第一章 : 魔王と天使と、時々、炎剣
「やっぱり森ごと消せばよかった……」
白昼、雑草が生い茂る森を黒コートに黒ズボンという格好で歩きながら、ひどく後悔していた。
そもそもこんなところに骨董屋などあるのだろうか。仮にあったとして、そこの店主は相当変わり者だろう。店への道くらい整備しておけ、ド畜生が。
人間の国で聞いた噂を信じてわざわざこんなところまで来た私も変わり者だが。
私は別に買い物をしに骨董屋に行くわけではない。
最近、人間たちの間で噂になっている『封魔石』を回収しに来たのだ。
噂ではそれは全部で4つあり、それぞれに四大精霊が封じられているらしい。そして4つすべてを集めると魔王を倒せるだとかなんとか。
私は人間に危害を加えるつもりも、世界を支配するつもりもないんだけどなあ。それどころか一緒に暮らしているし。
昨日だって子供たちに紙芝居をしてあげたり、一緒に鬼ごっこをしたりしたし。楽しかった。
人間たちは私が魔王だと気づいていない。
私は魔王になるつもりはなかったのだけれど、魔物の凶暴化が進んでいるのも王国の空に黒雲が立ちこめているのも私のせいだろうしなあ。
そう、魔王と名乗る者は現れていないが、魔物による被害や空が晴れないことを、人間たちは魔王の仕業だと口をそろえて言うのだ。
本当は魔王なんかのせいではなく、私のせいだと思うのだが。
魔王に怯えて暮らす人たちの顔を見るのもつらいけど……言い出しにくい。
もう、『COします、私魔王です』ってか。それこそCOで縁を切られておしまいだ。
まあ、半世紀ほど人間と暮らしたら2世紀ほど身を隠してバレないようにしているわけだから、多少身を隠すタイミングが早まったと考えればそれほど問題ではないが。
いや、問題だ。明日は子供たちと新しい遊びをするんだった。
『リフォおにいちゃん! あしたはゆうしゃごっこしよ~』
『おにいちゃんがまおうだからね!』
『いいよ~。あと私はおねえちゃんだからね~』
うん、いつになったら『おねえちゃん』と呼んでもらえるのだろうか。いくら胸がないとはいえあんまりではないだろうか。あれか、わざとか。
まあそういうわけで、人間には申し訳ないが縁を切られるつもりはないし、死ぬつもりもない。
私が平和に子供たちと遊び続けるためには『封魔石』は邪魔なのだ。
森ごと消してしまってもよかったが、『封魔石』がどのような代物かわからないうちは手を出さない方がいいだろう。
本当に私を倒せるだけの力がそれにあるのならば、それはきっと使い方を誤ればこの星そのものも滅ぼしてしまうだろう。見事な自画自讃だと自分でも思うがそんなことはどうでもいい。そんな代物に膨大な魔力をぶつけたらそれこそ世界滅亡の危機だろう。
この森を消さなかった理由はもうひとつある。
この森は『エデンの森』と呼ばれていて魔物が全くいないのだ。そのため、この森は子供たちの貴重な遊び場となっている。
もちろん森の深部に行くことは禁じられているが。
万が一、森で遊んでいる子供がいたら無事では済まないだろうし、貴重な遊び場を奪ってしまうのも忍びない。
全く人の手が加えられていないこの森を私が頑張って進んでいるのはそういうことなのだ。
ここ、『エデンの森』はその名前のとおり、様々な動物がそこに息づき、多種多様な植物が大地に根を伸ばしている。
道が整備されていないことを除けばごく快適である。
確かに誰か住んでいるかもしれないが、こんなところに骨董屋を開いている店主はやはり変わり者だろう。できれば会いたくない。
手早く『封魔石』を回収して、どこか人間の手の届かない場所に隠してしまったほうがいい。
店主の不在を願おう。もしくは物分かりの良い人だと助かるのだが。
もし厄介なことになりそうだったら、口封じとして店主を消してしまったほうがいいだろう。こんなところに店を開いたのだから自業自得だ。
さて、もうすぐで到着だろう。私の勘がそう告げていた。
「ぐぐぐ~、と~ま~れ~!」
そのころ、『エデンの森』深部で白翼を生やした何者かがなにかとかくとうしていた。
「ルビのいうことをきいてよ~! もう~!」
どうやら、なにかは持ち主の言うことを聞いてくれないらしい。
「どうして急に回り出したのよ~!」
なにかは回転しているらしい。
そして。
「あっ! どこ行くの~!? 待って~!」
なにかは持ち主を無視してどこかへ飛んでいった……。
おかしいな、私の勘がそう告げていたのに。
あれからさらに奥へ進んだのだが、店に着く気配は全くなかった。
「う~ん、勘が鈍ったかな~」
少し歩き疲れたのかもしれない。きっとそうだろう。
リフォは自分をそう納得させて、ちょうど目の前にあった切り株に腰を下ろした。
「しかし、ちょうどいいところに切り株があったもんだ。ん? 切り株?」
人の手が加えられていないのならば切り株などあるわけがない。
つまり。
「近くに人が住んでいる……?」
さらに切り株をよく見てみると断面から樹液が出ている。
つまり。
「この木は切られたばかりで、切った誰かはまだ近くにいる?」
大収穫だ。その人を探して店の場所を聞こう。
あわよくばその人に骨董屋に行ってもらって交渉してきてもらおう。できれば店主には会いたくない。
まあ、その人が店主そのひとである可能性もあるが。
ともかく、大声を出せば気づいてくれるかもしれない。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「おーい! 誰かいますかー!?」
声が森に木魂する。
返事は……なかった。
「う~ん、おかしいなー、誰かいると思ったんだけど……」
そうぼやいたときだった。
ただならぬ気配が超スピードでこちらに向かっているのを感じ取ったのは。
「なんだ……? なにかがこっちに……」
遠くからなにかが近づいてくる。
赤くて、燃えてて、なんか回転してる……。
剣……?
炎の剣が回転してる。そしてこっちに向かってきてる。
ヤバい……!
あれはヤバい。鈍ったはずの私の勘が警報を鳴らしていた。
もう目の前まで迫ってきている。避けるしかない……!
「ちっ!」
しゃがんですんでの所で躱せた。
剣はもの凄いスピードで頭上を風を切って飛んでいった。危なかった、もう少しでハゲるところだった。
「なんだったんだ……? てかあれはそもそも何だ?」
当然の疑問であろう。いきなり殺されかけたのだから。
しかし。
(あ……なんかまたこっちに向かってきてるな)
剣が飛んでいった方向を観察していると、どうやらまたこっちに向かってきているようだった。
剣は疑問に答えようとせず、ただ私を殺そうとしているようだった。
剣が疑問に答えてくれるわけもないが、あまりにも理不尽だった。
「もし持ち主を見つけたら半殺しにしてやる……!」
そう固く決意したリフォは詠唱を始めた。
自分でもなかなか怒らないほうだと思っている。
が、流石にこれは怒る。理不尽にも程があるだろう。
「いい加減に……しろっ!」
詠唱を終え、再び舞い戻ってきた炎剣に飛び込み、拳を振り下ろした。
魔法で強化したとはいえ、燃える剣を素手で殴るのは少々無理があったか。
右手を少し火傷してしまった。ひりひりする。
「ふ~、なんとかなった……」
炎剣は地面に突き刺さっている。
回転はもうしていないが、相変わらず燃えている。
よく観察してみたらこんな武器は滅多に無い、きっと神話クラスだろう。
ともすれば、きっと持ち主も神話クラスの人物なのでは?
もう封魔石とかどうでもいいからその方にぜひ会ってみたい。
「や、やっと追いついた……!」
ん、誰か来たみたいだ。この剣の持ち主だろうか。まさしく願ったり叶ったりだろう。
とりあえず、確かめるために声をかけてみる。
「すみません。もしかしてこの剣、あなたのですか?」
白系統でまとめられた服装の、いかにも天使というような白翼を背中に生やしたその人は、やや困惑した顔で言う。
「……えっ。えっと、もしかしてルビのことですか?」
なんか違う。想像と違う。もっと奥ゆかしい方だと思ってた。いや、そもそもこの人は関係ないのだろう。たまたま、ここを通った迷子かなにかだろう。まあ、翼が生えているから迷子ではないと思うが、飛ぶという発想ができないのだろう。アホそうだし。
「え~と、やっぱりなんでもない──」
「そうですよ~! この剣、ルビの自慢の炎剣なんです~! 急に回り出したからどうしようかと思ったんですけど、なんとか止まったみたいでよかったです~」
マジか。こんな奴が持ち主なのか。私も見る目がなくなったな。もしくはこいつが嘘をついているのか。
なんにせよ、なんか……剣がかわいそうである。
「も~勝手に飛んでいっちゃダメでしょ~! めっ!」
かわいそうである。地面から抜かれた剣が叱られている。剣が泣いているぞ、というか痛々しくて見ていられない。
私がそんな感じで嘆いていると、向こうが勝手に自己紹介を始めた。
「あ、自己紹介まだでしたね~。私“ルビ”っていいます!」
お前の名前なんて私にはどうでもいいのだが。
しかし、無視するわけにもいかないので一応名前だけでも名乗っておこう。
「ん……“リフォ”だ」
「は~い! リフォさんですね~。可愛い名前ですね~よろしくです~!」
なにが『よろしくです~』だ。こっちはお前のせいで先ほど死にかけたんだ。謝罪する気がないのなら、金塊のひとつでも出してみやがれこんちくしょう。
ルビはこちらの顔色など気にせず、明るい声で話しかけてくる。
「リフォさんはこの森に住んでいるんですか~?」
「いや、普段はここから東にあるブルニス王国で暮らしてる。今日はこの森の骨董屋に用があったんだけど、全然見つからなくてね。もし場所を知ってたら教えてくれるかな?」
まあ、いっか。本来の目的である骨董屋の場所さえわかれば。
そんなふうに気楽に考えていると。
「タ……サレ」
「ん、どうかしたか……?」
ルビの様子がおかしい。なんか変なこと言ったかな?
「タチサレ! イマスグ! ココカラ!!」
は?
急に人が変わったみたいだ。
さっきの、のほほんとした口調はどうしたんだ。
「モシ……タチサラナイノナラ……!!」
物騒なことを口にしている。明らかに穏やかな雰囲気ではない。
「落ち着け。この森を壊したりしないし、骨董屋の人にも手を出さない。私はただ買い物に来ただけで──」
「10……9……8……」
なんかカウントダウンが始まっている。
ルビは本気だ。本気で私を排除するつもりだ。
なら仕方ない。殺さない程度に攻撃しておとなしくさせるしかない。もともと半殺しに するつもりだったし、ちょうどいい。
「3……2……1……」
ルビはあの炎剣を構えていた。
私は武器を持っていないので素手で構えるしかなかった。
あの燃える剣を持っていても平気ということは、やはりルビは正真正銘、剣の持ち主なのだろう。
「ゼロ!」
カウントダウンが終わった瞬間、ルビは剣を振り上げ真っ正面に飛び込んできた。
さっきと同じ魔法が有効かどうかはわからない。でも、やるしかないだろう。
「ヤアアアア!!」
一振りひとふりに殺気がこもっている。一瞬でも気を抜けば我が半身とオサラバだろう。
剣が大きいだけあって攻撃スピードはそんなに速くない。避けるのはそれほど難しくなかった。
しかし、こいつはいったいどういうことだろう。
なにかしらのスイッチが入り、凶変してしまったようだが。
考え事をしながらしばらく避け続ける。
すると。
「さっ……きカラ! よけてばかりじゃ……ないですか!」
口調が落ち着いてきた……?
まだ殺気はあるが……息を切らしている。もともと体力はそんなにないのだろう、初めて見たときもだいぶ疲れているようだったし。戦い方も剣に振り回されているように見える。
これならば私が手を出さなくても勝手に自滅してくれるだろう。それまで攻撃を避け続ければいいだけの話だ。
「ばかに……しないで下さい!!」
こちらの考えに気づいたのか、ルビの顔はさらに険しくなった。
そして背に生えた白翼を大きくはためかせ、風を起こす。
風は炎剣の炎を取り込み、炎風となって逃げ道を無くしてゆく。
まずい、横と後ろは炎の壁、正面は炎の剣が待ち構えている。もう逃げ続けるという選択肢は無くなってしまった。本体を叩くしかない。
ちょうど詠唱が終わったところだし、やるか。
「これで……終わりです!!」
「すまない、少し……眠っていろ──!」
炎剣を大きく左から右になぎ払うように一閃させて飛び込んできたルビに、私は腹パンを食らわせた。これで十分だろう。
「あ……う……」
ルビは呻いた後、うつ伏せに倒れた。
息はしているので死んではいないだろう。しばらく起きることもないだろうが。
炎風は止み、熱さも次第に薄らいでいった。周りを確認してみたが、森が焼けたような痕は見当たらなかった。あの剣の能力なのか、森が特別なのか、はたまたこいつが特殊な結界を張っていたのか。こいつが起きるまで答えは闇の中だが、別にそんなことに興味はなかった。問題は|なぜこいつがいきなり凶変したか《・・・・・・・・・・・・・・・》だ。記憶を辿ると、こいつが凶変したのはブルニス王国と骨董屋のことを私が話した直後だ。つまりはそのどちらか、もしくはその両方が地雷だったわけだ。こいつがなんでエデンの森に居たかも関係しているかもしれない。
本人に聞くのが一番手っ取り早いが……また暴れられたりしたら面倒くさい。縛っておくか、ちょうどロープも持ってきているし。
「これで……よしと!」
最初は手足だけ縛るつもりだったが……楽しくなってつい亀甲縛りまでやってしまった。最近覚えたからどうしても試してみたかったのだ。許せ。
「ちょっとだけ……疲れたな」
主に戦闘にではなく、縛ることに体力を使ってしまったおかげで疲れてしまった。
こいつをこのままここに放置するわけにもいかないし、起きたらいろいろ問い詰めたいし、そもそも骨董屋の場所を聞いてないから帰るわけにもいかない。日も落ちてきたし、今日はここで野宿しよう。魔物がいないから、ぐっすり眠っても問題はないだろう。ルビはしっかり縛っているし、闇討ちされることもないだろう。
「明日、ゆうしゃごっこできるかなあ……」
子供たちと交わした約束を、明日守れるかどうかだけが不安だったが。
「ま、なんとかなる……はず」
やはり少しだけ不安だったが、魔王──リフォはそのまま近くの木に背をあずけ、夢の中へと旅立っていった。




