仄かに生きる少女
少女が魔法少女になって”しまった”のは、今から二週間前の事だった。
とあるスクランブル交差点で大量の民間人が肉片と化した事件の直後、スタイルもよくなく背も低く特徴もない黒い髪で黒い瞳の普通の少女、麻倉仄は『黒い光』を見た。
体中に自分のモノではない溢れ出る力を感じた仄は、不思議に感じながらも夢か何かだろうと気楽に考えて家に帰ろうとした。
だがそこに、金髪でナイスバディな少女と、緑髪でスポーティな少女が現れて、『貴方は選ばれた』のだと告げられる。
何の事か分からずおろおろする仄は二人に半ば無理矢理どこかへ連れて行かれ辿り着いた先には、他に二人の少女がいた。
一人は真紅の髪を持つ背が高くて凛々しい顔つきのスレンダーな少女、もう一人は目元がキツイ仄を睨むように見つめる銀髪碧眼の少女だった。
みんな仄と変わらないくらいの年に見えたが、その物々しい雰囲気に、仄は物怖じするがまたもや無理矢理金髪と緑髪に連れて行かれる。
一体なんなのかと遂に声を荒げて説明を求める仄。
すると、真紅の少女がまず名を名乗った。
瀬木谷リョウノ――そう名乗った少女は、仄がある手違いにより魔法少女に選ばれてしまったのだと言い、リョウノは手のひらから炎を出して見せた。
その現実離れした出来事に仄は目を丸くする。
リョウノに断って、手を確認させてもらったが、バーナーとかがついている様子もない。
それは正真正銘本物の『魔法』だった。
リョウノ以外の三人も同じく魔法を使う、いわゆる魔法少女なのだという。
人間の内なる凶器が表出した時現れる悪魔が見出した人の悪意という名の凶器。狂気は対となる強い決意と同じく、際限なく溢れ出るもの。それを力として、人を間引きする魔暴少女という存在を倒すことが目的らしい。
とある組織によって結成された、その名も『五色使徒星』。
『紅』を司る紅蓮の魔法、瀬木谷リョウノ。
『金』を司る爆撃の魔法、マリアナ・ゴールドマリー。
『翠』を司る深緑の魔法、翡翠季李子。
『白』を司る潔白の魔法、白銀。
そして、仄は『黒』の魔法を司るようで、これから悪と戦わなければならないと。
とは言え、そう説明されてもそうそう簡単に、そんな荒唐無稽な話を受け入れられる訳ではない。たとえそれが本当に魔法なのだと見せられたとしても、今まで普遍的な日常の一部分であっただけの普通の少女が、突然訪れた非日常に即時対応できるだけの順応力を持っているはずがない。
リョウノや、金髪でお嬢様っぽいマリアナも、答えはイエス以外受け付けないが、心の準備をする時間は与えてくれるらしい。
もはや仄にはどうする事もできない状況。多少パニックになってはいたが、リョウノに連れられてテラスっぽいところに一緒に出た。言われた通り深呼吸して、心を落ち着かせる。
リョウノはとても優しい人だった。
感情の起伏が極端に少なく、ロボットなのではないかと疑うほどだったが、その中には確かな優しさが籠っている。
嘔吐く仄の背中をさりげなくさすったり、ベンチに座って休む仄の隣に寄り添ったり。
手まで握ってきたりして流石にそれはと思ったが、人見知り気味な仄は反論できず、強く握った手はそのままで高鳴る鼓動を抑えながらリョウノと共に黄昏を見た。
何も言わず、静かに。
落ち着いた? と訊くリョウノ。
仄は首肯し、それを見たリョウノは微かに笑った。本当に、普通なら見逃してしまうほどに、儚げに。
――それからと言うものの、仄の生活は一変した。
マリアナのスパルタ教育の下、魔暴少女と戦う為の訓練を行ったが、運動神経0で体が硬い仄にとっては地獄の所業。毎日体ががっちがちになりながら鍛えられた。
季李子からいじられキャラみたいに扱われ、白銀には何故か邪険にされていたが、その生活は悪いものではなかった。
少なくとも、何もなかった今までの生活よりは充実していた。
家に帰ると家族がいる。
楽しそうに妹と話している。
仄かよりも成績がよくて、将来有望だと両親から厚い信頼を置かれている。昔も、仄は両親にそんな風に扱われていた。今はどうだろう?
仄は両親や妹とは一言も交わさず、自室へ向かった。鞄を置いて学校での疲れを少しでも癒す。
学校に友達と呼べる人もいない。
内向的で自分から話そうとできない仄はいつしか孤立していた。事務的に話はするが、それだけ。一部の派手な女子生徒からは陰口を言われているようだった。
何もない。
趣味はない。
一昨日までは日記をつけていた。それ以降は白紙。
一巻だけしか買っていない小説が本棚に、乱雑に並べられている。それも全部読んでいない。
たくさん買ったが結局何も書いていないスケッチブックに、作りかけのプラモデル。
どれもこれも、続かない。
全て自分で選んで、全て自分で諦めた。
人から言われてやったものは続いた。やった方が喜ばれるから。だけど、やるのとできるのとは別だ。全て失敗して、いつしか何も言われなくなった。
今の魔法少女だってそう。
結局、仄は足手まといにしかなっていない。
白銀はただ一言『邪魔』だと言った。
全くもってその通りだと仄は思った。
何も間違ってはいない。それでも、五人揃っていなければ十分な力は出せないとマリアナは言った。本当ならいるだけでもいいが、マリアナは仄を頑張って強くしようとしている。
仄には、その優しが辛かった。
早く諦めてほしかった。
自分は置物でいい。自分は虚無でいい。自分に意味などいらない。そんな風に考えているからいつまでも上達しないのだと、分かってはいたが、それ以外にどう思えばいいのか、仄には見当もつかなかった。
なにせ、今までそうして生きてきたのだから。
導いてくれる人など一人もいなかったのだから。
ベッドに蹲り、布団を被って外からの全てを遮断していた仄は、不自然な物音を聞いた。
窓を叩かれているような。
ふと顔を挙げて、窓を見る。
――そこには、リョウノがいた。
どうやらもう集合時間らしい。
時計を見て大慌てで準備する仄。わざわざ迎えに来てくれたのか。そこまでして迎える人間ではないのに。延々と続くネガティブな感情。
だがそれも、リョウノと一緒にいる時だけはどこかえと消え去っていた。
リョウノは、何故か、仄が唯一自分から話せる人間だった。
今日学校であった事、帰り道に思った事、そんな、どうでもいいような虚無的な事柄を、リョウノはまるで本当に楽しい事であるかのように聞いてくれた。どんな退屈な話しでも親身になって聞いてくれた。
それがたとえ社交辞令であったとしても、そうしてくれた事が、仄にとっては何にも代えがたいほどに嬉しかった。
いつしか、リョウノに対して恋愛的な感情を抱くようになっていた。
それが異常だとは理解していながらも、何をやっても続かなかった仄が唯一続けられた、リョウノへの想い。そんな初めての出来事に、仄の心は順応しきれずに、次第にそれは――