名も無き神の告解
かつて私が住んでいた場所に比べて、ここは酷く冷たく、空虚だ。
幾度目になるか、記憶を辿る。子供達が無邪気に遊ぶ姿、祭の屋台から漂う美味しそうな匂い、床を撫でるほうきからたつ綿ぼこり、がらがらとなる鈴の音……暖かな思い出が去来する。
居場所であったそこは、今では触れれば壊れてしまいそうな歪な球形として、視界に浮かんでいる。
自嘲するように笑う。
居場所が無いと逃げて来たのに、それでも忘れたくなくて、忘れられたくなくて、縋り付くように、しがみつくように、ずっと、離れられずにいるのだ。
……!
私の大っ嫌いな青を存分に湛えるその球体から、一筋の銀光が飛び出してきたのはその時だった。
私はそれが何か、大体の所であるが察していた。今までも、度々こうした事はあったのだ。これまでやってきたそれらのうちのいくつかは、つかず離れず、現在に至っても青き球体の周りを漂っていた。
実の所、暇を持て余していた私は、すぐにその銀色の物体に近づいて行った。
どうやら中には3人ほどの人がいるらしい。ここの所、こうして人がやってくる事が度々あった。
物好きな、と思いながらも、やはりどうしても人というものが好きである私は、思い出に残る人々の面影など全く見えないような彼らにちょっとついて行ってみよう、などと思ってしまったのだ。
彼らを乗せた物体は、私の近くで漂っていた大きな物体の一つにしがみついた。ほんの少し前にもそれにしがみついた物体と人とがあったが、何をするでもなく離れてしまっていた。
だから、今回の彼らがその物体に乗り移った時、ちょっとわくわくしたのだ。一体何をするのだろう?
彼らは私には理解できないような事ばかりをしていた。それは、虚空に向かって言葉を発する事だったり、長く大きな筒を覗き込んだりする事であったが、それらを行なっている彼らは、至極真剣な表情をしていた。だからきっと凄く大事な事なんだろう、と、何も出来ない私は大真面目に頷いて彼らのその仕事を見守っていた。
そんな私であるが一つだけ、彼らの為すことが分かった。日に一度であろうか、彼らが信奉する神に、祈りを捧げているのは、分かった。
それから少しして、彼らは元々乗っていた物体に移った。きっとあの青い場所へと戻っていくのだろう。
予想通り、物体はあっけなく外れて、母星への帰還を始めた。
つかず離れず物体を追いかけながら、さて、いつ離れようかと考える。ずるずると引き摺られるようについて来てはいたが、いい加減離れないと、またあの青に呑まれてしまうだろう。
そう思って離れようとした矢先のこと。
何やら慌てたような気配がした。
どうした事かと覗くと、そこにあるのは、唯の3つの死体であった。
1つは必死な顔で。
1つは恐怖を浮かべた顔で。
1つは諦めたような顔で。
かつての記憶と重なり合う。
逃げ惑う人々の姿、住居を焼く焦げ付いた匂い、襲い来る数多の破片、後ろから迫る水の轟音。
何もかもを飲み込む青から逃げてきた愛しき人々は、最期の綱として神に願ったのだ。
そして、彼らもまた、そうであったのだろう。
生きたい、と、助けてくれ、と。
そして、最期の最後に悟るのだ。
我らを救う神などいないのだと。
ごめんなさい。と、慟哭する声は何も震わせる事は出来ず、滂沱の涙は決して何を濡らすことも出来なかった。