第一幕
「飽浦さん、紅茶を。」
「畏まりました、ヒナタお嬢様。」
私は三上家のお屋敷に勤める使用人だ。名前を飽浦翔と言う。
そしてこちら私がお仕えさせていただいている三上雛代お嬢様にございます。
お湯の温度を始めとしたありとあらゆる面において完璧な紅茶を入れ終え、お嬢様にお出しするというところまで来た
…というところでビーっと来客用のチャイムがなった。
私にとって天使のようなお嬢様に紅茶をお届けすることが何よりの重要な任務なので、来客など死ぬほどどうでもいいのだが……
まぁ三上家の面子に関わるので一応客を迎えに行くとしよう。
「よっ、ショウ。遊びに来たぜ。」
「お帰れ下さい。」
「無理。」
これ程覗き穴の必要性を感じたことがあっただろうか。いや恐らくないだろうな。そこに立っていたのは夏だというのにコートを羽織っている男、廣瀬時雨だった。
こいつの感覚神経死んでんじゃねぇの?などと考えているうちに
奴はずけずけとご主人様の素晴らしい屋敷に入ってきていた。
この男に自重の二文字はない。
「ちょっとお前の主人の部屋に行ってもいい?話があるんだけど。」
半ば呆れながら聞いていると廣瀬のケータイが鳴った。
「あっ、電話だ。ちょっと待ってて。
はい、こちら廣瀬ですが。ええ、調査の結果はメールの通りです。いやはや国会議員同士の夫婦も大変ですねえ。ましてや不倫なんかされたら、ね。あぁ報酬の件につきましてはまた後程。いえいえそんなこと御座いません。では。」
廣瀬は私立探偵である。主な仕事は浮気調査のようだ。
「主人様のところへ行かれるのでしょう?早くついてきてください。」
屋敷の一番奥の部屋、主人さまの書斎に着くと扉の繊細な装飾に見とれる訳でもなく、勢いよく扉は開かれた。
「やぁ、三上君。僕の紹介した飽浦君の使い心地は如何かな?いい加減あの趣味の悪い燕尾服の執事制服止めたら?…」
人の話を盗み聞きするのは気が乗らないので、お嬢様に紅茶を届けに行くとしよう。
紅茶が完璧な状態でお嬢様のもとに届かなかった事について謝罪するとお嬢様は
「来客なのでしょう?お父様のお友達ならきっと変わった方なのでしょうね。」
と少し笑って許してくださった。
流石俺のお嬢様です。マジ女神。
「ところで飽浦さん、お客様の方へ戻らなくてよろしいの?」
「そうですね。ではお嬢様失礼致します。」
「ええ、頑張ってくださいね。」
そういってヒナタお嬢様は肘から下が無い方の手を振ってくださった。
数十分後再び扉は開かれる。
だが扉の前に立っていたのは無神経男 廣瀬ではなかった。
「今日からしばらくの間休暇だよ、飽浦君。君がそんな病を患っているだなんて気が付かなかったよ。申し訳ないね。」
「な、何を仰っているのですか?主人様。私は見ての通り健康体で…。」
「はいはい飽浦君僕の車に乗ってねー。病院いくよー。」
俺は廣瀬に引っ張られ奴の車に乗せられた。
待って俺まだ燕尾服のままなんですけど。
車の扉を閉める。
バタンと軽い音がすると車内に静寂が訪れた。
ずっとこうして黙っていても埒が明かない。
「で、シグレさん今日はどんなご用事で?緊急なんです?」
「いやぁ、察しがよくて助かるよ。元天才ハッカー非君。」
右側に座っているシグレはエンジンをかけながら俺の黒歴史を掘り出してくる。
「その名前はずっと前に捨てました~。」
「あーはいはい。ごめんごめん。」
明らかに笑いをこらえているのをわかる。
大方中二臭いなどと思っているのだろう。高校生の時に考えた名前なんだから仕方ないだろう。
なんかの拍子にこの外車を事故らせて欲しい。
「そうだ!そう!依頼の話をするんだ。俺への依頼の話ね。」
「俺に何か関係あるんすか?」
「まぁ~聞いてりゃわかるよ。
じゃあまずは依頼主、國井捺。
依頼は消えた絵画ハンプティダンプティを探して欲しいんだとよ。」
「彼奴っすか。また厄介な奴ですね…。
ハンプティダンプティって4年前くらいにオークション競り落としたって自慢してきたやつ、あれっすよね。」
急に出てきた國井捺という人物に戸惑っている方も少なからずいるだろう。
奴は脚本家だ。最近は有名なサスペンスの脚本も務めたとか。
なかなかに成功している奴だが、脚本家という表の顔も持っているが裏の顔も持ち合わせている。
それが俺たちのよく知っている顔なのだが。