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刄秣慧瑠は青髪つるぺたかわいい

 血の雨が降る。

 真っ赤な幕が上がり、惨劇という名の舞台の上で唄う歌姫は、狂気に満ちた鎮魂歌(レクイエム)をその躯に捧げる。


 青い髪をした少女の狂笑が、赤く染まったスクランブル交差点に響き渡る。

 足元には肉。肉。肉の塊が乱立し、あまりにも多い血の湿気で酷くむせっかえるが、どうやら少女はそれが快感であるようだ。恍惚の表情で、血の空気の中、新鮮な死体から噴き出る鮮血をその身に浴びていた。

 誰もが吐き気を催すようなその光景。

 しかしそこには少女しかいない。誰も見ていない死の山の中で、少女は一人笑っている。

 それはそれは嬉しそうに、誕生日を迎えた子どものように。少しだけ羽目を外してしまった時のように、少女は深く心の底から湧き出る感情を体に刻み付けながら、ただ感じていた。

 華やかで真紅に染まった狂詩曲(ラプソディー)も終わりを告げ、未だ余韻に浸っていた少女は暫くしてようやく立ち上がった。

 今まで乗りかかっていた死体の山の上にまるで世界の終わりを描いたかのように立つ少女は、退屈とばかりに足元の死体を思い切り踏みつぶした。

 ぶちゅり、と肉が擦り潰れる音を聞いて身を捩らせる少女。思いの外気持ちよかったのか、気が済むまで死体蹴りを続けていた。



「終わったか……?」

「うん、終わった。楽しかったよー。まだもうちょっとやってたかったけど、流石に全部肉片になっちゃったからねぇ」


 残念、と少女は右側しかない肩を竦め、とても嫌そうな顔をする男へ向けて、無邪気に左目しかない顔で笑いかけた。

 男は大きく嘆息し、少女を促した。


「まあ、これが仕事だからな。仕方がないとは言え、もう少し綺麗に済ませて欲しいものだ」

「私は血肉腐臭で汚れていた方が美しくて綺麗だと思うけどなぁ」

「矛盾してるぞ」

「でもさ、見て――」


 そう言うと、少女は空に向かって手をかざした。指の間から陽の光が零れ落ちる。


「こんなに空は青いんだよ。これだけ人が肉片になっておきながら、それなのにこうやって青い空は動き続けてる……そう考えるとさ、なんだかゾクゾクしてこない? くるよね?」

「ご生憎様、俺は夜の方が好きだ」

「えー、これだからクール気取りは芸術が分からないんだよー。もういいよ」

「へいへい」


 ぶーぶー文句を垂れながら、どこからどう見てもただの幼気で何の特徴もないただの少女。ちょっと髪が青いだけの普通の女の子。

 だがその心の中は煮すぎた肉じゃがみたいにドロドロで、黒くて浅くておぞましいものが渦巻く頭のぶっ飛んだ女の子。しかしてこの少女は、その狂気を見出され、人を狩り、人を殺し、人を減らす悪魔の使い。

 少女は今まさにその仕事を終えた帰路なのだ。



 ――西暦20××年。

 一体どんな意思の概念への干渉か、ある一つの街が肉片の街と化した事件。否、あるいはあまりにも残虐非道極まりないテロ行為と報じられたそれは、目を向けられないほど惨たらしく、どう考えても人の手によるものだとは思えなかった。そもそも、街の人間を一人一人肉片になるまで潰し、それをまるで教室の掃き掃除で集めたゴミのように一か所に集めていたのだ。最初にそれを見た警官は何人かがショックで倒れたという。

 人の所業とは思えぬ悪魔の如き地獄の様相。青い髪の少女が行った血肉舞い散る腐臭の演目。


 『人間を殺せ』。ただそれだけを命じられた、人から産まれた人の子による大量殺人。

 悪魔にそう言われたのだ。なんでもなくたった一人で命を落とした少女は悪魔に見初められ、第二の生を与えられる代わりに悪魔と契約を交わした。その契約こそが、『人間を殺せ』。

 だから少女は自らの欲望に任せてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころして殺しまくった。

 生前からあったこの欲望。

 まずは復讐から。

 しかしいつしかそんなものはどうでもよくなり、いつの間にか本当に人を殺すことに快感を覚えていたのだ。

 だがもう、誰の目も気にすることはない。殺し続ければ少女の命は永遠。人がいなくなるまで生き続けられる。ならばいっそ、最後まで殺し続けようと、少女は第二の生を謳歌する。

 それこそが、この世界における『魔暴少女』の正体である。


 ――刄秣慧瑠。

 それが少女の、人として産まれた際に与えられた、今でも大事に抱え続ける少女の名前。

 右目と左腕のない、血に塗れた少女の名前。


 そのか細い手足はもう決して折れず、そのか弱い心はもう決して何にも屈したりはしない。

 だから少女は殺し続ける。

 ヒトが一人もいなくなる、その日まで。


 そして今日も、慧瑠は毎日のように続けている虐殺を終えて帰ろうとしている途中だった。

 二週間前のスクランブル交差点での人肉パラダイスほどの事はできなかったが、今日の出来も上々で慧瑠は気分がいい。



「ところでマクア、今日の晩御飯何がいい?」

「なんでもいい。食えるもんなら何でも食える」

「はぁ、これだから男ってやつは。それが一番困るのよねぇ」


 マクア、と呼ばれたのは悪魔。悪魔のマクアだ。

 全長約数20センチの人の姿をして、頭には羊っぽい角、背には蝙蝠の羽がついたどこからどう見てもマクアな悪魔。

 性格は冷静沈着で死ぬほどクソ真面目でクールな男。何者からかの命を受けて『魔(ほう)少女』をスカウトする悪魔の内の一人である。

 悪魔とは言えども感性などは多少冷酷だが人間とはほとんど変わらず、慧瑠のこのあまりにもぶっ飛んだ趣味嗜好には辟易している。それを見出して勧誘したのだが、まさかこれほどまでとは思わなかったのだ。


「じゃあお肉料理でいいよね。いいよねーお肉料理。私大好きなんだー」

「毎度毎度思うんだが、あの肉は一体なんていう動物の肉なんだ?」


 慧瑠の体がぴたりと止まる。時間が止まったかのように停止する。

 ぎぎぎぎぎ……と歯車の油が切れたロボットのような音を出しながら振り返る慧瑠は翳った笑顔で、


「もも肉だよ」


 とそれだけ言った。

 マクアの体に戦慄が走った。



「冗談だよ冗談!! 人肉なんて食べる訳ないじゃん流石に……ね」

「やめろ! 悪魔だからってなんでも食う訳じゃないんだぞ! 食生活は人並みだ!」

「そうなの……? もったいないなぁ、じゃああの肉は私だけで食べようかな」

「お前な……いや、もう慣れた」


 魔暴少女こと刃秣慧瑠はとある住宅地のアパートに住んでいる。

 羽虫が集まる薄暗い街灯の照らすアスファルトの上を歩きながら慧瑠とマクアは楽しそうに駄弁りながら帰路を歩いている。


「まああれだよ。いやよいやよも好きのうちってね。このことわざってすっごい便利だねーどんな言葉にでも返せそう」

「言われた方からしてみれば非常に質が悪いけどな」


 慧瑠の住むアパートはとてもオンボロな外装に、中は意外と小奇麗にされているキッチン風呂付きの格安アパートだ。


「たっだいまー!」


 格安と言っても、もう誰も管理もしていないし慧瑠以外の住人もいないのだが。

 既に取り壊されることが決まっていたアパートを魔法でちょちょいと自分のものにしたという訳だ。


「おっかえりー!」

「自分で言って自分で返すのか……」

「誰もいないって分かってても言いたくなるじゃんこういうのって」

「人間の考えることは分からんなぁ」

「あ、今無理くり悪魔っぽくしたでしょ。どう考えてもマクアは私よりも人間人間してるよ絶対」

「右に同じだ」


 さて……といった感じにちゃぶ台の上に乗ったマクア。手をかざすとマクアの体の大きさに合わせられて作られたかのようなノートパソコンが虚空から空間を割り込んで出現した。

 この光景はいつものことなので慧瑠もいちいち反応しない。

 マクアはいつも帰ってくるとパソコンで周りの様子を確認する。

 魔暴少女の仕事は人を殺すことだが、人類側もそれを野放しにしておくわけがない。軍隊では太刀打ちできるものではないとは人類も理解している。だが、この世には下手な兵器よりも強力な――『魔法少女』が存在するのだ。

 魔法少女は魔暴少女から世界を守る正義の味方。

 『洗礼教会(せんれいきょうかい)』から成る幾つもの部署に分かれて存在する中の『執行所(コキュートス)』に所属する実戦魔術師部隊。そこに魔法少女は所属している、らしい。


「………………は?」

「どったの?」


 マクアの反応が気になった慧瑠は小さいノートパソコンの画面を覗く。するとそこには『魔法少女反応』を示す波紋が地図上に存在していた。

 その波紋の中心が示す場所とは……


「ここじゃん。え? そこにいるの? 家のすぐ前に?」

「あ、ああ。そのようだな」


 ぴんぽーん、と間の抜けた軽快な音が響き渡った。

 慧瑠とマクアは息を呑み、暫くその場で硬直する。


 ぴんぽーん。

 もう一度音が鳴り、また暫くすると、


『すいませーん。誰かいませんかー。魔法少女なんですけど』


「なんだこの気の抜けた声は……!!」

「一体どうなる私達!! 次回へ続く!!」

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