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島田家の人々  作者: 泉 五月
1 棘つきの鞭と薄荷のアメ
1/15

どっちがいいと思う?

 

 プレゼントを選ぶのは苦手だ。

 贈る相手が同性ならまだましだが、それが異性となるともうどうすればいいのかわからない。

 プレゼントをあげるくらいの男友達なら、大抵相手の好き嫌いも知っているし、わからなくてもとりあえずうまい棒百本とか、その日盛り上がれるパーティーグッズでもあげとけば笑ってくれる。

 でも、女の人はだめだ。何をあげたら喜ぶのかがさっぱりわからない。下手をすると機嫌を損ねてしまう可能性だってある。

 最近太ってきたなあ、とこぼしていた友達に、半ばギャグでその時流行っていたダイエットグッズをあげたら、


「これ、あたしにもっと痩せろってこと?」


 と軽く睨まれたり。

 初めての彼女にネックレスを贈ったら一度もつけてもらえず、それとなく聞いてみたら、


「何か使うのもったいなくて」


 と嘘か本当かわからない答えをもらったり。

 ちなみにどちらも実体験である。


 ゴールデンウィーク最終日。

 最近オープンしたショッピングビルのワンフロアを占領する雑貨店は多くの客で賑わっていた。

 売り場のいたるところには、造花のカーネーションと「Happy Mother’s Day」のアイキャッチが散りばめられ、ピンクと赤が多めの店内は若干居心地が悪い。

 入浴剤やアロマのセットはありきたりだし、観葉植物は簡単とはいえ世話をしなきゃいけないし、身につけるものはこれまでの経験からしてかなり危険だ。これといった趣味もないし、万年筆とかも使いそうにないし、キッチン用品はそれこそ自分の領分じゃないからわからない。

 同じ列に仲の良さそうな母娘連れがやってきて、蒼維あおいはそれまで持っていたものを棚に戻した。鮮やかな色に惹かれて手に取ったものの、自分には用途がわからないシリコン製の「何か」だった。


 キッチングッズコーナーを離れ、まるで途方にくれた迷子のようにあてもなく歩く。エスカレーターのそばの特設コーナーに、UVカットグッズがこれでもかと並べられていた。まだ五月だというのに、もう日焼けの心配らしい。女子は本当に大変だ。最近は男でもこういうことに敏感な人もいるらしいが、蒼維はわりとどうでもいいタイプだった。

 日焼け止めに日傘、アームカバーにサングラス。母はこういうことに、気を遣う人だっただろうか。

 わかっているのは好きな色と―……いや、好きな色くらいだ。


 ふと、足を止めた。

 特設コーナーの少し先の商品棚の前で、両手に商品を持って見比べている女の子がいる。高校生くらいだろうか。最近の女子は化粧次第でいくらでも化けるから定かではないが、一見すると自分より二つ三つ下に見えた。だぼっとした白いシャツに、デニムのショートパンツ。黒いリュックを背負っていた。ハイカットのスニーカーを履いた足が眩しい。可愛い子だった。けど、普通それだけならわざわざ足を止めたりしない。むしろそういう場面では、いかに自然に通り過ぎるかのほうが大事なのだ。

 ならばなぜ足を止めたのかというと、彼女の顔が、すごく真剣だったからである。むしろ真剣を通り過ぎて、苦悩ともとれるような表情だった。

 思わず頬が緩む。

 デザインで悩んでいるのだろうか、それとも値段か。見つめられた商品が汗をかきそうなくらいじっと見つめている。

 すると、気配に気付いたのか、女の子がふと顔を上げた。ばっちりと目が合ってしまう。


(あ、やば……)


 何でもないふりをしてその場を離れようと思ったが、Uターンするのは不自然だし、といって女の子のほうへ向かって直進するのはかなりの勇気がいる。商品を見るふりをしようかとも思ったが、周りは全部女ものだ。プレゼントを選びに来たのだから女ものの売り場にいてもいいのだが、彼女にしてみれば若干の不審者だろう。


「……何?」


 次の行動を迷っていると、彼女が口を開いた。


「いや……」

「今、笑った?」

「いや……」

「笑ったよね? あたし見て。確実に」


 確信している口調だ。彼女は両手に商品を持ったまま、首だけこちらに向けている。正面から見た顔の造作も、横顔の印象と変わらず可愛かった。その分、不快感を出されると尻込みしてしまう。


「いや、まあ……すいません。でも怪しい者じゃないから」


 そこは誤解されたら困る。昨今の世の中は物騒なのだ。どこにでも不審者は現れるし、また誰でも簡単に不審者に仕立て上げられる。

 早々に立ち去ろうと半身を返すと、「待って」と呼び止められた。


「え?」

「ちょっとさ、これ見て」


 彼女は顔だけでなく体もこちらに向けると、持っていた商品をこちらにずいと突き出してきた。


「どっちがいい?」

「は?」

「どっちがいいと思う?」

「え……」

「直感で」


 彼女の顔は真剣だった。持っているのはアームカバーだ。

 ただ、直感でと言われても、蒼維あおいにはどちらも同じ商品にしか見えなかった。


「えーっと……」


 これは自分の何かを試されているのか、それとも何の裏もない純粋な問いなのか。どう答えるか悩んでいると、彼女はよく見えていないと思ったのか、三歩ほどこちらに近付いてきて止まった。


「こっちはUVカット九十八パーセント、でもその分生地が厚くて暑そう。でもここのワンポイントは超可愛いの。モデルの花音かのんが監修してんのね。こっちはUVカット九十五パーセントで、でも着けた時ひんやりする生地使ってるみたい。スポーツメーカーのポートックスと共同開発。ちなみに値段はこっちが若干高め」

 彼女は俺から見て左の商品をちょっと傾けた。ちなみに俺から見て右が九十五パーセントで、左が九十八パーセントだ。


「……こっち?」


 俺は右を指差した。


「何で?」

「だって、九十八パーセントも九十五パーセントもそんな大差ない気がするし、暑いのは嫌だし、モデルは知らないけどポートックスは知ってるし、何かビッグネームで信頼できるし、何なら安いほうがいいし……」

「そうか……やっぱ男はそうくるか……」


 彼女はこちらに向けていた商品を自分のほうへ向けると、再び交互に目をやった。伏せた睫毛が長い。

 この様子だと、俺の何かを試したわけじゃなく、ただ純粋に意見を聞きたかったと見ていいようだ。彼女の中で、俺は不審者認定されずにすんだらしい。少しほっとすると、こちらから声をかける余裕が生まれた。


「何を悩んでるわけ?」

「だって、九十八パーだよ?」


 何言ってんの、とでも言うように返された。


「どうせなら、少しでも多く跳ね返してくれたほうがいいじゃん」

「三パーセントって、そんなに違うの?」

「違うでしょ」

「どれくらい?」

「どれくらいって、そんなのわかんないけど、大事でしょ」

「そうなの?」

「だって焼けたくないじゃん。だからみんな、一パーセントでも高いものを買おうとするんでしょ」


 まあ世の中の女性の多くはそうなのだろう。そこまで言うのなら、答えはもう決まっていそうなものなのに。


「じゃあそっちにすればいいじゃん」


 パッケージにモデルの顔が印刷された九十八パーセントを指差す。すると、彼女はなぜか渋い顔をした。


「あたしだったら間違いなくこっちなんだけどねえ……」

「自分のじゃないの?」

「お母さんの」


 なるほど。彼女も母の日のプレゼントを買いに来たらしい。


「花音っつってもお母さん知ってるかどうか微妙だし、それこそ三パーセントってどんだけ違うの? とか言いそうだしなぁ」

「普段あまり気にしない人なの?」

「うん。だから警告してあげようと思って。油断してるとシミだらけになるよって」


 彼女はしばらく商品を睨み続け、しまいには下唇を噛みだした。


「何かおかしい?」

「え?」

「また笑ってんだけど」


 気付かずにまた頬が緩んでいたらしい。


「いや、何かすごい真剣に選んでるなぁと思って……」

「だってプレゼントだもん」

「うん」

「どうせなら喜んでくれるほうがいいじゃん」

「うん、そうだね。だから、おかしいんじゃなくて、何か……微笑ましいのかな? うらやましいっていうか」

「ふうん……」


 彼女がちらりとこちらを見る。


「そっちは何しに来たの」

「え?」

「このへん女物しかないけど。自分だってプレゼント選びに来たんじゃないの?」

「そうだけど……」


 指先で頬を掻いた。


「来たのはいいけど、何にしたらいいのか全然わかんなくて」


 彼女はかすかに首を傾げた。耳にかけていた髪がさらりと落ちる。


「母の日? それとも彼女?」

「一応、母親」

「何にするか決めてないの? まったく?」

「うん……特にこれが好きってのも思いつかないし……」


 ふうん、と聞いときながらどうでもよさそうな相槌を寄越すと、彼女はまた商品に目を戻した。まあ、今会った他人のプレゼントより、自分のプレゼントのほうが大事なのは当然だ。


「……よし」


 彼女は大きな決断をするように呟くと、両手の商品を目線の高さに上げた。


「決まった?」

「うん。保留」

「え?」


 てっきりどちらにするのか決めたのかと思っていたから、思わず聞き返した。


「保留?」

「そう。一旦保留。で、その間、そっちのプレゼント選び手伝ってあげる」

「え、いや、でも……」

「こういうのは一旦時間おいて頭冷やしたら、また来た時に意外とあっさり決められるもんなんだって」

「そういうもん?」

「そういうもん」


 言うや否や、彼女は持っていた二つの商品を元の場所に戻してしまった。そしてまたこちらに戻ってくる。 


「で? 何から見る?」

「いや、いいよ。そんな」


 突然の申し出に焦った。

 友達や兄妹ならともかく、さっき会ったばかりの、しかも年下の女の子と一緒にプレゼントを選ぶなんて自分には難易度が高すぎる。


「でもさあ、まあ客観的に見て、あんまりセンスよさそうじゃないよね?」

「会ったばかりの人間に、結構ズバっと言うね」

「大丈夫、会ったばかりじゃない人でもズバっと言うから。そこらへんあたし平等だし」

「そう……」


 それの何が「大丈夫」なのかは疑問だったが、あえて聞かないことにした。


「で、どうすんの?」

 どうするべきなんだろうか。はっきり言ってプレゼント選びには困っている。

 でも。


「……ごめん、遠慮しとく」

「えー、いいの?」

「うん」


 何だ、と彼女はつまらなそうに呟いた。


「すごいダサいの選んで困らせてやろうと思ったのに」

「ちょっと」

「冗談だって」


 彼女は悪戯っぽく笑った。


「それじゃあね」


 まるで前から知っていた友達にするように片手を上げると、彼女はあっさり横をすり抜けていった。あまりにもあっさりすぎて、名残惜しさを感じるほどだった。まあこんな偶然の出会いに、何かを期待するほど夢見ちゃいないけど。

 颯爽と離れていく彼女の後ろ姿をしばらく見送ってから、蒼維あおいは先の見えないプレゼント選びに戻ることにした。




 *     *     *




 雑貨屋を出て、同じビルに入っている本屋で雑誌を立ち読みしていたのは、十四時過ぎだった。

 気になる特集を読み終えて雑誌を棚に戻し、そろそろ帰ろうかなと腕時計を見た時だ。


「お待たせー!」

「えっ」


 急に右半身に体当たりをくらい、二、三歩横によろめいた。少し離れたところに立っていた金髪の若者がちらりとこちらを見て、また雑誌に目を戻した。


「待った? ごめんねー、長引いちゃって」

「は? ちょっと……あ」


 自分は待ち合わせなどしていない。勘違いだと掴まれた腕を振り払おうとして、気付いた。間近で見上げてくるのは、ついさっき雑貨屋で別れたあの子だった。


「え、何……?」

「しっ!」


 友達というにはほど遠い彼女の突然の行動に戸惑っていると、するどい空気音が耳を突いた。


「いいから。知り合いのふりして」

「は?」

「ほら、笑顔笑顔。ねえどこ行く? あたしちょっと喉渇いたかも。お腹空いてる? ちゃんと昼ご飯食べてきた?」


 笑顔でまくしたてる彼女は、こっちの戸惑いなどお構いなしにぐいぐい腕を引っ張る。あっという間に雑誌コーナーを出て、本屋を出て、エスカレーターに乗せられた。


「ちょっと……何なの?」

「あと少しだけ。そうだ、あそこ行かない? 前行っておいしかったとこ。名前なんだっけー、ほら。この近くの」


 最初だけ小声で囁くと、あとは少し過剰だと思えるほどの上機嫌で続ける。腕はがっちり掴まれていて、知り合いというには若干近すぎる距離だ。これじゃまるで恋人のふりじゃないか。

 結局ショッピングビルを出ると、半ば強制的に同じ通りにあるカフェまで連れて行かれた。お好きな席にと言われ、窓際の丸テーブルに向かい合う。ソファはアンティークなのかデザインが凝っていて見た目はなかなかお洒落だったが、若干テーブルとの高さが合っていないような気がして腰が落ち着かない。


「いやー、いいとこにいたよね。助かった」


 リュックを足元のかごに置き、彼女が背もたれに体を預けた。まるで一仕事終えたとでもいうような雰囲気である。


「こっちは何が何だかわからないんだけど」


 少しだけ非難をこめてリラックスした様子の彼女を見ると、彼女が体を起こした。


「ごめんごめん、ちょっとどうしようか迷ってたら見えたからさー、全然知らない人捕まえるよりいいかなーって」

「いや、全然知らないけど」

「えー、一緒にお母さんのプレゼント選んだ仲じゃん」


 言葉だけ聞くとすごく仲良く聞こえる。だが実際には選んだというほど大したことはしていないし、まだ互いの名前すら知らない。


「ねえ何か頼む? 入っちゃったし。あ、もしかしてこの後何か予定あった?」

「ないけど……ちょうど帰ろうと思ってたとこだし」

「じゃあよかった」


 よくない。

 全然よくない。

 まずは状況を説明して欲しい。

 目の前の彼女はそんなこっちの心情を知ってか知らずか、何にしよっかなぁ、と手に取ったメニュー表を眺めだした。

 結局、季節のフルーツのスムージーとアイスティーを注文してから、彼女に切り出した。


「で、何だったの?」


 店員が置いていった水のグラスに口をつけてから、彼女はようやく答えた。


「なんかめんどいやつに声かけられて、ずっとついて来られてさ。場所変えたら消えるかなと思ったんだけど意外としぶといから、連れがいるとこ見せればあきらめるかなと思って」

「めんどいやつ?」

「時々いるんだよねえ」


 しみじみと言う。

 それはつまり、ナンパか何かで、つきまとわれていたということなのだろう。確かに一人じゃないところを見せれば、向こうもあきらめる可能性はある。


「もういないの?」

「たぶんね」


 彼女は窓の外を見た。風船を持った親子連れ、広がって歩く学生グループ、いちゃつくカップルにイヤホンで音楽を聞きながら歩く若者、お洒落な老夫婦。休日の通りは人が絶えない。


「よくあるの? そういうこと」

「まあ、時々」

「そんな落ち着いてられるもんなの?」


 このくらいの女の子なら、「つきまとわれてるんです」と怖がって助けを求めたって不思議じゃない。というか、そうするのが自然な気がする。それを思うと、彼女はこういう状況に慣れているように見えた。


「だっていちいちテンパってたら、やってらんないもん。向こうの思うつぼだし」


 だが実際その場面に陥った時、思っていたように行動できるかどうかは話が別だ。それができる彼女は、これまでにも何度と同じことがあったのだろう。可愛いというのも考えものだ。

 店員が背の高いグラスを二つ持ってきた。いちごが使ってあるのかピンク色がかったスムージーを彼女の前に置き、蒼維の前にはアイスティーとストローやらミルクやらを置いていく。一礼して離れていく背中を見送って、シロップを手に取った。


「で、今回は、ちょうど俺がいたから恋人のふりを頼んだと」

「そう。さすがに一度も見たことも話したこともない人を巻き込むのは気が引けてさー」

「俺もそう変わらないと思うけど……」

「まあそうだよねー、ごめんごめん」


 笑って謝ると、彼女はグラスを手に取って太めのストローを口に含んだ。「お、うまい」と感想を漏らす彼女に内心ため息をついて、グラスに落としたシロップを掻き混ぜる。


「高校生?」

「そうだよ。あ、そういえば名前……は、別に知らなくてもいっかー」


 冗談か本気かわからない口調で言う彼女に、不快とはいかないまでも若干呆れる。


「一応わけがわからないなりに協力した相手に対して、あんまりいい態度とは思えないけど」

「嘘うそ、冗談だって。奈留なる島田奈留しまだなる

「俺は樋口蒼維ひぐちあおい


 きちんと名乗った島田奈留にひとまず名乗り返し、アイスティーを口にした。高校生にタメ口を使われるのは複雑だったが、きっと彼女は誰に対してもこうなのだろう。そしてそれが許されてしまうタイプだ。


「まあでも一応女の子なんだし、これまでにも同じようなことがあったならなおさら、もうちょっと危機感もって対処したほうがいいんじゃない?」

「どういう風に?」

「なるべく一人で出歩かないとか、今日みたいなのは店員とか警備員にすぐ知らせるとか」

「ほんとにヤバいと思ったらそうするけどさ。今のところ、そこまでじゃないし。今回だってもういなくなったじゃん?」

「まあ……」


 本人がそう言うならこれ以上は言うまい。それに出会ったばかりの自分よりも、もっと気にかけるべき人間が彼女の周りにはいるだろう。


「あ、ごめん、電話」


 テーブルの下から音がして、奈留がポケットからスマホを取り出した。


「こんにちはー、どうしたんですか? え? 今? 買い物に出てます。あーいいですよ別にちょっとくらいなら。うん」


 電話に出た声はワントーン高かった。これまでの会話からすると何だか演技がかって見える。


「今日? 今日はお店休みですよ、ゴールデンウィークだもん。ママが祝日までやってられるかって……あはは、どんまーい……志村さん寂しー。……うんうん、あーそうなんだぁ……」


 にこにこしながら相槌を打っている様子は可愛らしいが、会話の内容が微妙に怪しい。しかも敬語を使わない彼女が使っているところを見ると、相手はかなりの年上だろう。


「ママが怒ってましたよー、あ、違う、寂しがってたー。あはは……うん、そうそう。頑張ってくださいねー……うん……うん……じゃあまた……はーい」


 通話を切ってテーブルの上にスマホを置く。代わりにスムージーのグラスを手に取った。


「何今の」

「え? お客さんだけど」


 声のトーンが戻っている。やはりさっきのは営業用らしい。みるみる減っていくスムージーを見ながら首を傾げた。


「お客さん?」

「うん、お店の」

「お店ってまさか、キャバクラとかじゃないよね?」


 高校生なのにそれはまずいだろう。まさか歳をごまかして働いているとか?

 奈留はストローで半分ほどになったグラスの中を掻き混ぜる。


「違うよ。居酒屋っていうか、小料理屋? 伯母さんがやってる店でバイトしてるの。まあバイトっていうより、お手伝いって感じだけど」

「小料理屋のお客さんと連絡先交換するもんなの?」

「えー何、やきもち?」

「違うよ。さっき会ったばっかで何でそうなるの」


 向かい合って座ってまだ十分も経っていないのだ。彼女のいいところははっきり言って、まだ顔ぐらいしか知らない。どうやって電話の相手に妬けというのだ。


「まあ一応ちょっと高めの店でちゃんとしたお客さんしか来ないから、そのへんは大丈夫だと思うよ。今の人も常連さんで、十年以上通ってくれてるらしいし。今日店やってるかどうかの確認でかけてきただけ」

「ママっていうのが、おばさん?」

「そう。店で伯母さんって呼ぶなって言われてさー。女将も何かババくさいし、店長って感じの店の雰囲気でもないし」

「で、ママになったと」

「そうそう。何か本人意外と気に入ってるらしいし」


 また一口飲むと、奈留はグラスを置いた。


「そういえば、プレゼント買わなかったの? 何も持ってないけど」

「え? あ、うん……」


 急な話題転換に返事が遅れた。彼女と別れてからさらに二十分ほど店内をぶらついたが、結局選びきれずにプレゼントは買わなかったのだ。


「そういうそっちも何も持ってないみたいだけど」


 彼女の荷物はリュックだけだ。睨み合っていたアームカバーはどうしたのか。


「だって店ん中ぐるっとしてあの売り場に戻ろうとしたら、絡んでくるやつがいたからさぁ」

「そっか……」


 納得してアイスティーを一口。すると、奈留が窓の外を見てから、こちらに向き直った。


「これから買いに行く?」

「え?」

「どうせ選びきれなくてすごすご出てきたんでしょ? 男ならすぱっと決めなよ。手伝ってあげるから」

「でも……」

「知り合いのふりしてくれたお礼お礼。あたしもどうせ買いに戻るんだし」


 そう言うと、奈留はスマホで時間を確認してから、スムージーを飲み干しにかかった。

 完全にやる気の奈留を前に、蒼維は決めかねる。

 この申し出、果たして受けるべきなのだろうか。もちろん彼女は好意で言ってくれているのだろうけれど。今日出会ったばかりの人にプレゼント選びを手伝ってもらうって、果たしていかがなものなのか。


「別に勘ぐらなくても、お礼って言ってるじゃん。見返りなんて求めてないし」

「いや別に、そんな心配してたわけじゃないけど」

「まあ求めたところで、大したもん出そうにないし」

「言うとおりだけど、はっきり言われると何か微妙に傷付く……」

「じゃあ請求しようか?」

「やめて」

「いいよ。でもここのジュース代はそっちの奢りね」

「…………」


 何か完全に、彼女に主導権を握られつつある。こっちのほうが年上なのに。

 数秒悩んだ結果、蒼維は決めた。諦めたと言ってもいいかもしれない。

 自分がここの勘定を持つのはいい。まあ、ここへ来たのは自分の意思じゃないが、それくらいの見栄はある。諦めたのは、自力でプレゼントを選ぶことだ。適当に選ぶわけにはいかない。けれど正直もうお手上げだった。プレゼントを買うと決心するまでにも相当の時間がかかったが、今やそれも萎みかけていた。母親にあげるものをあんなに真剣に選ぶ彼女なら、自分にも何かいいアドバイスをくれるかもしれない。初対面だとかそうじゃないとかは、ひとまず横に置くことにした。


「わかったよ。お願いする」

「何そのしゃーなしみたいな言い方」

「……お願いします」

「オッケー」


 彼女はごく軽く返事をすると、ずずっと音を立ててグラスの底のスムージーを飲み干した。



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