表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

緑のヤバい奴

 刃秣慧瑠はバカだった。

 魔暴少女になる以前、そして誘拐される以前は成績優秀な子どもだったが、誘拐された後のトラウマか監禁中の出来事が影響したのか自分の興味のある事にしか頭が働かない人間になってしまっていた。

 今も、魔暴少女としての使命は後回しで、一目惚れした瀬木谷リョウノを自分の者にする為に、リョウノが通う学校を襲撃した。

 リョウノに弁当を食べさせた後の事だ。

 まずは前菜から。

 体育の時間、グラウンドでランニングしている女生徒の一人を捕まえると、手足を引き千切ってサンドバックにした。

 唐突すぎる惨劇に反応が遅れた他の女生徒達も、言うまでもなく犠牲になった。まるで今からそれらを売らんとばかりに綺麗に、数十体の達磨が並べられていた。


 美少女の惨殺死体を作ってご満悦な慧瑠は、早速メインディッシュを頂く為に校舎へと乗り込んだ。

 グラウンドでの惨状を知った校舎内は既にパニックになっており、誰かが警察に連絡したのかサイレンの音が遠くから聞こえる。だが、人知を超越した力を持った魔暴少女にとってはハエの羽音と変わりない。

 煩く感じながらも来れば殺せばいいと無視した慧瑠は、リョウノのいる教室を探しながら見た目が気に入った少女を捕まえては同じように達磨にしていく。

 慧瑠は面食いだった。

 空気を切り裂くような速さで廊下を駆ける慧瑠に退屈そうなマクアが声をかける。


「リョウノの反応は三階からだ、同時にあの金髪巨乳女もいるっぽいな」

「よし!! 面倒だからぶち抜こう!!」


 靴底から火花を散らしながら急停止、屈むように右拳を握り込み魔力を凝縮し、天井に向けて突き上げる。

 強烈な爆発音と共に衝撃波が炸裂し、三階どころか屋上までぶち抜いた。

 そのまま一気にショートカットし、マクアが指定した教室へ向かう。

 その扉を開けた瞬間――


「キャ――ッ!?」


 眼がつぶれるほどの光量で空気が弾け飛ぶ。焼けるような痛みと共に肌が焼け爛れ肉が爆ぜる。

 慧瑠は床に突っ伏して、自分を見下ろす女を睨み付けた。

 金髪で巨乳で上から目線な雰囲気の女。

 あの時、自分とリョウノのアレを邪魔した奴だ。


「まさかこんな黒板消しじみた罠に引っかかるとは……頭が悪いようで何よりですわね」

「お前ェ……!!」

「ではさようなら」


 ニッコリ笑って手に持つ槍をギロチンのように振り下ろす。

 内臓を焼かれ、痛みで身動きが取れない慧瑠には避ける術はない。だが、首を限界まで回転させて槍の切っ先を歯で受け止めると、勢いを利用して飛び上がり回し蹴りをお見舞いした。

 首を不意打ち気味に狙われて反応が遅れた金髪は机をぶっ飛ばしながら教室の後ろの壁にクレーターを作る。

 槍を吐き捨て、肉体を再生しながらリョウノを探す。

 すると、教室の端っこで腕を組んで立っているのを見つけ、慧瑠の表情は誕生日プレゼントをもらった子どものように明るくなった。


「リョウノちゃん!」

「あ、おい! 罠かもしれないぞ!」


 あまりの嬉しさに、今さっきトラップにかかった事など忘れてマクアの制止も無視してリョウノに駆け寄る。

 だがリョウノを庇うように立ちふさがるのは緑髪の女。

 背は低めでスレンダー、だがその洗練された肉体と、空手のような構えが只者ではない事を思わせる。思わせるが慧瑠は肉体が再生中であるにも関わらず拳を握り込み突っ込んだ。

 だが軽く躱され、間髪入れずに鳩尾に石のような一撃がねじ込まれた。

 爛れた肌を外側から抉り取られ、内臓がミキサーにかけられるみたいにかき混ぜられる感覚に耐え切れず、思わずその場で嘔吐した。

 それを見下す緑髪。


「やりますねぇ、全身焼かれて尚再生中なのに殴りかかってくるなんて」


 その余裕ある声色が気に入らない慧瑠は吐瀉物すら無視して床を思い切りぶっ叩くと虚空から漆黒の鍔のない刀を取り出し切りかかる。

 肩口を狙った斬撃はやはり当たらない。カウンター気味に顎に掌底をくらい脳が揺さぶられ後ずさる。無理に動いたせいか肉体の再生が上手くいかず、抉られた腹からは腸が飛び出したままだ。滝のように血が流れるが、不死身の慧瑠は正にゾンビのように傷を意に介さず攻撃の手を休めない。


「話には聞いてましたけど、本当にゾンビっすね。まあ、一度死んでるんだから間違いないでしょうけど」


 何がそんなに面白いのか、嘲笑う緑髪の声が耳に張り付く。


「こんなの……この程度の傷なんて慣れっこだから……」

「へぇ、そりゃすごいっすねぇ。でも面倒ですよね、死んだのなら大人しくしてくれればいいものを……こうして卑しく生に縋りつくのは実に面倒です」

「――黙れッ!!」

「何年前の事でしたか……どこかで誘拐事件がありましたよね。小学二年生の少女が行方不明に。少女はプールに行ったきり帰って来ない。少女が最期に目撃された市民プールの近くで不審な男数人とワンボックスカーが目撃されていた事から誘拐事件と断定されて、警察の捜索も虚しく忘れ去られていった……いやぁ悲しい事件でしたねぇ。知ってますか? その少女のご両親、貴方の事は忘れて今は幸せに暮らしてるらしいっすよ」

「………………」

「新しく子どもが二人産まれて、どちらも女の子でしたね。これ以上にないくらい幸せそうでした。貴方の私物も全て廃棄したそうっすね。貴方の事なんて、誰も覚えていないし誰も興味がないんすよ。だからここで大人しく死体に返ってください」


「ふっ、くく……いっ、ひひゃははは! それはない!!」

「は……?」


 心の底から、最高のコメディでも見たか時のように大笑いする慧瑠に、緑髪は困惑する。

 その笑みの理由は一つしかない。こんな面白い話があったものかと。


「よくそんな嘘が吐けたよね。まあ、半分は正解だけど。私の両親って言ったよね? それと新しく産まれた二人の娘、アレはもう私が殺してるから。私が魔暴少女になってすぐ、その力を使って探し当てた。もし私の事を探してるのなら、もしかしたら……その時安らかに死ねたのかもね。でもね!! アンタの言う通りアイツ等は私の事なんて全然覚えてなかったの!! お笑いよねこんなのさ! 思い出すだけで腹抱えて笑っちゃうよ!!」


 だから殺した。

 だから殺した。

 だから殺した!!

 その時はほんの少しだけ、迷いの念がどこかにあった。魔暴少女になった直後は誰しもそうらしい。まだその時なら、綺麗なまま死体に戻って安らかに死ぬ事ができる。だが、そんな甘い現実を請け負った死人を悪魔は選ばない。苦虫のような反吐の出るクソッたれな味の現実を抱えた可哀相な死人だけを選んで、魔暴少女に仕立て上げる。


「私の部屋もなかった……私の大切にしてたぬいぐるみも……集めてたおもちゃも、何もかも全部……私が生きていた足跡なんて何一つ残ってなかった。その時確信したよ! 私は本当の意味で『死んだ』んだってね!」


 どうしようもなく最高に胸くそ悪かった。

 だからああして、慧瑠は大切な家族を皆殺しにできた。自分がいた記録が何もないのなら、自分を世界に縛り付けておく家族という存在すら、必要はないと。


「もうどこにも、私を見てくれる人も私を気にかけてくれる人もいない。だから……こんな世界に生きるゴミどもなんて、全員死ねばいいんだよ……人のプライバシーに勝手に踏み込むそこのお前もなァ!!」

「怖いっすねー。あ、そうだ、もう一つ知ってますか?」


 慧瑠は流石に疑問に感じた。

 両親の事も既に終わった話だし、誘拐犯だって全員殺した。だとしたら慧瑠の身の回りで関係のある話なんてないはずだ。これ以上煽るような材料があるとは思えない。

 だが、そんな事ではなかった。

 緑髪は腰のホルスターからリボルバー式の拳銃を取り出すと、背後に立っているリョウノに向かって発砲した。

 額を撃ち抜かれ、瞳孔を見開いたままリョウノは背中から倒れる。

 あまりの突飛な出来事に、慧瑠は反応できなかった。


 頭の中の何かがキレる音がした。


「瀬木谷リョウノは死にました。貴方の心を理解してくれる者はもう、この世に一人もいないんすよ」


 流石のマクアも予想だにしたなかった事態に、慧瑠に制止を呼びかけるが聞き入れるはずもない。


「返せ……リョウノを返せぇぇぇぇぇ!!」


 教室の窓が全て割れ、柱すら圧し折る轟音を伴う拳。第三宇宙速度を超えたソレを避けきれず、緑髪はガードする。緑髪は楽しそうに笑っていたが、慧瑠がそんな細かい表情を気にできる状態ではない。

 流石の金髪も緑髪の凶行には驚いたらしく、狼狽しながら駆け寄る。


「ちょっと季李子! また悪い癖が出ましたわね……!」

「だって楽しいじゃないっすか。こんなに、面白いくらいに怒ってくれるんすよこの人。この怒りを、純粋な思いを踏み潰すのは最高の娯楽じゃないっすか」

「だから貴方は堕とされたんですよ……」

「マナリアは下がってください」


 やれやれと金髪のマナリアは首を横に振る。

 季李子は獣のように喰い付く慧瑠をいったん引き剥がすと、リボルバーを2、3回転させ何かを呟き、引き金を引いた。


輪廻解除(リリース・リボルバー)第四乗騎(フォース・ライド)――”ペイルライダー”」


 乾いた音と共に放たれた銃弾が慧瑠の右肩を抉り取った。

 だが、ゾンビ染みた慧瑠の肉体にただの鉛玉など、ビービー弾にも満たない威力だ。だと言うのに、全身の怒りを込めて動いていたはずの体が膝から崩れ落ちた。肉体はほぼ再生していたし、肩口を抉られただけなのに吐血が止まらない。


「ゴボッ……カハッ、な、にこれ――?」

「即死効果付きの銃弾っす。まあ、不死身のアンタに対しては超強力な攻撃程度みたいっすけど、それでも体が動かないと」

「クッソが――!!」


 死体である魔暴少女は魔力で動く。魔暴少女の魔力は無尽蔵。人を殺せば殺すほど、湧き出てくるエネルギーだ。故にどれだけ傷を負おうとも、後は気合さえあれば動き出せる。

 今もこうして慧瑠は最後の力を振り絞って動かない体を無理矢理動かして斬りかかる。

 ただ、満身創痍で正常な判断ができない怪物と五体満足の人間と、どちらが優位かなど自明の理。装填された銃弾で右脚を撃ち抜かれ、いよいよ立つ事すら難しくなってくる。続いて左脚。再生するには少しだけ時間がかかる。その間にまた撃たれてしまう。動けないゾンビなど死んだも同然だ。


「ガァァァァァァ!!」

「咆える事しかできない獣は哀れっすねぇ。いいや、手足をもがれた今の貴方はまるで芋虫だ。大好きなエサ(リョウノ)はここにはありませんよ? 殺しましたから」


 両手両腕も撃ち抜かれ、これでは本当に地を這う芋虫だ。

 ただ感情だけが先行するだけで、事態を打破できるような考えは思い浮かばない。このままでは生殺しのまま生け捕りにでもされて永遠にこのままだ。

 それでは果たせない。リョウノへの愛を。


「自分の全てを捨ててまで求めた物はこの世にもうないんすよ。本当の意味でアンタを見てくれる人はどこにもいない。アンタはもう独りだ。独りぼっちだ。永遠に孤独だ。そんな状態で、狂人の真似事をさせられてまで生に縋る意味なんてあるんすかね?」

「真似事なんかじゃ――」

「いいや、アンタは心の底から人を殺したいなんて思ってない」


 その無邪気な笑顔が慧瑠の心に浸食していく。

 魔暴少女になる前の心を呼び戻していく。

 刃秣慧瑠の精神は、狂気の殻で覆っているだけで、その内側は卵の黄身のように柔らかかった。少し触ってやるだけで、すぐに中身が零れだす。

 魔暴少女である事の唯一の条件は、死を受け入れない事。死を受け入れたが最後、また死体に逆戻りしてしまう。そう、もはやこの世になんの価値もない死体に。


「だから魔暴少女さん。私達と一緒に――

「おい慧瑠。逃げるぞ」


 マクアが口を開いた。

 さっきからずっと黙っていたが、遂に動き出した。流石に契約者が死体に戻ると分かると、手助けもやむなしだ。


「どう逃げるんすか? そんなちっこい悪魔の体で」

「わざとらしい奴だ。見たいだけなんだろう悪魔の力を」


 嘆息と共に、マクアはスッと目を閉じた。

 ただそれだけで、周囲の空気が張り詰める。氷のように冷たくなって、そして、マクアがいた空間がガラスのように割れ砕け散った。

 砕けた空間の隙間から現れたのは八頭身のマクアだった。


「なんだ。人間サイズになるだけじゃないっすか。つまんないの」

「何を期待していた……なんて残念ながら世間話をしている暇はない。この姿は一分しか保たん。さっさとお暇させてもらう。いくぞ慧瑠」


 マクアは慧瑠を抱えてその場から消えた。


「消えましたわね。よかったのですか? 変に煽らずにさっさと捕まえていれば私達の任務は半分終われたと言うのに」

「マリアナには悪いっすけど、おもちゃは壊れるまで遊ぶ主義なんで」

「全く、貴方と言う人はしょうがないですわね。さて、リョウノの死体はどうしますか? リストにない人間を殺したのですから正直に報告しては最悪減給――


 突然言葉を止めたマナリア。季李子は怪訝に思い、横合いに立つマナリアを見る。ふと、リョウノの死体があったはずの場所が目に留まり、そこに何もない事を頭が理解する。

 それと同時に、火炎の槍が季李子を背中から貫いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ