93 真の名の宿敵
「まだ覚えてるよ」
わずかに時間を遡り。
真っ二つになったカラーコーンに、バラバラになったパイプ椅子など。壊された物が散らばる会場の裏で。
背中を丸めながら、北田気源は訥々と話す。
「ぼくの7ターン目だ。焔村の場のカードが、急に入れ替わったんだ」
「なに言ってんだよ」口先でおどけてみせる中村。
「ああ。本当、なに言ってるんだろうねぼくは。緊張でどうかしてたのかな。場に突然、『兵糧庫増床』が出てきた。いや、それまでは、別のエポックに見えてたんだ。同じ青の5コスト、『哀縁奇縁』……なんでこんな、リミテッドでしか使わないような、取るに足らないコモンカードを入れてるんだ! そう思ったよ。でもそう見えたんだから、しょうがない」
「そうだな。しょうがない」
中村は口の中をなめる。殴られてできた傷。
「焔村の5ターン目に出てきてからしばらく、それは『哀縁奇縁』だった。まったく疑いもしなかったんだ。それがぼくの7ターン目、突然『兵糧庫増床』に変わったんだよ。当然ジャッジを呼んだ。でも彼らは口をそろえて、初めから『兵糧庫増床』だったと答えた。だからぼくの見間違いだったんだろう。よっぽどイラストが似てるってことも、ないんだけどさ」
はあ、と大きな溜息が出る。
「そのあとはタケシ、おまえの知ってる通りさ。しっかり集中できてたら、決して不利なマッチじゃなかったはずなのにな。幸運の波にも乗られて、このザマさ」
「気の毒、だったな。源」
北田気の肩を叩きながら、中村は考える。
「……もしかして、手札を見たときも、なにか見間違えてたとか、ありうるか」
「よしてくれタケシ! 考えたくもない」
「ああ、いや。わりい」
「でも考えてしまうんだよな。カードゲーマーってやつはさ」
力なく微笑みながら、北田気は額に手をあてる。
「まったくさ、あり得るよね。10ターン目に『糾弾』を撃ったとき、『旋回作戦』が見えてなかったとか。14ターン目に『小隊』から『野犬』を出したときも、『虚空蔵菩薩の再来』をなにかのプログレだと思ってたか判らないね。ああ、惨めだ」
「なるほど、アレだな。焔村はプレイングミスを誘う催眠術師だったらしいな」
「慰めてるつもりかい。もしそうだったとしても、二連覇するなら催眠術なんかに負けちゃいけないだろう?」
「おいおい……。嫌なこと考えさせて悪かったよ」
「たった一回日本一になったくらいで、調子に乗ってたんだろうな。ぼくはまだまだザコだったんだ」
「会場に戻ろうぜ。それでも三位だ。最後は快勝だったし、胸張れるって」
「人に合わせる顔がないよ。ここにいる」
座り込んでしまう北田気。
(しょうがねえ駄々っ子だよな、ったく)
蹴られた右脚をかばいながら、同じくしゃがみこんだ。
(アンネ、ジェローナを呼び出してくれ。焔村の能力に目星がついた)
「判りました! 頑張りましたねタケシ。いい子でしたよ」
(ガラじゃねえってば)
そのあいだに、ケータイで決勝の生放送のページを開く。
「あ、鮎川選手ッ! 何をやっているんだぁ~~~~~ッ!?」
直後、実況の大声がその場に響いた。
「なっ……!?」
それはちょうど、尭史が『獣脚の蹂躙、バークハード』を召喚したタイミングで。
すなわち第三者から見れば――それがどんな素人であっても――自ら敗北要因を作り出しているようにしか、見えなかった。
「タケシ、ローナが気づきま……どうしました? 顔がまっさおさおです」
「鮎川、あいつ何やってるんだ!? いや、マジでそういうことか――!」
◆
「やっ! やられたあああーッ!」
がばっと髪をかき上げる尭史。三人は驚いて顔を上げた。
「やべえよスオウ。上を行かれたぜ……勝てそうにねえ」
「諦めるのは早いわよ! まだ勝負は終わってない!」
ジェローナの言葉など聞こえていないらしい。
思い切りのけ反って、尭史はこう言った。
「オレとしたことがッ! せっかく手に入れた特殊能力に――名前を付けてねえッ!!」
「は?」
「このオレがッ!! オタクっぽさで負けちまったあああーッ!!!!」
「バカ。さえないオタク死になさい」
「なんでだよローナ大事なことだぞ。『源三位の狩衣』。これがオレたちが超える力だ。その真の名なんだ」
「だからなによ」
「でもオレたちには必殺技の名前がねえッ! 緊急事態だ!!」
「そんなことで大声出さないでよ」
すっと冷めた視線を差すジェローナ。だが尭史は動じなかった。
「おう、スオウ。オレもその名前好きだ。『源三位の狩衣』。技の名前に心を籠めるなんて、判ってるじゃんか」
するとスオウは目をキラキラさせて、焔村を見上げた。
「みつひで。。。彼奴は見所があるよ」
「ああ、ええ。良かったですねん? ゲーム再開していいですか」
ぶっちゃけ焔村も引いていた。
(なんで敵と判りあってるのよ……)
いまだ不満顔のローナ。
(まあでも、こういうことに目を向けられるようになったのも、重圧をいなせるようになった証拠、かしら。そこはいい傾向だわ。心配して損したのは心外だけど。とっても心外だけど)
「出遅れちまったもんはしょうがないな。ローナ、オレたちの能力の名前も考えよう」
(後にしなさいよそんなの。この後どうするの?)
(一本目は負けだよ。これはもう、どうしようもない)
尭史は実に、あっさりとしていた。
(3ターン分のテンポと四枚のカードを犠牲にして、ライフは5点しか削れてない。そのうえ相手の本領はここからとなれば、打つ手はない。本当は判ってるだろ)
(そんな!)と答えるが、続く言葉が見つからない。
(でも安いもんさ、ローナ。オレはこの『バークハード』で、後の二本を買う)
(のちの、なんですって?)
(一本目を布石にする。絶対にやらなきゃならなかったんだ。それが一度の負けだけで済むなら、重畳だよ)
(なによ、やらなきゃならないことって?)
(得意の勘は働かないのか。異能力バトルの経験はなかったと見たぜ)
なぜかクククと笑う尭史。
鼻につくドヤ顔をしながら、台詞をキメにかかった。
(決まってる。『源三位の狩衣』の定義域を見極めるんだ)




