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98 信仰無き物あさり

 天文二十三(西暦1554)年。

 三河経略(けいりゃく)傾倒(けいとう)する今川義元(よしもと)意表(いひょう)を突く形で、北条氏康(うじやす)駿河(するが)を攻めた。


 本来この戦は、今川の軍師・太原(たいげん)雪斎(せっさい)の活躍によって防がれる。その後、武田信玄を加えた甲相駿三国同盟によって、和平が結ばれ、収束することとなる。


 だがそれは、この世界での話に過ぎない。

 SNoWのストーリーにして数あるメンブレンの一つ、『終わらない戦国』編では、『隠密の統領、死ノ杜』たちの暗躍により、雪斎は事前に亡き者とされてしまう。

 結果起こるはずのなかった大決戦が発生してしまった。



 大軍師不在となった今川軍は画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くものに他ならなかった。しかし甲駿同盟を結ぶ信玄が義元を支援し、氏康はかえって窮地(きゅうち)に立たされる。


 そんななか、大逆転の一手を考案したのが、偶然その場に居合わせた蘇芳(スオウ)と名乗る少女だった。

 氏康は先々代・早雲の教え、先代・氏綱の遺言をよく守る男だった。それもあって、優れた兵術(アイディア)をもつ者には、貴賤(きせん)などはばからず直接話を聞いた。

 スオウは身元もわからない、薄汚れた子どもにすぎなかったが、氏康はスオウの考えを気に入り、実行に移す。

 結果勝てないまでも、見事、窮地を脱したのだった。



 ――ここまでで済めば、スオウは知略でのし上がった戦国のシンデレラにもなったかもしれない。

 だが物語は、さらに続く。



 その後スオウは北条家の家臣となり、たびたび功績をあげた。

 一方で無作法(マイペース)さが、他の家臣の顰蹙(ひんしゅく)を買うことも多かった。

 いつも団体行動を乱し、物あさりのように汚い格好を正そうともしない。

 それでいて実績をあげることへの嫉妬(しっと)もあった。つねに非難の的だった。


 スオウもまた、仕えるほどに不満を(つの)らせていった。

 周囲の声など一切気にしていなかったが、段々とそれが軍略に影響してきたことが、我慢ならなかった。

 軍評定(作戦会議)の際、氏康はしばしば多数決を重視していた。その際、『スオウの意見だから』という理由だけで反対する家臣が、少しずつ増えていった。

 結果彼女は無視され、凡百なものが通されるようになっていった。


 あるいは幼き才気が、後年になって小田原評定と揶揄(やゆ)される体制の予兆さえ、感じ取っていたのか。

 いづれにせよ後北条の中で、彼女は次第に浮いた存在になっていった。





 焔村の手元に来たスオウは、そんな日々の中で、創世導師の座に招かれた。

 甲駿同盟対後北条の戦いから、一年余り後の姿の投影である。

 第七回スクロールカップの一か月前、やはりSNoWのパック開封を通じて、二人は出会った。


「ちこう。。。よれ」

「え……、僕の手の中にいるじゃないですか」

「かしが。。。食べたい」

「チロルチョコなら、ありますが」


 ただの気まぐれだった。

 焔村にとっては、コンビニで昼食を買うついでに、安売りのワゴンから1パック手に取っただけだった。

 SNoWは彼が気にかけているゲームの一つではあったが、決して熱心にプレイしていたわけではない。


 本当に偶然。

 なんとなくパックを()いたら、幼女と出会ったのである。


 

 その後スオウは、焔村に生きたFFの事情を説明した。

 平行世界のこと。自分が授かった特殊能力。

 その能力を、『源三位の狩衣』と名付けること。


「その幼さで、それだけの記憶力と説明力。スオウ、あなたはとても賢いようですね」

 焔村の最初の感想はこうだった。

 このとき彼は、SNoWのストーリーなど読んではいない。『終わらない戦国』でも指折りの天才であることなど、つゆほども知らなかった。


 早速ネットでデッキレシピを軽く集め、スオウを中心としたデッキを組みはじめる。

 週末、あえてそれなりに遠いカードショップへ足を運んで、『狩衣』に効力があることを確かめ、同時にSNoWの情報を集める。福岡選考会、スクロールカップのことを知ったのもこのときだった。

 わざとプレイングミスを混ぜ込み、負けることも忘れなかった。初心者ながらに勝ちすぎて、余計な噂を流されないための処置であった。



「おもしろい。。。これが幽世の娯楽」

 カードショップから出るころには、スオウもSNoWのルールを完全に理解していた。


(いや、かくりよって。ここは死後の世界ではないと思いますよ)

「??? ちがうのか」

(でもそういう解釈をしたくなる気持ちも、判る気がします)


「それで。。。大会出るの」

 駅までの道すがら。

 部活帰りの中学生集団が、ジャンケンでカバン持ちを決めているのが見えた。


(出ようと思います。国の一番を決める大会にこんな初心者が入り込んだら、悔しがる顔がたくさん見れそうだ)

「それは。。。痛快」

(おや、スオウもそういう考えを持つんですね)


 それまで四人分のカバンを持っていた男子がまたジャンケンに負けて、遅れながら歩きだす。

 三人よりもはるかに疲れている様子が見てとれた。


「ちからあるなら。。。上に立って当然」

 明らかに優れている自分の策を採用しない、後北条の人間が頭に浮かぶ。

 もと貧民であった彼女に、忠誠などない。当主はメシをくれるだけの男にすぎない。


 まして兵術の善し悪しも判断できない烏合(うごう)の衆は、いけ好かなかったし。

 たいていの人間は烏合の衆だ、とも思うようになっていた。


(じゃあ、決まりですね。僕と二人で、有象無象を蹴散らそうじゃありませんか)

「うん。。。それも楽しそう」


 駿河に陣を()き、意気軒昂(けんこう)だった武田軍の兵たち。

 彼らがスオウ自身の策によって出し抜かれると、心底悔しがっていた。

 あんな顔がまた見れるのか!

 そう思うと、スオウは自然と笑っていた。


「じゃあ。。。よろしくね」

参考文献(順不同)

石井進ほか「日本思想体系21 中世政治社会思想 上」より「早雲寺殿廿一箇条」岩波書店、1972

小和田哲男「北条早雲とその子孫」聖文社、1990

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