運命の日 覚醒
矢の雨をくぐり抜けた俺は、国軍の兵士達に近付くと声を張り上げて言った。
「町を攻める全ての者に告げる!死にたくなければ直ちに去れ!」
俺の呼びかけに兵士の1人が笑い声を上げると、その笑いは伝染していき次第に大きな笑い声になった。
それでも俺は警告を続けた。
国軍から見たら俺は気の触れた道化に見えたのだろう。
構わず警告を続ける俺に向けてニヤつきながら矢を放つ兵士が現れた。するとそれを真似て他の兵士達も矢を射り始めた。
次第に俺の中に激しい怒りが込み上げてきた。
俺がお前達に何をした?
何故奪おうとするんだ?
怒りが次第に渦となり俺の体内で激しく渦巻き出した事を感じていると「あの声」が聞こえた。
$€死をもって贖わせよ€$
……そうだな。こいつらには何を言っても無駄だ。
$€愚か者に死を与えよ€$
……そうだ!死を与えよう。
俺は声に従うと激しい怒りを国軍兵士へと向けた。
そして俺の意志に連動したように魔威が発動すると、先程まで笑っていた兵士達のほとんどが行動を制限された。
そして兵士達の笑みは、突如動けなくなった恐怖で引き攣るとその場に膝をついた。
俺は動けない兵士の1人から剣を奪うと1人ずつ首を刎ねていった。
その最中、またあの声が俺に囁いた。
$€愚か者に死の救済を€$
……分かってる。1人も逃す気は無い。
俺は焔雷を発動すると、周囲一帯に激しい爆発と落雷が巻き起こった。
土煙が風に流されると、俺の目に映った景色は焼け野原に変わっていた。
辺りには死体の焼け焦げた刺激臭が漂っていて、未だ国軍の多くは生き残っていた。
しかし殆どの兵士は状況が理解できず、統率を失った結果それぞれ敗走を始めていた。
そんな兵士達の様子を見て思った。
……俺は何度も警告した。今更逃すわけないだろ?
すると俺の怒りに呼応するように、あの声が囁いた。
$€愚か者に死の舞踏を€$
……俺は断界を発動した。
対象は「町に悪意を持って進軍した兵士」だ。
一瞬で亜空間への転移は終わった。
俺は周囲を確認すると数千……いや、それ以上の兵士達も同じく転移してきたことを確認して安堵した。
明確な敵がこんなにも残っていたからだ。
$€我が眷属に仇為す愚か者よ。死を持って償え€$
いつしか俺の意識はあの声と同期していた。
$€焔雷€$…悲鳴をあげながら多くの兵士が死んだ。
$€焔雷€$…またも、逃げ惑う兵士を一掃した。
$€焔雷…数も少なくなってきた兵士を焼き払った。
生き残ったわずかな兵士は直接手を下すと、生き残りがいない事を確認した俺は断界を解除した。
そして戻ってきた平地には!未だ死体の嫌な臭いが立ち込めていた。
$€さぁ!次は誰だ!!我に仇為す存在…敵はどこにいる?€$
俺がそう叫ぶと……死が満ちる静かな戦場にシアの声が響いた。
「よぉ!ヴァレンタイン!!来たのじゃ!!」
そう言って俺に笑いかけるが、俺の意識はシアを認識できなかった。
そんな状態の俺は「少女」に聞いた。
$€貴様が俺の敵か?€$
そう聞くと、眼前の少女は寂しそうに肩を落とすと言った。
「あたしはお前の仲間と言ったじゃろ?……もう忘れてしまったのか?」
悲しそうに言う少女に俺は聞いた。
$€我の敵はどこにいる?€$
「敵などおらぬ。既にお前が打ち滅ぼしたではないか?さぁ帰ろう?お前にも帰る場所があるじゃろ?」
少女はそう言って笑顔を向けると俺に手を差し出した。
だけど、俺の意識は次第に混濁していった。
$€帰る場所などない。我は…われは…わ…€$
体内に激しい怒りの渦が暴れはじめた。
すると周囲の景色が歪み、俺の視界は漆黒の闇に包まれていった。
すると、その様子を眺めていた少女は溜息をつくと言った。
「暴走が始まったか……残念じゃ。こうなった以上あたしは覚醒魔王として……トーヤ・ヴァレンタイン!貴様の命を刈り取るのじゃ!」
少女はそう言うと暴走状態の俺へと突進した。
そして力を込めて俺の胸を貫く一撃を繰り出した……しかしその攻撃はダメージを与える事なく弾かれた。
「なんじゃと!?」
その一撃は少女の予想に反して俺の体にほとんどダメージを与える事が出来なかった。
そして予想外の展開に油断した少女を「敵」と認識した俺は焔雷を発動した。
少女は無数の雷を紙一重で回避していたが、一筋の雷が直撃すると爆炎に吹き飛ばされた。
「まさかこれ程とはのぉ。仕方ない…」
そう言うと少女は口に溜まった血を吐き捨てて呼吸を整えた。
すると幼かった体は次第に大きくなり、成人女性と同等の体に転変した。
「この体はエネルギーの消費がはげしいからのぉ……ヴァレンタイン!お前には悪いがもう終わりじゃ……」
転変した少女はそう言うと突如俺の視界から姿を消した。そして気がつくと、俺は見えない何かに強烈な打撃を幾度も叩き込まれていた。
$€……我はまだ死ぬわけにはいかぬ€$
俺は転変した少女が放った渾身の一撃を回避すると距離を置いた。
すると、転変した少女の傍に3人の援軍が姿を現した。
「貴女ともあろう方が情けない!」
「まぁそんだけ手強いって事だろ?」
「油断大敵。逆に油断しなきゃ敵じゃないよ!」
4人の圧倒的で、暴走状態の俺はほとんど何もできずに無力化された。
そして指を動かす力も削がれた俺にシアが近付くと力を溜め始めた。
俺は静かに目を閉じると与えられる死を待った。そんな中でセリナと過ごした時間や笑顔を思い出した。
俺は君と出会う為に生まれてきたんだ。 何故か今……そう確信した。
まだ終わりたくない……まだセリナと歩き続けたい。
すると、俺の頭にあの声とは違う、優しい声が聞こえた。
$€死を前に何を思う?€$
……セリナの事を思う。
$€愛は不変であると思うか?€$
……分からない。
ただ俺はセリナを愛している。この気持ちはきっと変わらない。
$€汝を我が名の下に魔王を名乗る事を赦す€$
すると俺の身体が次第に赤く発光しはじめた。 そしてその色は赤から青、黄、緑と様々な色に変わっていた。
その様子を見ていた「シア」が俺の側に膝をつくと笑顔で言った。
「あの状態から戻ってくるとは…ヴァレンタインお前は凄いやつじゃ!!」
そう言って俺の頭を叩くと、何故か安心した俺は深い眠りに落ちた。
……
目を覚ますといつもの部屋の天井が視界に入った。
あぁ。こういう時……「知らない天井」とか言える奴は天才だなって思った。
辺りを見回すが特に変わりはなかった。
すると左手に温もりを感じた俺は目を向けると、そこには俺の手を握りながら眠るセリナが見えた。
俺は身体を起こすと右手で彼女の髪を撫でる。すると瞼が細かく震えると、少し間を開けて彼女は目を覚ました。
俺は「おはよう」と声を掛けると、セリナは瞳に涙を溜ながら飛びついて言った。
「お帰りなさい!」
 




