おいしいお肉
「ふんふんふ~ん♪ ふんふふ~ん♪」
超絶御機嫌真っ只中の刃秣慧瑠さんは、鼻歌を歌いながら台所で何かをやっていた。
マクアは気にせずちゃぶ台の上でテレビを見ていたが……妙に力強く禍々しい牛刀包丁がまな板を穿つ音が何度も聞こえてきたので気になって仕方がない。肉を切っているのは確かなのだが、こう、『切る』というよりは『斬る』の方が似合う音なのだ。
痺れを切らしたマクアは台所の慧瑠に声をかける。
「なあ慧瑠、それは何をやってるんだ?」
ぴたり、と動きを完全に停止させる左腕のない慧瑠。何故か数秒の間を開けてくるりと振り返った。
その顔には誰のものか全く不明の返り血が……
「ナニヲヤッテイルンデスカ?」
「これぇ? これはねぇ、お弁当を作ってるの!!」
いつにも増して元気いっぱいなのはいいことだ。
だが、訊かなければならないことが一つある。
「何の肉で……?」
「んー? 肉は肉だよ? それ以外の概念を示す要素は何一つない紛うことなき『肉』だよ?」
「あっ……そう」
前々から薄々感じてはいたのだが、どうもこの刃秣慧瑠という少女は肉が好きなのだ。何の肉かは、まあ、それはそれとして何はともあれ肉が好きなのだ。肉が。
左腕は元々ないから自分の肉ではないはずだよな……
「ちなみに、何の為の弁当なんだ?」
「リョウノちゃんに食べてもらう為の……お弁当。いやだもー!! 何言わせてんのよー!!」
「あっ……そう。昨日熱心に居場所調べてたもんな」
どうやら昨日の一軒があってから慧瑠は、関谷リョウノにゾッコンのようで、マクアのパソコンを使って徹夜でこの街の魔法少女の本拠地を割り出そうとしていたのだ。その甲斐もあってか見つけ出すことができたわけだが、マクアとしては手間がはぶけて万々歳だ。動機はともかく。
「だが、相手も馬鹿じゃないだろうし、流石にそう簡単に会えるとは思えないけどな。昨日の事もあるし、あの金髪辺りに邪魔されるのが目に見える」
「だーいじょうぶだよぉ。そん時はまあ、やっちゃえばいいっしょ」
心配だが最終的には本来の目的を果たせるのだ。このままノリで奴等を倒せれば万々歳だ。
動機は、ともかく。
――そしてお昼すぎ。
「リョウノちゃん!!」
「あ……慧瑠ちゃん」
ここは学校。その屋上だ。
言うまでもないと思うが慧瑠は学校には通っていない。昨日、慧瑠が調べたところによると、リョウノやあの金髪らはこの学校に通っているとか。
まあつまり、ただの不法侵入だ。
「あの……その、お、お弁当、持ってきたんだけどぉ、食べる?」
「もう昼過ぎてるから既に食ってるだ――
マクアは裏拳で吹き飛ばされた。
んなもん知るか構わんと弁当箱を制服姿のリョウノに押し付けながら押し迫る。
「ありがとう、今から食べるね」
表情の少ないリョウノは少し無理した感じで微笑んだ。
その言葉を聴いて慧瑠のテンションはバーニングヒート。屋上のコンクリート床に突っ伏して喜んでいる。
屋上にあるベンチに座るリョウノ。隣に真空すら生み出すほど密着して慧瑠が座る。
やたらと可愛らしい布で梱包された包みを開き、軋轢魔法少女イリーガル・ストライプのロゴとキャラがプリントされた弁当箱が現れた。それを見たリョウノは少し嬉しそうだ。
蓋を開ける。中身を見たマクアは停止した。
「これ、何の肉だ?」
「…………………………………………………………胸肉だよ」
「なんていう動物の!?」
「原核生物だよ」
「大体がそうだよッ!!」
そんな慧瑠とマクアのやり取りにも構わず、リョウノは箸を伸ばしそれを食べた。おいしそうに。時間をかけて。
何か、ぶちぶちと変な音がしますね……
「すごく歯応えがあって、おいしいよ」
「よかったぁ、おいしいって言ってもらって。痛みを堪――頑張って作った甲斐があったよぉ」
「今痛みをこら――
マクアは砲丸投げの要領で投げ飛ばされた。
「はむ……ん……おいしい……」
弁当箱にぎっしりと詰められていた歯応えがよすぎる謎の肉を間食したリョウノ。その顔はどこか嬉しそうにさえ見えた。
「おい……全部食いやがったぞ、謎の肉を……敵から渡された謎の肉を全部……」
「なに一人で戦慄してるのマクア。別にいいじゃんおしいかったんだし。何も変な事はないよ。ねー、リョウノちゃん」
「ん」
リョウノは小さく首肯した。
なんだかとても釈然が腑に落ちないマクアだったが、二人は無視したまま昼休みの終わりまでガールズトーク(純度100%アニメの話)を繰り広げていた。
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「そろそろ、行かなきゃ」
「やっぱり、授業に行かなきゃダメ?」
「うん。仲間も、待ってるし」
そう、リョウノはあくまでも『魔法少女』。本来、『魔暴少女』とは相容れない存在なのだ。
「仲間なんて、裏切っちゃえばいいじゃん。私といた方がリョウノちゃんも楽しいでしょ?」
「うん。でも、仕事だから。きっとまた会えるよ」
「ホント!? いつ!?」
「今日、会えると思う」
その言葉を聴いて、マクアが割って入った。しかし今度は少しばかり真面目な顔だ。
「つまり、今夜戦るって事か」
「ん。そう。ごめん、慧瑠ちゃん」
そう、リョウノは敵。戦い殺すべき敵。どうやったって相容れる事は絶対にない。それは流石に、頭がスポンジの空洞の部分でできているような慧瑠であっても分かっているはずだ。
「いいもん、だったらリョウノちゃん以外殺せばいい話だし。今夜会うのが楽しみだよ!!」
「ありがとう……慧瑠ちゃん。また、慧瑠ちゃんを食べさせてね」
顔を覆うほどの強風が吹いた。風は赤く、紅く染まっている。
再び目を開けた時には、リョウノは既にいなかった。
「なあ、慧瑠。ところで、あの肉はなんだったんだ?」
「だから胸だって。あ、胸肉だって」
「お前、やっぱりまさか……あれ? 待てよ、さっきアイツなんて言った? 『慧瑠ちゃんを食べさせてね』?」
「ねえマクア、肉体再生の魔術ってどうやるの? 後で教えてよ」
マクア、吐く。