スプラッター・リヴェンジャー
私の名前は刄秣慧瑠! 元気いっぱいの中学三年生!
……なんてあざとい事を言える歳ではないけど、でも某○○キュアさんたちも同じ『くらい』の年齢だから許されるんじゃないかな?
それはともかく、私の名前は刄秣慧瑠!
今日は憂鬱な学校がようやく終わり、待ち続けたこの日がついにやってきたのだ!
そう、今日は私の大好きな魔法少女アニメのゲームの発売日。幾星霜を待ち続け、ようやくこの時がきた……!!
という訳で、私はHRが終わった刹那に全速力で近場のちょっとマイナーなゲームショップに。
何故マイナーなのかと言えば……
「あったあった。軋轢魔法少女イリーガル☆ストライプ」
このゲームもといアニメはかなりのグロテスクさを誇り、まずそもそも地上波では放送されておらずOVAのみ……という代物なのだ。
まあこういうのに限って私のような一部のファンがいる訳であって、熱狂的な部類である私はこうして粛々とゲームを買いに来た訳だ。
店員さんに苦笑いされてキョどりながら急ぎ足で店を出る。
「ふう……やった買えた。さっさと帰ってプレイだプレイ~」
気が付かなかったが、中々どうして雲行きが怪しいようだ。折り畳み傘があるから安心はできるけど、一応急いだ方がいいかもしれない。
そう思い駆け出した。
そこで私の人生は、全ては、何もかも終わりを告げた。
何の脈略もなく、何の説明もなく、ただぱったりと終わりを告げてしまった。あまりにも無慈悲に、無情に。
トラックにはねられ鮮血と共に宙を舞う私の体。
ああ、これが『死ぬ』って事なのか……と走馬灯のように感じた。
ただそれだけ。それ以外は何もなく、ただ、死んだだけだった。
「死にたくない……」
死ねばそこで終わり。それは無を意味する虚栄という名の空っぽな深淵。自分の全ては消える。自分はなくなる。私の成した事が、何か残っても、それらは全て無駄となる。私はもういないのだから。私が私を私だと思えない私など存在しない私に過ぎない上と下の境界線。存在しない境界線に存在する無の存在こそが私となる永遠の虚無。
虚ろ。
「死に……た、くないよ……」
だが、目の前の虚無はそこで晴れた。
「そうだ、お前は死にたくない。だったら俺達と契約して、魔法少女になるんだ」
「はぁ……ぇ?」
私は座布団の上に正座していた。私のすぐ前には小さなちゃぶ台、そしてそれを挟む様にして向かい側にもっと小さな少年(?)が一人。
小さいも小さい。目測でざっと二十センチほどじゃないだろうか。
目を丸くせざるを得ない状況に思わず私は目をぱちくりさせながらその光景を眺めている事しかできなかった。
オホン、と咳払いした小型の悪魔、略して小悪魔は私に対してもう一度こう言った。
「俺と契約して魔法少女になれ」
「命令形になった!?」
「いやあ、あまりにも驚いている時間が長かったからな。こっちも仕事でやっているんだ、死にたくないなら早く決めてくれ」
そうは言われても、だ。
「いや、ちょ、待って。その……状況説明とかは?」
「確かお前は、人間界で言う中二病の類ではなかったか? だとしたらこれぐらいのイベントは難無くこなしてもらいたいものだな」
「お、おう……まあ確かにそうだけどさ。うーん、私ってトラックに轢かれて死んだんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、ここはどこ?」
「ここは生と死の狭間にある『第0世界』だ」
何だかよく分からない単語が飛び出したぞ。
それにしても『ゼロ』なんてつく言葉はどうしてこうも格好いいのか。
「ん? ゼロセカイって何?」
「例えば、人間の住む世界を単位『世界』で表すとしてこの場合『1』とする。よって『1世界』だ。人間及び我々悪魔が観測し得る範囲では、『1世界』と言う無数に連なる平行世界の世界線を束ねロープ状にしたモノを管理する『2世界』がある。この『2世界』の存在そのものを我々は便宜的に『神』と呼び――
「分かった!! よく分かったよ!! うん!! だからもう黙って頭が痛いから!!」
「……まあいい。では改めてもう一度聞くが、魔法少女になるかならないか」
魔法少女になる。
それはとてもいい響きだ。しかしながら中学三年生にもなって魔法少女とはこれいかに。二年生ならまだギリギリいけただろうけれど、なんというかこのもう少女を名乗るには手遅れな私の年齢と世間体的に考えて丁重にお断りしたいのはやまやまなのだが……死にたくはない。
確かに私はトラックに思いっきり轢かれて死んだのだ。これでもかというくらいに。まだ体にはその感触が残っている。
「ねえ、その魔法少女ってのは何するの?」
「我々悪魔は訳あって『1世界』を支配しなければならない。その為には人間界を守るいわゆる『正義の味方』が邪魔な訳だ」
「ソイツ等をばったばったと倒していく?」
「そうだ」
「そうかぁ……ふふ」
少し興味が湧いてきたかもしれない。
しかし待てよ今こいつは人間界を支配するとか言っていなかったか。
「人間界支配しちゃうのかぁ。それはちょっとなんかな……ちなみに倒すってさ」
「殺すという事だ」
訊こうとしていた事をさらっと答えてくれる辺りこの小悪魔はかなり真面目なのだな。
しかしそれにしても殺す……殺すかぁ。
「うーん……」
「覚えているか、それはお前が小学二年生だったころの、夏の話だ」
「ん? どしたの急にさ……小学二年生って言えば……あ」
むせ返るような薄汚いおどろおどろしい部屋の中には正視に耐えがたい肉塊どもの正視に耐えがたい肉が私を汚し、聞きたくもない汚声、見たくもない汚物。そこは地獄。窓もない光もない引き裂かれる肉人形に意志など要らずただただ引き裂かれるだけの存在である私の体に刻まれる無数の傷痕の残った私の体はもう戻らない追憶は記憶は最早汚物思い出す事すら許されない忌億など何故思い出しているのだろうか。
私は……あの時、誰に何をされていたのだろうか?
複数人の男達に誘拐されたのだろうか?
心身ともに文字通り擦り切れるまで犯され続けたのだろうか?
異常な性癖の人間に肉の彫刻にされたのだろうか?
助けられた時には犯人はもういなかったのだろうか?
いや、そもそも、私はまだ誘拐されていたのではなかったか?
そうだ、助けたのも同じ汚物。
私を汚す汚い汚物。
だから私は死んだのか。
そうか、私は自分の意思で死んだのか。
私は中学などに行っていなかった。お金はアイツ等から盗んだものだ。制服もアイツ等が私に着せていたものから適当に取って来たものだ。私はあのアニメが大好きだった。私にあるのはあのアニメのあの異常なあの異常なあの異常なあの異常だけ。
たった一つだけ叶えたかった、『自分でゲームを買いに行く』。それが叶った私はほんの一瞬だけでも満足していたのだろう。
「ああ……そうかぁ、私自殺したんだっけ。忘れてたぁ」
「そうだ。お前は自殺した。この世全てを憎んで、恨んで、死んだ。そんなお前が何に同情しようか? 何に情を移そうか? お前がやるべき事は復讐する事ではないのか?」
そうだ。
私はそうするべきだ。
人間に復讐するべきだ。
誰も助けてくれないのなら、私が自らを助けなくてはいけないのだ。そんな私の心を慰める為には私を慰めてくれなかった人間を殺す事だけなんだ。
「分かった、じゃあ私今から魔法少女ね」
「よろしい。では契約書にサインを」
「おう……意外と現代的だね……」
「一応仕事だからな」
@
「あー楽しい!! いっひひきひははははひゃはははははひゃひゃひゃははッ!!」
「笑い方すげえな……」
血の雨。雨。この身に降り注ぐ赤い雨。これらは全て綺麗なもの。汚い肉でも血は綺麗なもの。部屋の中が赤く染まる。美しい赤に染まるのだ。むせっかえるような鉄の匂いが心地いい。べたつく血のさわり心地は素晴らしいものだ。
「ああ……我慢できない。自慰したい」
「ここではするなよ」
「えーなんでー」
「いや……なんでって言われてもな」
「明確な理由がないならいいじゃんかー。やるよ? もうやっちゃうよ? 実は私今日パンツ穿いてないんだよ?」
「穿けよ!! パンツは穿いとけよ!!」
「うっそぴょーんなんて言うと思ったか!! 本当に穿いてないぜはっはー!!」
ん、おっと。誰か来たようだ。
「おい、なんだよ窓の赤いのは。おい、何があった――なん……なんだ、これ。……ああああああああああ!?」
「びっくりしちゃうよねー。でもねー、五月蠅いんだよねー」
「ァ゛――ッッッ!?」
漆黒の刀身がするりと口に入り込むとその喉を貫通した。男の眼は見開かれて今にも零れ落ちそうな眼球が涙を流しながらこちらを見ている。
「眼球って……何グラムあるんだろうね? それじゃ今から理科の授業をしまーす。じゃあまずは顔を固定しましょうねー」
取り出した金具と釘と金槌。金具で顔を押さえ付け、本来ネジを通すところに釘を入れる。顔を貫いた釘は、金具と顔を固定する。その金具の反対側についている穴を壁に当てて同じく釘を通し壁に固定する。顔の左右に取り付けて、顔と壁を固定した。
「さて……金具と刀で固定してるとはいえ、動くと……今よりも痛いよ?」
無様な泣き顔を晒す男は震えるだけでなんの反応も返さない。恐怖で硬直しているのだろうか。私はそれを肯定と受け取って、取り出したピンセットとスプーンとペンチを出現させる。何を使えばいいのかは分からないがとりあえず眼球を傷付けないように取り出す事が先決なはずだ。
「そーっとそーっと……あーこらこら動いたら痛いでしょ。あ、ごめんごめん既に痛かったかなあ」
「や、やめろ……やめてくれ。なんで、こんな……」
「は? お前がやったことだろうが。見ろ私のこの顔を!! 分かるか? 今でも潰れた眼球の感触が眼孔の中にこびりついている……見ろ眼孔を!! 私の腕も私の内臓も……返して!! 返してよ私の左腕ぇ!!」
私の眼は片方がもうない。こいつらに遊び半分で潰されたのだ。とても痛かった。死にたいくらい痛かった。でも私の口は拘束されていて、舌を噛み切れなかった。
私は左腕がもうない。こいつらに木材として切断されたのだ。とても痛かった。私はその腕を食べさせられた。泣き叫ぶ私の顔を押さえつけて、ぶちぶちと千切れる音が口の中で広がって。
私の大腸はボロボロだ。アイツらの汚物を流し込まれて。ガラス片を入れられて。内側から破壊されつくした。
痛かった。痛かった。いたいいたいいたいいたいいたいいたいよ!!
「まあ、それはもう今となってどうでもいい事だよね。とにかく今はよっと……よし、こうか、いや違う……こうだな、あー、おー、そうそうそうその調子で頑張れ私ー……よし取れた!! おぉーっとっとっと意外と重いねぇ」
何かしらの粘液でべとべとした眼球を持っていると意外と重いものだった。
「あ、そう言えば秤がない。マクア、魔法で出せたりしない?」
「できない事もないが魔力が勿体ないのと面倒臭い」
「チッ、じゃあ仕方がない。ふん!!」
握りつぶした。
よく分からないものが溢れだした。
キモチイイ。
「もー飽きたなー。ねえ、辞世の句とか、詠んでみる?」
「し、死にたくな――
「あ、やっちゃった」
眼球を握りつぶしたままの手で、私は男の顔面を叩き割った。それはもう空手の選手が何十枚にも積まれた瓦を上からたたき割るかの如くの要領で綺麗さっぱり頭骨も何もかもかち割ってみせた。
本当は今から拷問を始めたかったのだが……ムカついたから是非もない。
「これで全員か?」
「多分ね。あー、殺った殺った。じゃあ帰ろうか、マクア」
「ああ、そうだな」
私達はその部屋を後にした。