知らない名前に首を傾げていると……
突然目の前に全裸の男が現れた。
その人……ゼルは頭を洗っている最中だったのか、体は濡れていて髪は泡立っていた。
「え?」
何が起きたのか分からずあたりを見回すゼルにノワール様は静かに言った。
「ゼル……あなたの後輩よ。色々教えてあげて」
そう言って姿を消した。
すると静まり返る部屋の静寂をシアが破った。
「ゼル……すまぬがこれしか着替えがないのじゃ」
そう言ってカッパの衣装を渡すとそれを受け取ったゼルは……着た。
その姿を見たシアは「よく似合っておるぞ!」と声を掛けるが、ゼルの目は遠い何処かを見ていた。
僕は必要最低限の話を緑色のゼルから聞くと、転移の練習も兼ねて帰宅する事になった。
「また来るんじゃぞ!」と言うシアに手を振ると転移を試したら、無事に帰宅できて喜ぶ僕にゼルは一言「じゃあ、またな……」と告げて転移していった。
そして……その日から僕の日常は大きく変化した。
昼は教師、空いた時間はシアの話し相手や魔王としての仕事に明け暮れた。
最初の数十年は忙しくてバタバタしていたけど、今はそれなりに楽しい日々が過ごせている。
……
「という訳で僕は魔王になった……いや、なっちゃったんだ!」
そう言って笑うベルに言った。
「大変だったんだな?」
「大変だったよ!でも……」
そう……あの日から長い時間が経って周りもどんどん変化していった。
でも……そのお陰で知らない世界を知る事が出来た。
だから僕は胸を張って言える。
「僕は魔王に選ばれて良かったよ!」
ブクマが32、33件に!
ありがとうございます!
さらに…評価してくれた方にも感謝!
ご要望などあれば教えてくださると嬉しいです!
 




