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堕月、血を捧ぐ狂酷

 名残惜しいが、楽しかった歓迎会も終わりを告げた。

 片づけを終えると夜街へ繰り出すらしい。その実ゲームセンターで遊ぶだけのようだが仄にとっては新鮮な出来事だ。

 滅多にいかないところだし、夜だというところが楽しさを加速させる。

 手伝うと言ったが、仄の歓迎会なのだからゆっくりしてくれと強く言われて、仕方がないので外の空気でも吸おうと思い外に出た。

 辺りは既に夜の帳に包まれており、何もない河川敷に吹く冷たい風が雑草を揺らす音だけが優しく響いている。

 空見上げると月が見えた。今日は満月の日。とても綺麗だと当たり前の感想を抱いた仄はただなんとなくそこら辺を歩いて回る。


 ふと、人気を感じて辺りを見回すと、大きな橋がある。高架下で黄昏る白銀が見えた。

 マリアナは勿論、リョウノや季李子とはたくさん話してどんな人なのかはなんとかく分かっていたが、白銀については仄を嫌っているという事以外は何も分かっていない。

 そう、何故嫌われているのか仄自身も分かっていなかった。


 話しかけようか、しかし白銀の第一印象はとても怖い人だ。

 目つきも悪くギラギラ光る銀髪が獰猛な白狼をイメージさせて、なんとも近寄りがたい。

 どうしようか迷っていると、目が合ってしまった。まずいとなんとなく思ってしまった仄は急いで立ち去ろうとするが、こっちに来いというジェスチャーで動きを止める。

 それに従って高架下へ。

 車の通りは極端に少なく、その静けさを壊してはいなかった。


「あ、あの……」

「まあ、座れよ」


 言われて、白銀の隣、雑草の上に腰を降ろす。土の感触はとてもひんやりとしていた。

 月光から隠れるようにして影にもたれる白銀の横顔はどこか寂しそうに見えた。何故か、仄はそう感じた。


「なんだよ。言いたい事があるなら言えよ」

「……その」

「この前は悪かった」


 何を言おうか迷っていた矢先、突然の白銀の言葉に驚いた。

 この前、と言うのは恐らく、白銀が仄を邪魔だと言った時の事だろう。


「気にしてないです。慣れっこですから」

「そうか……ならよかった。オレは、な、別にお前が嫌いって訳じゃないんだ。ただ、納得がいかないだけなんだ」

「それは……どういう?」


 何かに苛立つように、白銀は地面を叩いた。


「お前の席には、本当なら黒曜っていう奴がいるはずだった。だがな、あの日、黒曜は奴に殺された!」

「まさか……都心で起きた大量虐殺……」

「そうだ。魔暴少女によって、黒曜は殺された。多分、その時に黒曜に宿っていた『黒』の力が新しい

宿主を求めてお前に宿った」


 そうか、だからあの時――だから、選ばれたと言われたのか。

 ようやく納得した仄だったが、白銀の語気は荒い。恐らく、その黒曜という人とは仲が良かったのだろう。


五色使徒星(Ⅴ‐APOSTLE)は元はオレと黒曜の二人だったんだ。誰か知らんが、オレ達に世界を救って欲しいと言ってきた奴に力を与えられた。もちろん混乱したが、変な使命感に駆られてな。頑張ろうって、二人で約束した矢先だ、アイツらが現れて、いつの間にか五人組になってた。それでも黒曜と一緒ならいいって思えてたのに……黒曜だけが殺された。おかしいと思わないか!? 何故黒曜なんだ!?」


 強く両肩を掴まれて、仄はその気迫にどうする事もできない。


「なあ、お前も巻き込まれただけなんだろ? だったら頼む、一緒に黒曜を生き返らせる方法を見つけようぜ。そうしたらお前は解放される。危険な目に遭わなくて済むんだ!」

「わ、私は! みんなと一緒にいるのが楽しいし、離れたくはないです!」


 そうだ、折角手に入れた居場所を、そう簡単に手放してなるものか。

 白銀の心の内は分からないが、仄もそう簡単に考えを曲げる人間ではない。


「チッ、役立たずが。やっぱりお前は邪魔者だ……! ああクソ! やっぱりあいつ等もあの時に殺しとけばよかったんだ!」

「……ッ」


 満月は狂気の象徴とも言うらしい。

 正に、今の白銀の眼光は狂気に駆られていた。

 狩人に睨まれた獲物のように、仄は身を震わせる。殺される――そんな感覚がした。


「白銀、そこまでにしておいて」

「リョウノか……お前等さえ、いなければァ!!」

「落ち着いて」

「――――――私は……ああ、すまない」


 リョウノに掴みかかろうとした白銀だったが、リョウノの言葉で止まったかと思うと、へたり込んでしまう。まるで電池がなくなったかのように。


「白銀はどうする? 行く?」

「いや……折角だが、遠慮しておく。休ませてくれ」

「分かった。さ、行こう、仄」


 リョウノに手を引かれ、戻る道すがら、白銀を振り返った。

 その表情はまるでこの世の何よりも鋭くそして恐ろしい狂気であるかのように見えた。


「リョウノさん……白銀さんは、いったい……」

「聴いたかもしれないけど、マリアナと季李子は後付け。本来なら白銀と、死んだ黒曜で魔法少女をやるはずだった。私は更に後付けだから詳しく知らないけど、何か事情があったらしいよ。それで、白銀と黒曜の力と、私達の力は別物で本当に神から与えられたモノ」


 神が与えし力には、その強力さ故にデメリットと言う名の二面性があった。

 白銀の『白』、潔白を司る力は同時に狂気を齎す危険性があった。

 それを、『黒』で抑え込む役割があったらしい。それが、黒曜が死んだ事でなくなった。同時に『黒』の力も。


「でも、それなら私がいれば白銀さんの狂気は薄まるんじゃ……!」

「いいや、面倒な事にそうはいかないようなんだよね。互いに抑え込むにはその力を持つ者どうしが信頼しあっていなければならない。だから神は、親友同士だった白銀と黒曜に与えたんだね。二つが一緒にいないとちゃんとした力を発揮できない……魔法少女もののお約束だね」


 それが本当ならば、白銀は放っておけばいつしか狂気に呑まれてしまう。

 そして、自分も――


「大丈夫、話せばきっと仲良くなれる。今、彼女は黒曜の死を受け入れきれていないだけ」

「白銀さん……」

「そんな顔しないで、笑って?」

「ひ、ひょっひょ、ひっぱらないでくらひゃいー!」


 頬を掴まれて口角を上に伸ばされる。

 そうだ、笑っていないと。白銀は親友の死で苦しんでいる。確かに白銀の事を思って同じ感傷に浸る事も寄り添う事だろうけど、ずっとそうしていては白銀は暗いままだ。


 部屋に戻ると、マリアナも季李子も片付けが終わったようだ。各々鞄を肩から提げたり上着を着ていたり外出の準備は万端だった。


「白銀は、どうなりましたか?」

「彼女は、今日は無理だね」

「そう、ですか……仕方がありませんね。では、行きましょうか」

「今日はどこ行くんすかー!!」

「はいはい、いつもと変わりませんわよ」



 言っていた通りゲームセンターだった。

 クレーンゲームを始めとして、色々遊んだ。

 レースをしたり、ゾンビを倒したり、友達なんていなかった仄にとっては新鮮な体験だった。

 途中、マリアナさんが不良っぽい人と言い争いになり、パンチングマシーンで決着をつける事になったのだが、回し蹴りでやってしまったせいで話しがこじれて大変な事になったりしたのだが……それはまた別の話。


「あのクソども、今度会ったら沈めてやりますわ」

「逆レっすかー! 季李子好きっすよそういうのー!」

「誰があんな汚らわしい男などと……ってそういう発言はおやめなさいとあれほど! ゴラ待てや季李子ェ!!」


 騒ぎが大きくなって警察が来そうになったので走って逃げてきた公園で、マリアナと季李子は楽しそうに遊んでいる。


「マリアナさんと季李子さんって、仲がいいんですね」

「みたいだね。まあ、さっきも言った通り私も後付けだから、よく知らないけど。説明されても分からなかったし。教会が、どうとか言ってたけど」


 教会……? 実はシスターさんだったりするのだろうか?

 と思った仄だったが、パンチングマシーンに回し蹴りをかましたり、突然下ネタをぶっこんでくるシスターさん、というと全く想像が湧かなかった。


「あ、その話ほのかっちにはしてなかったっすねー!」

「リョウノ……それはややこしくなるから話すなと言ったおいたでしょう」

「あ、ごめん。忘れてた」


 ややこしく、なる?


「オホン、仄さん。この事は忘れなさい」

「え――――――――?」


 目の前の空間が歪んでいく。

 平衡感覚が崩れていく。

 足元が乖離していく。

 世界が自分から離れていく。


 気が付くと、家の前にいた。

 自分が何をしていたのか、仄は思い出せない。確か、みんなでゲームセンターに行って、それから……


「どうした?」

「あ、い、いえ……ちょっと、眩暈がしただけです」

「やっぱり、帰るのは嫌?」

「いえ! 一応、帰っておかないと。ないとは思いますが、変に心配されても困りますから」

「そう、じゃあ。私はこれで。また明日ね」


 そう言って、リョウナは手を振りながら去って行った。


「はい! また明日!」


 さっきの感覚はなんだったのか、よく思い出せないが、きっと走り付かれて貧血になっただけだろうと、仄は気にしなかった。


 そして――二週間が経った。

 スクランブル交差点の大量虐殺、あれから丁度二週間。

 その間も仄にとってはとても充実したものだった。

 ただ、ある日を境に、リョウノの様子が変わっていた。

 今まで、暇があれば『探し物』を探しに行っていたリョウノだが、ピタリとそれを止めたのだ。そしてその日、リョウノはマリアナに担がれて帰ってきた。

 蕩けた表情で何もかもが上の空、そんな状態のリョウノの姿を見て、仄は何故か胸が締め付けられる感覚がした。大好きな人が、寝取られたような、そんな感覚。


 何があったのかとマリアナに訊くと、どうやら魔暴少女に会いに行ったらしい。

 しかも、自分から。

 何故そんな危険な事をしたのか、ちゃんと話せるようになったリョウナに誰が問いただしても、何も答えようとはしなかった。


 何かを隠しているリョウノに、仄の中で負の感情が沸き上がった。

 嫉妬。嫉妬。嫉妬。嫉妬。嫉妬。

 大好きなリョウノが、何者かに汚された。そんな耐え難い屈辱に、仄の心の中の黒い炎が燃え上がった。


 リョウノを汚したその魔暴少女を絶対に殺すという、初めて抱いた強く堅い鋼のような意思が、芽生えた。



 ――そしてその時が来た。



 学校からの帰り道、マリアナから連絡が入った。

 リョウノとマリアナは同じ高校に通っているらしいのだが、その校舎の中に、魔暴少女が現れたのだ。


 渦巻いた。

 ドス黒い感情が。

 殺したいという感情が。

 抑えがたい狂気が。

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