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島田家の人々  作者: 泉 五月
2 父と娘のエトセトラ
11/15

だから、ありがとう

 

「話があるんだけど」


 と、杏奈は言った。

 一人暮らしをすると言い出した時もそうだったが、どうやら彼女は自然に話題を変えたり匂わせたりすることが苦手らしい。あえて果敢に真正面から切り出してくる。


「その前に、何で蒼維あおいくんがいんの?」

「あ、邪魔なら帰ります」


 奈留の疑問に、奈津子が答える。


「だって杏奈、昨日蒼維くんとこに泊まったんでしょ?」

「え? そうなの?」

「いや……」


 昨日一旦荷物を置きに帰った時は、「友達のところに行くと言ってるので、一応送ってきます」と言っただけだ。さすが母親。鋭い。ただ、修児のほうは怖くて見れない。


「奈留あんた、上行ってなさい」

「えー」

「携帯なら自分の部屋でもつつけるでしょ」

「へーい」


 奈津子の追い立てに、奈留がグラスとお菓子の袋を持って部屋に上がっていった。

 リビングには昨日と同じ面子、修児、奈津子、杏奈、そして蒼維がいる。


「はいどうぞ」


 奈津子が促す。


「お父さんにさ、言いたいことあるんだけど」

「何だ」


 ダイニングテーブルに座っていた修児が、努めて平静に応じた。

 杏奈はしばらく迷ってから、自分の椅子に座る。杏奈の定位置は修児と対角線上で、一番離れている。奈津子はキッチンの中で見守る立場だ。蒼維も外に出ておこうと思ったが、目が合った奈津子がわずかに首を横に振った。迷ったが結局、なるべく邪魔にならないよう、ドアのそばに立った。


「一人暮らししたいって言ってた理由だけど……あれ、お父さんだから」

「は……?」


 まったく予想していなかったのか、修児はぽかんと口を開けた。この先彼が受けるショックを想像して、ちょっと可哀想になる。が、仕方ない。

 杏奈は体こそ父親のほうを向いているが、まっすぐ顔は見れていないような気がした。蒼維の立っている位置からは、見えないからはっきりはわからなかったけど。


「家族だからって思って我慢してたけど、やっぱ限界はあるし」


 前置きからして苦しそうだ。

 奈留や修成が躊躇いなく言える言葉が、彼女にとってはよほど勇気がいることなのだろう。

 修児のほうはすでに少なからずショックを受けているのか、「は」の口のまま動いていない。


「……酔っ払って絡んでくるのが、すごい嫌。お父さんこないだのことだって全然覚えてないでしょ?」

「こないだ……?」

「そうだよ」


 杏奈と初めて会った合コンを思い出す。絡んできた父親を、驚くほどの速さで飲ませて酔い潰した。あれは笑顔だったにも関わらず、落ち着いているのを通り越して、若干の冷酷ささえ感じた。


「いい年してぐでんぐでんになるまで酔っ払って、人に迷惑かけてることも忘れてるじゃん。それがすごい嫌」

「…………」

「それに、脱いだ服片付けないのも嫌だし、遊びに行く時いちいち相手聞いてくるのもうざいし、聞いてくる割には何度言っても覚える気がなくていちいち説明しなきゃいけないのもめんどいし」


 うわあ、と思った。

 言えばいいとは言ったけど、こんなにとつとつと語るとは思っていなかった。色々あるとは言っていたが、連続攻撃されるとダメージも半端ないだろう。案の定、修児は固まっている。


「あと、勝手に人の部屋入ってくるのもどうかと思うし、家事はお母さんに任せっきりだし、たまにやっても適当だし、後でこっちがやり直してるのも知らないで満足気に笑ってるのが腹が立つ。こないだの……」


 怒涛の攻撃は止まらない。よくもまあそんなに溜め込んでいたなと思うほど、次から次へと口をついて出てくる。

 ひとしきり言い立てて杏奈が黙ると、部屋に沈黙が下りた。

 修児は娘の顔を見たまま何も言わない。奈津子が見かねたのか、キッチンの中で何か堅いものをトントンと叩いた。音に反応した修児が、ようやく口を開く。


「……それが、一人暮らしをしたかった理由か?」

「……うん」

「俺が嫌だったから、家を出たかったのか?」

「嫌じゃないけど……」

「嫌って言っただろう、今」

「…………」


 杏奈が黙る。


「えーっと、解説してもいいですか?」


 蒼維が恐る恐る手を上げると、すかさず杏奈が「別にしなくていい」と止めた。


「でもたぶん、うまく伝わってないような……」


 自分が口を出すことではないとわかってはいたが、もどかしくて。

 確かに嫌なところはある。

 でも、嫌だから出たいんじゃない。その一歩先に、杏奈の本音があるのだ。それがまだ、伝わっていない。

 杏奈の許可はないが、口を開いた。


「大前提として、杏奈ちゃんは修児さんのこと嫌ってないですからね? 確かに嫌なところはあるけど、それでその人の全部が嫌いになるわけじゃないでしょ?」


 反論はない。むしろ修児には蒼維の言葉が耳に入っているのかどうかが疑問だったが、そのまま続ける。


「杏奈ちゃん、修児さんのこと好きですよ。むしろ大好きです」

「じゃあ何で……」

「だからですよ」


 修児の頭上に疑問符が浮かんでいる。


「そういう鈍感なところもちょっと嫌」

「杏奈」


 奈津子が諭すようにキッチンから口を挟んだ。


「あんたの気持ちもわからないでもないけど、お父さんにもわかるように言ってあげな」


 ということは、奈津子はもう娘の気持ちを理解しているようだ。やはり女同士は話が早い。

 杏奈はしばらく俯いていたが、ぼそぼそと喋りだす。


「お父さんのこと、いいお父さんだと思ってるよ……。感謝もしてるし、好きなところもいっぱいあるよ。でも、だめなんだよ」

「何がだめなんだ?」

「…………」

「杏奈?」

「…………嫌いになるから」


 修児が眉を寄せた。

 頑張れ。

 背中から杏奈にエールを送る。


「好きなとこもあるけど、嫌いなとこもあって……その嫌いなとこがどんどん膨らんで、どんどん嫌になる。それが、嫌なの」

「つまり……」


 杏奈が顔を上げて真っ直ぐ修児を見た。


「だから、嫌いになりたくないって言ってんの!」


 怒鳴って、すぐに顔をそらす。

 怒鳴られた修児は、ぽかんとしていた。


「離れて暮らしてたまにしか会わなかったら、好きなお父さんのままでいられるもんねえ。……ってことよ。お父さん、わかった?」

「う……?」

「ちゃんと聞いてた?」

「ああ……」


 妻の質問に対し、何とも歯切れが悪い返事をする。


「よかったね。今時こんなに大好きだって言ってもらえる父親は珍しいんじゃない? でも、そうであり続けるには、お父さんもそれなりに努力が必要ってことだけど」

「…………」

「お父さん?」


 修児はなかなか普段の調子を取り戻せないでいるようだ。


「何いっちょ前に傷付いてんの。どれも杏奈の言うとおりでしょ。それでも、『大嫌いだから出ていく』じゃなくて、『好きでいたいから離れたい』なんだから、いいじゃない」


 奈津子の言葉に、だらしなく開いたままだった修児の口がようやく閉じる。


「杏奈も、これからはお父さんに直して欲しいとこ口に出してちゃんと言いなさい。溜めてから一気にじゃなくて、その都度小出しにね。で、お父さんは、言われたことを直す努力をする。……お父さん?」

「ん? ……ああ」


 その都度引き戻さないと、修児の意識はすぐに沈んでしまうようだ。初めての面と向かっての抗議に、娘の訴えを頭の中で整理するのが大変なのだろう。


「杏奈も。お父さんのこと嫌いになりたいわけじゃないんでしょ?」


 押し黙っている娘に、奈津子がもう一度名前を呼ぶ。


「……違う」

「でしょ?」

「じゃあはい仲直り」


 正確に言えば喧嘩をしていたわけでもないのだが、これで一旦区切ろうということだろう。

 奈津子がいつの間に準備していたのか、盆に載せたコーヒーカップを持ってキッチンから出てくる。ダイニングテーブルに置いて、自分も椅子に座った。

 それぞれの前にカップを置きながら、ただね、と付け加えた。


「お父さんも遊ぶ相手を聞くのは心配だからだし、あんたたちの知らないところでお母さんにお礼だって言ってるよ。まあ何度聞いても忘れるのは、年だからしょうがないのよ。それくらいは大目に見てもいいんじゃない?」


 知ってるよ、と杏奈は呟いた。


「知ってるから、言えなかったんじゃん……」

「やっさしーんだから。そんなに思いつめなくてもいいことでしょうに」


 奈津子が腰を浮かし、杏奈の額を指ではじいた。


「まあ小さい頃は修成と江奈に遊ばれて、大きくなっても下の奈留が奔放だったから、あんたに我慢癖がついちゃったのかもしれないけど」


 ぽん、と頭上に手を乗せる。


「言いたいことは言っていいんだよ。家族なんだから。ね? お父さん」

「うむ……」


 修児の返事に吹き出しそうになったのを、すんでのところで堪えた。

 うむって。どこの大富豪だ。

 ともかく今回の杏奈の訴状は相当こたえたらしいということはわかった。


「蒼維くんもどうぞ」

「あ……どうも」


 奈津子に手招きされて、ダイニングテーブルに近付く。修児は決まりが悪いのかこちらを見ようとはしない。以前も座った誕生日席に腰を下ろした。

 蒼維の前にもカップを出して、奈津子が杏奈に尋ねる。


「で? どうするの、一人暮らしは」

「……とりあえず、今はしない」

「今はね」

「うん」


 よかった。これで、本当に一件落着だ。


「だって、お父さん。よかったね」

「……どうしてもしたいって言うなら、考えないこともないけど……」

「何よ今になって。別に一人暮らしを許さなかったからって、嫌いになるわけじゃないわよ。ねえ?」


 わずかに頷いた杏奈を見て、「そうか」と修児が口をもごもごさせた。


「それなら……家にいればいい」


 なるほど。照れ隠しかとも思ったが、瞬時に天秤にかけた結果の言葉だったらしい。一人暮らしを却下して嫌われるくらいなら、離れるのは嫌だけど好きなままでいて欲しいから許可するという。

 この父親も普段の姿からはあまり想像ができないが、なかなかの臆病者なのかもしれない。それとも、相手が大事な娘だからこそ弱気になるのかもしれない。父親だって、娘に嫌われたくはない。


 コーヒーを飲む間ずっと、ぎこちない空気は残っていた。二人とも口数の少ないほうだから、なかなか自分から話題を出せないのだろう。奈津子を介して、ぽつぽつと話す程度だった。

 同席したことからしてそうだが、あまり長居するのもどうかと思い、出されたコーヒーをできる限り急いで飲む。もしかしたら自分がいないほうが、話しやすくなるかもしれないとも思った。

 数分のうちにカップを空にし、「そろそろ帰ります」と席を立つ。

 見送ろうとする奈津子を止めて、「また来週奈留ちゃんの勉強見にお邪魔します」といささか不自然とも思える早さで島田家を後にする。とはいっても、玄関を離れる敷石を踏みながら、何だかいい気分になっていた。

 杏奈が正直な気持ちを言えてよかった。それが修児に伝わってよかった。


「ちょっと……!」


 後ろから声をかけられて、振り返る。ちょうど道路に出たところで、足を止めた。呼び止めたのは杏奈だった。誰のものかサンダルを引っかけて、こちらにやって来る。

 道路に下りた蒼維に対し、一段高いところで足を止める。


「ありがとう」


 若干の棒読みだった。だが、杏奈から感動的なお礼の言葉がもらえるとは思っていなかったし、むしろお礼すら期待していなかった身としては、少し驚いた。

 でも、それを表面に出さないようにして首を振る。出してしまったら、杏奈が言ったことを後悔してしまうような気がして。


「ううん、俺は別に……」

「言っとかないとあたしが気持ち悪いから」


 早口に杏奈が言う。


「……そっか」

「うん。だから、ありがとう」


 二回目は、声が少し柔らかくなった。

 だからこちらも、自然と答えていた。


「どういたしまして」


 その時逆光だったのが、惜しいなと思った。

 だって、陰がかかっていなかったもう半分の杏奈の表情は、少しはにかんだような、柔らかい笑顔だったから。




    *    *    *




「こんにちはー!」

「え?」


 ドアを開けると同時に詰め寄ってきた姿にたじろいだ。奈留を先頭に、修成、杏奈と島田家の兄妹三人がいる。前の二人はスーパーの買い物袋を提げていて、杏奈にいたってはなぜか裸のホームプレートを抱えていた。


「何事?」

「お邪魔しまーす」


 お構いなしに詰め寄る奈留にドアから体を引かざるを得なくなり、開いた隙間から奈留が入ってきた。どうぞとも言っていないのに靴を脱いで勝手に上がりこみ、あとの二人もそれに続く。最後の杏奈だけは「突然どうも」と小声で一言添えたが、やはり遠慮なく蒼維の前を通り過ぎた。


「いやちょっと、いきなり何なの?」


 三人の背中を追いながら尋ねると、すでに部屋のテーブルにスーパーの袋を置いた奈留が答えた。


「蒼維くんもうお昼食べた?」

「まだだけど」

「じゃあ今から食べよ。お好み焼きパーティーしよ」

「は?」


 奈留の提案に瞬きをした。

 修成も袋を下ろし、杏奈が残ったスペースにホームプレートを置く。

 いや確かに、ついさっき奈留から電話はあったけど。

 今どこにいるのかと今日予定があるのかを聞かれ、聞かれるままに今は家で今日は何もないと答えた。でも、「来る」とは聞いていない。蒼維の答えを聞いた奈留は「わかった」と言っただけだ。結局何の確認だったのかと思っていたら、三十分後にはこれだ。


「いやあ、前にうちでご飯食べた時、賑やかでいいなって言ってたじゃん。だから今日も蒼維くん、大勢でご飯食べたいかなって思って」

「いや、別にそんなことは」


 否定したところで、奈留はすでに袋から食材を出し始めている。


「というか、今日日曜なのに珍しく母さんがパートでいなくてさ。昼飯どうするって話してて、そういや蒼維くんの店まだ行ったことないなってなって」

「ってかこないだお母さんと江奈姉が食べに行ったらしいじゃん? おいしかったって言ってたよー。でも今日蒼維くん入ってないって言うからさー。でも胃袋はもうお好み焼きのつもりでスタンバってたから。じゃあ蒼維くん家で作ってもらおうと思って。来ちゃった」

「来ちゃった、って……」


 この三人の中では一番歯止め役になりそうな杏奈に視線を移すと、「だって、自分で作るのめんどくさいし」と寄越してきた。

 買い出しもしてホットプレートまで持ってこられた今の状況で「嫌です」なんて言えば、ベッドにソースをぶちまけられそうだ。

 追い返すことは早々にあきらめる。どのみち自分だって昼ご飯は食べていないし、この後予定もない。


「でも、お店の味にはならないと思うよ?」

「いーっていーって。おいしけりゃ何でも。材料これでいいかなあ、足りないものある?」


 さっきから奈留が袋からガサガサと取り出して並べている食材を見ながら、むしろいらないものが多いんじゃないかと思った。


「このバナナ何?」

「あ、それは安かったから修兄が勝手に入れただけー。デザートにしようって」

「このエビは?」


 お好み焼きに入れるにしてはかなりでかい。ラベルにはエビフライ用と書いてある。


「あたしがシーフード希望だから。ねえねえイカ天っているの? 普通のイカ買ったからいらないかなーって思って入れなかったんだけど」

「まあ、どっちでも……」

「あ、卵一個割れてる。修兄入れ方が雑なんだよ」

「最初から割れてたんじゃね?」


 修成がしれっと反論する。


「ねえねえ何からする? とりあえず材料切る?」


 もう完全に島田家のペースである。


「そうだね……じゃあとりあえず、キャベツ千切りにして。キッチン狭いから、こっちで生地作ろ」

「じゃああたし生地係ねー」

「あんた、千切りがめんどくさいんでしょ」

「あたりー」


 杏奈の指摘に奈留が臆面もなく答える。


「生地はこれと水混ぜればいいだけだよね?」


 奈留がお好み焼き粉と書いてある袋を見せてくる。


「そう。そんなにいっぱい作んなくていいからね。おろしにんにくとか入れたらうまいけど、入れる?」


 一応女の子なので聞いてみる。

「いいねにんにく」と、聞いてもいない修成が言う横で、奈留が「おいしくなるなら入れる」と答え、杏奈も「いいよ」と頷いた。


「じゃあ俺の見事な包丁捌きを見せてやるかー」


 と、意外にも修成がキッチンに向かい、道具の場所を教えるために蒼維も移動する。結果男二人がキッチンで材料の下処理に取りかかり、女性陣が部屋のテーブルで生地作りとホットプレートなどの準備をすることになった。


「もうちょっとゆっくり混ぜれば。粉飛ぶよ」

「大丈夫だって、わかんないから」

「いや、聞こえてるからね? できれば汚さないでよ?」


 姉妹の会話にキッチンからつっこみをいれる。

 修成の包丁捌きはというと、これが意外にも様になっていた。社会人になりたての頃に一人暮らしをしていた時期もあるらしく、自炊で腕を磨いたらしい。

 すべての下準備を終えた後、焼くのは蒼維一人に一任された。島田家ではこれまで一度も広島風のお好み焼きを作ったことがないらしい。まあ、それが普通なのだろう。

 材料は少し違うが店で作るのとだいたい同じ手順でまず一枚目を焼いていく。ひっくり返す時には江奈と奈津子と同じく、「おー」という声が上がった。焼き上がった一枚目を四等分して、取り皿に分ける。


「やっとできたー」

「結構かかったな」

「エビとかイカとか、トッピングが多すぎるんですよ」

「次はチーズ入れようよ」

「まずはこれ食べてからでしょ」


 三人それぞれがソースをかけたりマヨネーズをかけたり好みの仕上げをし、箸を割ると「いただきます」と手を合わせた。蒼維だけは食べるより先に二枚目を焼き始める。


「うまーい!」

「こりゃうまいな」

「うん、いける」


 一口目の感想に顔が綻ぶ。やはり自分が焼いたものをおいしいと言ってもらえるのは嬉しい。普段はそっけない杏奈も、言葉での賛辞は控えめだが、箸はしっかり動いている。


「蒼維くんも食べなよ。おいしいよ?」

「俺は後でいいから。焼きながらじゃないと、四人も食べるのに追いつかないよ」


 やはりホットプレートだと一度に焼ける量に限界がある。持ち込まれたものはさすが六人家族用でテーブルをほぼ占拠するくらいの大きさだったが、広島風は材料を別々に焼いて重ねていくから、どうしてもスペースを必要としてしまう。

 それでも食べながら焼き、焼きながら食べ、途中から興味を示した奈留にヘラを渡して焼き役を交代する。

 以前島田家で食事をした時もそうだったが、島田家は家族全員よく食べる。十分だと思っていたキャベツが底をつき、キッチンで追加を切っていた時だった。

 部屋からがちゃんと派手な音がした。


「あーこぼれた!」


 すかさず部屋を見ると、お好み焼きをひっくり返す時に肘でも当たったのか、コップの一つが倒れてお茶がこぼれていた。

 修成が皿を避け、杏奈がティッシュの箱に手を伸ばす。


「あーあーあー、派手にかましたな」

「だから気をつけなって言ったじゃん」

「あー垂れてる!」


 ぽつぽつとカーペットに滴を落としているのが見えて、思わず叫ぶ。


「蒼維くん拭くもの!」


 ヘラを置いて奈留が立ち上がる。


「あーもう、クローゼットにタオルあるから勝手に取って!」


 キャベツまみれの手で駆けつけるわけにもいかず、とりあえずの処置を投げる。


「ねえ蒼維くんどこー? 勝手に引き出し開けていいのー?」

「右じゃなくて、左のほうの扉開けたら……」


 と、タオルの場所を説明しようとして、思い出した。


「あ……」


 クローゼットはまずい。


「奈留ちゃん待っ……」


 包丁を置き、手にキャベツの切れ端をつけたまま部屋に戻る。

 すると、クローゼットの左の扉を開けた奈留が、足元を見つめて止まっていた。

 ああ――見られてしまった。


「これ……」


 奈留が腰を屈める。

 その手が取ったのは、ピンクの包装紙に包まれたプレゼント。


「何でまだあるの? あげたんじゃなかったの?」


 こちらを見た奈留の両手が持っているもの。

 それは蒼維と奈留が出会った日、彼女と一緒に選んで買った、母の日のための山吹色のストールだった。



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