紅色の魔法少女
「どうも、魔法少女です」
「あ、これはこれはご丁寧にすいません。私も魔暴少女です」
ややこしい空気の中、ちゃぶ台を挟んだ向かい合った状態の少女二人。一人は刃秣慧瑠。青い髪のちびっこドラム缶である。
そしてもう一人は真紅の髪を持つ背が高くて凛々しい顔つきのスレンダーな少女。最早『女性』と言っても語弊はないくらいに美しい。猫背の慧瑠と違って背筋がピンと伸び、あぐらをかいている慧瑠と違って座布団の上に綺麗に正座している。これだけでも非常に真面目な人物だということが伺える。どっちかと言えばマクアみたいな人だろう。
「で、何の用――うぉ!?」
「ねぇねぇ、あなたの名前は?」
真面目な雰囲気で切り出そうとしたマクアを突っぱねて慧瑠が真紅の髪の少女へ目をキラキラ輝かせながら身を乗り出して質問する。その心の奥底のドロドロした感情はともかく、よくも悪くも好奇心旺盛なのだ。
「私は、関谷リョウノです」
「りょ、りょうの……って。すごい!! イリストの主人公縞違リョウナと名前が似てる!!」
「ああ、イリストって、『魔法少女イリーガル・ストライプ』」
「知ってるの!?」
「うん」
「やったー!! イリスト知ってる顔見知り初めてできたー!!」
初めて友達ができたかのように大はしゃぎする慧瑠。マクアは呆れ顔、当のリョウノは最初から変わらず無表情を貫いている。
「ねぇねぇ、どのキャラが好き!? 私はねー……」
「おい! いい加減真面目な話をしよう!」
「ちぇっ、マクアは面白くないなー。こんなマイナーなアニメの話ができる友達なんて一生に一度会えるか会えないかくらいなんだよ?」
あーつまんね……みたいなことをつぶやきながら慧瑠は退屈そうに定位置へと戻った。
ごほん、と咳払いをしたマクアがリョウノに向き直る。
「で、お前は一体何用でここに来た。まさかわざわざ死ににきた訳でもあるまい」
「偵察に来た」
「あのなぁ……偵察ってのはその目的を口に出したらだm――ゴブッ!?」
「偵察ってことは私の名前を知りに来たとかでしょ?」
「うん」
「じゃあじこしょうかーい!! 私の名前は刃秣慧瑠でーす!」
慧瑠がそういうと、リョウノはカバンからノートとペンを取り出してちゃぶ台の上に置き、それを慧瑠に差し出した。
「これに漢字で書いて」
「おっけおっけー……あれ、漢字が分からない。ごめん、私そう言えば小学校二年生以来学校に言ってないんだよね……」
「あ……ごめんなさい」
同時に慧瑠の右目の眼帯と、左腕がないことに気が付き、リョウノはとても申し訳なさそうにそう言った。
「いいよーそんなの気にしないでよーじゃあさ、お詫びにさ……ちょっとその、脚を触らせてくれないかなって……ね」
その時、マクアとリョウノに約200ボルトの電流が走る――
一体何を急に言い出したんだコイツは、とマクアは思い、すかさずツッコミを入れようと体を起こす。当然、関谷リョウノも拒否するだろうと考えていた――が、
「うん、別に、いいよ。それぐらいならなんでも」
「なんでも……? 今なんでもって言いました!? ふへへ……じゃあ遠慮なく、じゅりゅり」
涎をすすりながら慧瑠がリョウノの脚に黒タイツ越しに触れる。タイツ独特の肌触りが指先の神経を伝わって脳へと達する。心地がよい感覚……慧瑠の脳は蕩けだし、タガが外れだした理性は慧瑠の危行を更に加速させる。
「あ……」
首筋に舌が這う。
肌の上から頸椎へと伝わる感覚にリョウノは甘声を漏らす。二人の胸はぴったりとくっついて決して離れることはない。互いの心音を直に感じ、相手はこんなにも動悸が早くなっているのかと感じると、それだけこの行為が心地いいのかと考え、二人の思考は深い坩堝の底へと落ちてゆく……
「耳、弱い……?」
「うん……そこは、一番、気持ちいところ……」
「じゃあ、耳たぶからいただきます……はぁむ」
「うっ、ん――あぁ……」
慧瑠の二枚の唇が耳たぶを優しく包み込む。温かい口の中を感じる。舌が耳の側面をなめずり、気持ちいところを探すように奥へと浸食ってゆく……
一本の指がタイツ越しの脚を、ゆっくりと下半身の中心に向けて……やがて到達し、膜に隠れた花びらを探して筋に沿って撫でまわす。
「いっ、あ……だめ、そ、くあ……」
「体の力、抜いちゃっていいんだよ……? 楽になれば、もっと気持ちよくなれるんだよ……? ね? だから、さ、私にされることだけを考えて、私だけを考えて……もう、考えるのはやめにしよう?」
耳元で吐息のように囁かれる声に、リョウノの心は芯が抜かれ、頭の中は真っ白に、空っぽに、ただ成されるがままに体を弄られる人形へと……変わっていく。
「もう体の力なんていらないよね……忘れよう? 力の入れ方を……」
「あ……」
「次に私があなたに口づけした時……あなたは私以外の全てのことを忘れてしまう。あなたの中にあるのは私だけ、私だけがあなたの中にある、私だけのお人形さんになるの。そうだよね?」
「うん……」
惚けた口の端から垂れる涎。目は最早どの空間にも定まらず、心の中まで力を抜かれた肉人形がそこにいた。
あと一歩、あと少しで、終わり。
慧瑠が少しずつリョウノの顔に近づいていき、あと10センチ、5センチ、1センチ……
「ちょぉっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
バァン!! と大破まったなしにドアを蹴破って現れたのは金髪の少女と緑の髪の少女。
「もうちょっちで終わるところだったのに良いところで……!!」
「やっぱり目を離すべきではなかったですわね……」
「悪いけど、リョウノさんは返してもらうっす!!」
金髪はお嬢様っぽい巨乳で、緑色はポニーテールのスパッツスポーティな感じの人。
恐らく、いや絶対に敵だ。慧瑠はすかさず得物の黒刀を顕現させて構えるが――
「――光華炎輝!!」
金髪の取り出した長柄の槍が振るわれると同時に、矛先が辿った空気に火花が散り、爆竹でも使っているかのように耳を穿つ音を鳴らしながら光を放つ。それは反応の遅かった慧瑠の目を眩ませるにはあまりにも十分だった。
空気が爆発し、白光で慧瑠が顔を覆っている間に……
「逃げられたな……」
「あーもう!! もうちょっとだったのにぃぃぃぃぃ!!」
そこにはリョウノも、金髪と緑色の姿は既になかった。
それはともかく。
「なにあれ!? なにあれ!? すごくかっこいいんだけど!!」
「あれは、恐らくエーテル体をこの部屋にばら撒いて凝縮した魔力を擦ったんだろうな。いわゆる粉塵爆発の要領で魔力を爆発させたんだ。『エーテル体』は『常に輝くモノ』を意味するから、あの光はそれによるものだな。もっと詳細に説明すると――」
「いやいい」
「………………」
「そ・れ・よ・り・も!! リョウノちゃんも満更ではなかった様子だし、私もリョウノちゃん大好きだし……捕縛して犯したいよねぇぐへへ」
口の端から涎を垂らしながら蕩けた非常に危険な目をして女の子とは思えない顔をしている慧瑠。
催眠魔術で下準備は完ぺきだったので、後は堕とすだけだったのだがとんだ邪魔が入ってしまった。
「しかし!! マクア、リョウノちゃんの魔法少女反応はちゃんと保存してるよね!!」
「ああ、一応な。てかこういう時だけ専門用語覚えてるのなお前は!」
魔法少女の発する反応は個々人で全く違うものであり、模倣する事は不可能とまで言われている。測定は魔法少女の魔力流路を観測して行われるが、魔力流路とは血管の事である。模倣するには対象の人間と全く同じ血管の並び、状態にしなければならない。
「まあ、相手も俺達がここにいるのを突き止めてるんだ。少なくとも敵はこの街にはいるだろうな」
「じゃあ明日はあの子を探そう!! 決定!! 決定事項!! よーし今から気合入れて体を綺麗にしておかないと……」
「何をするつもり……いや訊かないでおこう大体解った」
明日から大変だ……とマクアはクソデカい溜息を吐くのだった。
@
「ふぇ……」
「リョウノさん完全に伸びてますわね……」
金髪お嬢様風の巨乳がリョウノを肩で担ぎ上げながら夜道を歩いている。その横には緑髪ポニーテールのスパッツを穿いたスポーティ少女が何故か楽しそうな顔をして歩いている。
「まさかここまで骨抜きにされるなんて、仄ちゃんが見たら卒倒して死にますね! これは!」
「洒落になってないのが怖いですわねホント。はぁ……最初から不安でしたが、大丈夫なんですかねこのチーム……」
金髪の懸念も仕方のないものだ。
魔暴少女殲滅の為に結成された『五色使徒星』だったが、正直リーダーのリョウノ頼りがいがありそうでないのが気にかかる。初対面ではすごくクールで威厳のある雰囲気を感じたのだが、その実何を考えているか分からない系の人だったのだ。
それに、一人は狂犬でもう一人の少女を邪険にしている節があるのも気になる。あんな事があったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「リョウノさんってば行動は突拍子もないし、急に下ネタ言い出すし、楽しい性格っすよね!」
「私としてはそろそろツッコミを他の人に任せたいのですが……もう疲れましたよ。ああ、貴女はダメですよ収集付かなくなりますから」
「へへへー!」
まあ、教会からの命令なのだから従う他はない。
「少なくとも仲間割れだけは起きないようにしないといけませんわね……実力は全員そこそこですし」
「上から目線っすね、エリートの余裕っすか!?」
「貴女も私と同じ教会出でしょう。全く……とりあえずさっさと帰りましょう。あと、今夜の出来事はできるだけ詳細を伝えないようにお願いしますわね。恥ずかしいですから」
「了解了解!」
本当にこれから大丈夫なのだろうか……と金髪はクソデカい溜息を吐いて赤い夕焼けの海に沈む青空を仰いだのだった――