第四幕・“甘ったれんじゃねぇ!”
「...は?」
隼風はもう一人の隼風に言った。
「杏ちゃんは━━杏は交通事故で死んだんだ!俺のせいじゃ...」
「でも、杏ちゃんは今も苦しんでる!お前のせいで!死者の気持ちなんぞ分からない人間に何が分かるんだ!」
隼風はもう訳が分からなかった。
もう一人の自分が目の前に立っており、何故か説教までされ、おまけにクズ呼ばわりだ。
「何が...だよ...」
「杏ちゃんは死んでも、来てたんだよ!あの椛の木のところで!約束通り!」
今度はもう一人の隼風に胸ぐらを掴まれた。
「約束を破って、何が俺のせいじゃない、だ?調子乗るのもいい加減にしろ!」
「うるせぇ!」
流石の隼風もここまで言われると、反論するしかなかった。
「てめぇこそ、死人の気持ちが分かんのかよ!てめぇこそ、調子乗んじゃねぇ!」
隼風も胸ぐらを掴んだ。すると━━、
「...あは、あははは━━」
突然、もう一人の隼風が笑い出した。
「!」
隼風は何故か怖くなった。
「いやー、死者の為にここまでやきになるとは...」
もう一人の隼風は、呆れたような目つきで隼風を見た。
隼風は目を見開いた。そんなことが言えるのかと。
「...というか、お前は俺が誰か知ってんのか?」
隼風はしどろもどろになった。そういえば、怒りに我を忘れて、相手の正体など気にもとめなかった。
「はぁ。お前の刀の名前は?」
「!?お、お前...まさか━━」
「そう。お前の契約した、反逆霊」
隼風は素直に驚いた。反逆霊の姿など、見たことが無かった。いや、正確に言うと“存在しない”と言った方がいい。そして━━、
「知らなかったのか?
反逆霊は契約した人物と同じ姿になる、ってこと」
━━契約後、契約者と同じ見かけへと姿を変える。
反逆霊は、再び呆れていた。
「それじゃあ...お前が...時流喜代信...」
隼風が、刀の名前を呟いた。
「なんだ。覚えてんじゃん」
「覚えてはいるよ。濃霧 時流喜代信。それがお前の名前」
隼風は何故か一気に力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「...話を戻すけど、お前、死者のことを悪く言うと、怒ったな?」
反逆霊━━もとい、喜代信が隼風に向かって言った。
「そ、そりゃあ、そうだろ!」
当然とばかりに、隼風は答えた。
「なら聞くが、霊は元は人間だぞ?」
「...え?」
「霊は、この世に恨みを持って死んでいった人間の末路だぞ?お前は人間“だった奴”を殺すんだぞ?」
隼風はこのことは初耳だった。
霊の正体が人間、しかも恨みを持って死んでいった者の末路など、誰が考えつくだろうか?
「悪いが、人間だった“なら”殺せない、なんて言うなよ?」
喜代信が、隼風に言った。
「お前がこれから行く道はそういうところだ。死者は“たかが死者”の世界だ。出て当たり前の世界だ。横で同士が死ぬかもしれねぇ。それで一々泣き言言うのか?甘ったれんじゃねぇ!」
喜代信が怒鳴った。
━━辛いとはそういうことか。
隼風はそう思った。
頭の中では、とうに気付いていたはずなのに...なのに...。
「心がついて行かねぇ...」
隼風は半泣きになりながら、呟いた。