表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰この

隻眼の傭兵

作者:


 

 大切な存在を殺され、奪われた。

 

 守らなきゃいけない存在に手を必死に伸ばしても、あの白い男は笑うだけ。金色の女は嘆くだけ。


  「君たちは死ぬ、けれど別の生を得て、別の者として生きることが出来る」

 

 別の生なんか要らねぇから、返せよ。俺の──俺の妻と子供を返せよ。

 

 白い男の手の中で燃えていく存在に手を伸ばし───俺の命はそこで終わった。

 

 あっけなく、助けてくれる誰かを求めながらも、憎しみの中に俺の意識は溶け消えた。

 

 

 ─────────

 ─────

 

 

 「グラディウス! またお前はサボったのか!」

 

 “親父”が俺の頭に拳を落として剣を指さす。それから俺は目を逸らして不貞腐れる。

 

 「剣なんか別にやりたかねーよ、めんどくせぇ」

 「なんだその口の利き方は!」

 「うっせーよクソ親父!ほっときやがれ!」

 「親父だけでも許せんのに、クソ迄つけるか、このクソ息子!」

 「人の事言えねぇじゃねーか!怒鳴るなうるせぇ!」 

 親父が伸ばしてきた手を振り払い睨みつける。──十七年前、グラディウスとして生まれた。白い男の言う通り、前世の俺とは全く別の存在として。

 

 前世のことは朧気にしか思い出せない。妻子が居て、一緒に出かけた日に電車が脱線する事故に合い、全てを失った。

 

 そして、白い男が俺の大切なもの全部持っていった。全部覚えていたならまだよかった。昔の記憶にすがろうとしてもあまりに薄れた記憶では心許なく──グラディウス・エスクドとして結局生きるしかなかった。

 

 

 今世の親父は騎士らしく、俺に剣を持つように毎日毎日説教たれては、自分の部下を使って俺に剣を教えようとしていて。

 

 俺はそれをひたすら拒絶していた。

 

 騎士?んなもん興味ねぇ、なんで好き好んで、そんなめんどくせぇもんしなきゃなんねぇんだよ。

 

 

 何回目かわからないがバックれるために森に駆け込んだ。何故だか親父はこの森に入ってくることは無かった。

 

 誰もいないこの森で昼寝するのが最近の流れだった。

 

 「あーくそだりぃ」

 

 桃に似たノフレの実を木からもぎとって皮をむいて食べる。甘く蕩けるその実に舌づつみを打つ。いつ食べても美味い。

 

 「騎士団にこのままだとお放り込まれそうだよな…」

 

 騎士なんざ死んでもごめんだ。俺は今十七になったが、七つの頃はまだやってもいいかと思っていたし、親父のことをそんなに嫌ってもなかった。

 

 ────今世の母が死ぬ迄は。

 

 

 死に際は悲惨だったね、親父を恨んだ貴族に攫われ薬物を打たれ、親父はそんな母さんを助けることもしなかった。

 

 近衛騎士はそういうものだと諦めろと人は言うが、そんなのくそ喰らえよ。

 

 母さんは親父のことを愛していて、薬を打たれながらも正気は保っていた。そんな母さんを狂わせたのは親父だ。親父が助けに来ない──見捨てたのだという事実が母さんを狂わせた。

 

 一緒に攫われた俺を逃がして母さんは最後に笑っていた。

 

 「なにが、全てを救える人になれ…だよ」

 

 俺だけ無事に助けられ母さんのいない屋敷でのうのうと生きて。俺と母さんを見捨てた親父は、父親面して騎士になれとのたまう。

 

 俺は母を見捨てた親父を許せないしそうなるように選択させる騎士が大嫌いだ。

 

 だが

 

 戦うことが嫌いじゃない俺は確かに親父の子なんだろう。

 森に隠してある剣を手にする自分に呆れはするが手放すことは無かった。

 

 「前回は一週間篭っていけたし、次は一ヶ月を目標にするか…」

 

 前回親父と揉めた時は一週間帰らずこの森で自給自足をした。一ヵ月生き残れれば俺はあの家を出るつもりだ。

 アニメでよく見る冒険者ってのがあるらしいから俺もギルド登録をして冒険者家業に勤しもうかと思っている。

 

 

 そんなこんなで、いつものキャンプ地、もとい寝床に行って固まるはめになる。

 

 ───憎しみが浮かぶ。過去が、前世の記憶が、最後に奪われた存在達が頭に浮かんで。あのひしゃげた電車の中の白い男に被る……

 

 真っ白な髪に肌の女が立っていた。

 

 「だれ、だ…てめぇ」

 

 こいつは違うとわかっている。あいつは真っ白な男でこいつは真っ白な女だ。被るのは色だけで顔立ちも全く違う。

 

 冷たい印象を覚えるその整った顔を俺に向けて女は首をかしげた。

 

 「なぜ、この森に君のような子供がいる?」

 「子供…? はは、笑えるな俺はもう十七だ、次の誕生日には成人するんだぜ?」

 

  てか。

 

 「つーかこの森にいたらダメなんかよ?」

 「いや、別にいても構わないのだが──まぁいいか、私はフィニティトこれでも傭兵をやっている」

 「傭兵ぃ?」

 

 細すぎるフィニティトって女の背中には確かに細身の槍が背負われていて服装も動きやすさ重視だろうが魔物かなんかの頑丈な革を使ってるのは分かった。

 

 「ふーん、でその傭兵がなんの用?」

 「用と言うほどではない、ただ興味があってきた、それだけだな」

 

 女はそう言って見覚えがある袋を出して見せた。よく見れば女の白い手は土に汚れていて、手に持つその袋も汚れていた。

 

 思わず女に剣をむける。

 「それは俺のだ」

 「だろうな、ここに埋めてあったからな」

 

 “それ”は俺が丁寧に集めた魔物達の核…魔石を詰めた…俺の旅の金を手に入れる手段だった。

 

 「返せよ」

 「わかった」

 

 渋ることも無くフィニティトはその袋を投げてよこす、それに驚きながらも慌てて受け取り、一応中を確認する。

 

 「数はあるな…」

 「別に金には困ってないからそんな真似しないさ」

 

 ならなんで盗ったし。

 

 イラッとしつつそれを懐にしまうと辺りを青い魔力が包みはじめた。それは氷なのか風なのか。青白い魔力で、俺を攻撃する様子はない。

 

 「魔力が無いのか」

 「悪いかよ」

 

 警戒したまま剣に再び手をかければフィニティトは楽しそうに目を細め槍を手にする。

 

 「どうやら師もいないようだ、どれ闘いのやり方ってやつを教えてやろう」

 「はぁ!!?」

 

 慌てて剣を抜いて構え突出された槍を払う。青白い魔力は未だ漂ったままで余計訳が分からねぇ。そのままに槍が次々にこちらに襲いくる。

 

 「どうした、その剣は耐えるだけか? 剣先がぶれてるぞ? ほら、どんどん行くぞ?」

 「うっせぇなぁ!ちったぁ黙れ!」

 

 思わず叫んだ瞬間に槍で足を引っ掛けられ直ぐに避けたがバランスが少し崩れる。

 

 生まれた隙を逃すはずなくフィニティトは俺の左胸に刺さる寸前で槍先を止めた。

 

 「今一回死んだな?」

 「……ほんとうるせぇなてめぇ」

 

 砂埃に思わずむせせながら変なやつに絡まれたもんだと遠い目をするのも仕方ないと思うわ、うん。

 

 「次は防げよ」

 楽しげに表情の薄い綺麗すぎる顔が俺を見下ろし、細い手を俺に差し出してくる。それを掴み立ち上がり、ほんと、なんでこうなったんだ?

 

 「てか、俺お前のこと師匠にするなんて言ってねぇんだけど」

 「…?」

 「心底不思議そうな顔すんのやめてくんねぇ? 言ってねぇじゃん、お前の耳どうなってんの」

 

 自分に都合のいい聞こえ方する耳なの?

 

 「まぁいいだろ、そんなこと」

 「俺は全く良くねぇよ、見知らぬやつに勝手に弟子にされて殺されかけたんだぞ」

 「それはお前が弱いからだろ? 責任転嫁は良くないぞ」

 

 

 お前が言うな!

 

 

 そう叫んだ言葉は森に少しだけ響いた、こうして押しかけ女房ならぬ押しかけ師匠が俺に出来たわけだ。

 

 「そういえばお前の名は?」

 「…言わん」

 「イワン? 珍しい名前だな」

 「あーーーっくそ、グラディウスだよ! グラディウス!!」

 「グラディウス…グラウスだな」

 

 ─────────

 ────

 

 あれから一年がたった。半年持てば冒険者になろうなんてぬかしてた俺を甘いと言い切ったフィニティトは俺を森から出すことは無く、あっという間に一年がたったのだ。

 

 「今何日だ…」

 「さぁ?」

 「てめぇフィニっそれは俺が見つけたノフレの実だぞ!」

 

 槍を背負いもぐもぐとノフレの実を食べるフィニの頭を小突く。元々フィニよりも高かったが、さらにこの一年で身長も伸びたみたいでフィニはこんなに小さかっただろうかと思う。

 

 まぁ、俺の体に筋肉がついたのもあるかもしれねぇが、やけに細く見える。

 

 ノフレの実は既にフィニの腹に入ってしまったからもう諦めるしかないが。フゴフゴと巨大なイノシシの魔物が俺たちのほうにむかってくるんで剣に手をかける。

 リラックスしたまま魔物に歩み寄りスラリと剣を抜く。

 

 

 「あぁ、ほんとーに」

 

  一閃。縦に剣をふる。力の入れ方なんざ、この一年で染み付いた。力の抜き方なんざ、死ぬ気で覚えた。

 

 「今日は何日なんだ」

 

 魔物が半分に割れて、血が地面を濡らす。フィニが指についた汁を舐めとってからナイフを投げてよこす。

 

 それを受け取り捌く。もう慣れっこだ。

 

 「そろそろか」

 

 フィニが捌き終えた頃を見計らい声をかけてくる。

 

 「何がだよ?」

 

 「グラウス、家に帰れ」

 

 「は?」


 今更なんで。

 

 火の準備をしていた手を止めてフィニを見ればフィニは笑っていた困ったように。

 

 「お前は私を恨むかもしれないな」

 「とっくに恨んでるわ、拒否権なく扱きやがって」

 「そうじゃない、それはグラウスのためだった───グラディウス・エスクド」

 

 フィニは槍を俺の左肩に軽く傾けてそっと触れさせてから謝った。

 

 「私はお前に恨まれても仕方ないと思っているんだ、すまない」

 

 そうして急すぎる出会いに別れを彼女は俺に押し付けて。

 

 

 ────────

 

 見慣れた森を歩き、家……と言っていいのか、屋敷に帰る。昔聞いた歌を口ずさみながら、そういや剣も持ってきてしまったとひとりごちるが、ついでに冒険者になるんだと宣言してやるのもいいかもしれねぇな。

 

 そうしてたどり着いた屋敷。

 

 

 

 いや

 

 

 

 屋敷があった土地に着いた。

 

 

 「なん、だこれ」

 

 そこに広がるのは何も無い土地だった。見慣れた屋敷もなく、無駄に高い塀もなく、庭師が手入れをしていた綺麗な庭もない。

 

 「親父……? どこだよっみんな、どこに行った!? おい!」

 

 力の限り叫んでも誰も居ない。返事もない。当たり前だ何も無いのだから。

 

 「恨んでいい、グラウス 」

 

 唖然と立ち尽くす俺にフィニは囁くように口を開いた。後ろについてきていたなんて知らなかった。

 

 気づきもしないで、俺は、あぜんと。目の前の光景にただ。そうして。

 

 「私は傭兵だといったろう」

 「……ああ」

 「一年前、依頼が来た珍しくもない貴族からのものだ、私はSランクでな、貴族の仕事をよく回される…貴族は貴族でも珍しい近衛騎士からの依頼だった」

 

 あまり喋らない方のフィニが饒舌に喋る。それを聞きながら俺は剣の柄を握りしめるしかなかった。

 

 疑問には思っていた。なぜ、俺の前にこいつは現れたんだって。

 

 何故あの森にいたんだって。

 

 「依頼はその騎士の息子を鍛えることだった、私は屋敷に訪れ、息子が家出したことを知らされた、息子がどこで何をしているかは知らないと聞かされ、私は途方に暮れた」

 

 それでもとフィニは続け、槍に手をやった。

 

 「森に、子供を見たと言った奴がいたのを思い出したんだ…屋敷が森から近かったから一応見に行った、そしたらグラウス、お前がいた」

 

 

 目を伏せる。俺には四人の親がいる。

 

 「お前のような子供がいたことに驚き、そして騎士の言っていた子はお前だと容姿からわかった、そして珍しい魔力無しだとも」

 

 フィニの話がどこか他人事のように聞こえてきて。それをどこか遠い事のように飲み込む。

 

 「私はお前を育てたくなった、騎士にそのことを告げに行ったそしたら彼は言ったのだ」

 

 「事情が変わった、息子をそのまま預かってくれと。」


 地球の…前世の両親。この世界の、今世の両親。

 

 「彼は、なにか知らなくていいこと知ってしまったらしくそれが王族の誰かに露見したと」

 


 「彼は直ぐにこの屋敷は焼き放たれるといった、見せしめ代わりに」

 

 口の中に血の味が広がりそれが自分がいつの間にか唇を噛んでたのだと教えてくる。

 

 「夜中さ、夜中にこの屋敷のものは全て殺されこの屋敷も焼き崩された」

 

 坊ちゃんと頭を撫でてくれる屋敷の者達。騎士になれとせっつく親父。

 

 「はは」

 

 笑っちまうほどベタな展開だ。なんだこれは、誰だよこんなシナリオ書いたやつ。

 

 「私はそれを知っていてお前に告げなかった」

 

 フィニは目を伏せて困ったように笑った。始めてみる笑みはこんな笑みで美人だってのに少しもいい気分にならねぇ。

 

 「恨んでいいんだ、グラウス」

 

 師匠になると勝手に宣言したフィニは今度は恨まれる役をかって出ている。

 

 「ばっかじゃねーの」

 

 恨むかよ。

 

 フィニはこの一年、俺をひたすら鍛えた。Sランクだって言うこいつにもう報酬を払うやつなんていねぇのに。

 

 「クソ親父」

 

 どこまでもクソだなてめぇ。

 

 「グラウス?」

 「元々屋敷は出るつもりだったんだ今更だろ」

 「だが」

 「うっせーな、フィニ俺がいいって言ったんならいいんだよ」

 「いいなんてきいてないが?」

 「その空気の読めなさは自前かい」

 

 前世の両親に何も出来なかった。今世の両親にもそうだ。俺は何も出来ていねぇ。親孝行の欠片もだ。

 

 親父がなれと言った騎士にはならなかった。全てを救える人になれという母さんの願いも叶えなかった。

 

 「俺はさ、フィニ…旅に出ようと思うんだ」

 「グラウス」

 「フィニもさ、どうせなら一緒に行こうぜ、師匠なんてのは死んでも呼ばねーけど」

 「グラウスっ」

 

 そして前世には家族を持った。

 

 妻と息子。

 苦労して結婚して苦労して家を建てて苦労して生まれた子はとても可愛くて──そんな自分の子供の名前すら思い出せやしねぇけど。

 

 

 「フィニ、お前もつくづく運がねぇよな」

 「…なにがだ?」


 何がなんて決まってんじゃん。前世でも今世でも俺みてぇな奴に見つかっちまうんだから。

 

 『──! 悪かったのは私なんだから怒りなさいよ!』 

 「馬鹿だよなぁ」

 

 押し掛けてきた師匠はお節介の世話焼きで、しかも──俺の勘でしかねぇが、前世の妻だなんて。

 

 「気づかねぇお前が悪い」

 「はぁ?」

 「今更お前を恨むなんてできっかよなんだと思ってんだ俺を」

 

 ふうっとため息をついて呆れた目をフィニに向ければさすがに頭にきたのか顔を顰めている。

 

 「俺傭兵になるわ」

 「話の内容がごちゃごちゃなんだが!?」

 「そんでお前より強くなってやるし」

 「無理だろ」

 「即答やめてくんね、心にくるから」

 

 こんなやり取りすら懐かしいから朧気な前世でもこんな会話をしていたのかもしれねぇな。

 

 「ま、諦めて絆されてくれや」

 

 そう笑う俺に始終フィニは分からないようだったが、俺はただ目の前の光景を目に焼き付けた。

 

 じゃあな馬鹿親父。

 

 母さんにちゃんと謝れよ。

 

 

 ───────────

 ───────

 

 

 隻眼の傭兵グラディウス。

 紺の髪に赤い目の彼は右目に眼帯をし、いつも大きな槍を背負っている赤いマントをきた男。

 その槍から離れる刃のような魔力は青く美しい。

 

 有名な槍使い。

 

 彼の腕は確かだが、Aランクから上に上がることを突然にやめ、酒に溺れるようになる。

 

 そんな彼に何があったのか。そしてこの先どうして行くのか。

 

 

 それはまた別の機会に語るとしよう────。

 

 

  

 

 

 

  

グラディウスは、私の別の作品、誰か止めろこの勇者!に登場します

何故彼が隻眼になったのか。フィニとはどうなったのか。彼はなぜAランクで上に上がるのをやめてしまったのか。

誰か止めろこの勇者もよろしくお願いします(*・ω・)*_ _)ペコリ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ