序 章 : 開店準備
魔王は平穏な毎日を望んだ。
勇者は現世への帰還を乞うた。
魔女は神への復讐を誓った。
天使は主君の幸福を願った。
神は楽園の復活を求めた。
そして──骨董屋は、少女は祈り続けた。
望み、乞い、誓い、願い、求め。
それぞれの想いが、絶望の闇に染まることなく、夢と希望で彩られた結末を迎えられるように。
少女は──祈り続けた。
はじめての下界、はじめてのひとり暮らし。
そして、はじめて持つ自分のお店。
「ときめきがとまりませんな~にひひ」
フィロは様々な『はじめて』を思い浮かべ、ひどいにやけ顔を晒していた。
だがそれも無理はない。なぜなら今日、退屈な天界暮らしを卒業して地上で骨董店を開けるのだ。
「まったり気ままにひとり暮らし~」
「…………」
無言で準備を手伝う天界の使いを気にせず、私はこれからの暮らしに思いを馳せて上機嫌に口ずさむ。
「でも森から出られないのはやっぱり嫌だな~」
「…………」
そのまま愚痴をこぼしてみる。
それで少しでも条件がゆるくなるといいな、と思ったがお手伝いさんからの返答はなかった。それはそうだ、お手伝いさんは所詮お手伝いさんなのだ。条件を軽くする権利など持っているわけがない。
「骨董店は何を売るお店なのかな~?」
「……骨董品でしょ」
え……しゃべった。まじか。しゃべるのか、このお手伝いさん。私より背が高いくせに。なぜ私はこんなに背が低いのか、ちくしょう。
正直今まで、会話厳禁なのかと思って話しかけなかったけど会話しても良かったのか。
「できればずっと地上に居たいな~」
「…………」
あれ、また無口に戻った。
そうか、『条件』に関することは話せないのか、なるほど。
そう、残念ながら『エデンの森』の中で『1000年』だけしか私は地上にいられないのだ。
厳しい条件だけど、地上でひとり暮らしができるのだから文句は言えない。
これ以上わがままを言うと今までの努力が無に帰す。
「準備終わりましたよ」
うわ、びっくりした。しゃべるならしゃべると言ってからにしてくれ。
ともかく、準備は整った!
「よし! “骨董店ヤーサス”オープンだ~!」
「では私はこれで帰りますね」
「えっ!?」
「えっ」
お手伝いさんは結局帰ってしまったが、もとよりひとり暮らしをするつもりだったのだからOKとしよう。
帰り際に美味しいお茶をごちそうしてくれたし、悪いやつじゃなかったかな。
「う~ん、さすがに疲れたな~。ちょっとだけ休むか~」
はじめての下界、はじめてのひとり暮らし。
そして、はじめて持つ自分のお店。
彼女は期待に胸を膨らませ、まぶたをゆっくり閉じた。
彼女──フィロは、最初の客が1000年後に来店するそのときまで目覚めることはなかった。