87 想起横溢
馴染みつつあった控え室から、尭史は追い出された。すぐ片づけに入るから、ということだった。
代わりに手狭な個室があてがわれた。四人用のテーブルとイスのほかは、天井の換気扇くらいしかない。
地下であるため、窓さえない。実に殺風景な部屋だった。
「裏方の人たち、ずいぶんバタバタしてたわね」
部屋の違いなどまるで気にしない様子で、ジェローナが言った。
(タイムテーブルが入れ替わったって聞いたよ。今頃は三位決定戦をする予定だったけど、繰り下がったとかなんとか)
「そうなの?」
(なんでも、逆嶋さんが行方不明らしくて。ほら、準決の後どっか行っちゃっただろ)
「ほ、奔放なのね、あの人は」
(ってか、昨日オレ全然逃げきれなかったのに、どうやって消えたんだろう。目立つ服着てるのに)
「なあにそれ。どさくさに紛れて自分も逃げようって?」
(つまらない冗談だな)
ふう、と二人は同時に溜息を吐く。
(だから決勝戦は一時間後のつもりでいろって。さっき言われてたの、聞こえてなかったか?)
「ちょっと考え事してたの」
(そっか。じゃ、今のうちに備えられることは備えとこうと思う)
尭史は遠慮しているのか、それとも興味がないのか。あるいは決勝を前に、ジェローナの考えなど気にならなくなっているのか。彼女には判らなかった。
(逆嶋さんと戦ったときのあの空間は何なのか、だろ。あとセディアルはどうなったのか。結局焔村の目的は何なのか。スオウの能力は何なのか。なぜあんなデッキを選んだか……は、スオウの力と直結してるけど。考えることは山積みだ。他になんかあったっけ?)
「それを言うなら――」
そもそも尭史、焔村さんと戦うの? IDは?
そう言いかけたのを、なんとかこらえた。
「――前に組んでたっていう『スオウ』デッキの違いの話、聞いてないわ。あとはそうね、スオウの能力の反動や残弾数が判れば、戦略の幅も広がりそうだけれど」
(そういえばそうか。最初にデッキの話をした方がいいだろうな)
簡単にメモをとったあと、尭史はペンを玩ぶ。
(でも難しいんだよな、この手の話って。いくらローナ相手でも、この場で一から話したところで、判ってもらえないと思うんだよ。オレ自身、すべて言葉にできる自信がないし)
「論理的に難しいっていうより、観念的なのかしら」
(そういう部分もあるし、数学的だったり、戦術・戦略的な部分もある。ゲームスピード、環境論、個々のカードパワーなんかは、厳密な数値化とかできっこないしな。そのくせ確率論なんかある種、真逆だし)
くるくるとペンを回す尭史。
(デッキを組むだけなら小学生にもできる。強いデッキを組むには、知識と知恵と探求心と経験、そして数えきれないやり込みが要るんだ。こないだ、そこに人工知能が介入するってニュースも流れてた。それだけ高度で、難解だ)
「ディープ? ふうん」
(きっとこれからのTCGは、運営側が賢い人工知能を駆使して、ゲームのバランスを取るんだろうな。コンピューターが人間に先んじてデッキを組んで、超高速で大量のプレイをしてくれれば、バランス調整の負担は大幅に減る。強すぎるカードを刷ってしまうのを未然に防げそうだ……って、余計な話だな)
ジェローナは話の半分も判らなかった。彼女はまだパソコンやスマートフォンさえよく知らない。
ただ、はしゃぐように話す尭史の姿を見ているのは面白かった。
尭史はペンを置く。そしてラップトップを取り出した。
(構築論の話はやめとこうか。具体的なカードの話だけしよう)
言いながら、一枚のカードを画面に映す。
『無燈のシトー』(青)(1)
プログレ――天使
このカードが手札から召喚されたとき、あなたの系譜カウンターが10個未満なら、これを一つ得る。さらにあなたの墓地の、テキストに『系譜カウンタ―』を含むカード一枚を、相手に選ばせる。それを手札に加える。
BP2000 / HR1 / RV(テキストに『系譜カウンタ―』を含む)
(他にもあるけど、一番理解できないのは『シトー』だ。コイツを採用していないのは意味不明だよ)
「どうして?」
(一言でいえばカードパワーが高いから。制限も欠点もあるけど、2コストで系譜とハンドの両方を得られるのは破格だ。青赤『スオウ』だとハンドを得る手段も多くないし。コントロール同士のリソース対決になったとき、前半にこのカードを何枚通せたかが勝敗を決めることさえある)
「速攻相手に腐る、とかは?」
(いい着眼点だな。まあ劇的に効くわけじゃないよ。けど、系譜の連なりにこれといった2コスのプログレがいないから、普通に入ってくると思う。少なくともオレはそう結論付けた)
そういう意味では、と続ける。
(速攻対策を厚くするため、系譜と無関係のカ-ドを増やしてるなら、共感はしないけど納得はできたんだ。でもあいつのデッキで速攻に効くものなんて『破滅の扇動者』程度しかない。黒赤ゴーストアグロが強い環境で、どうしてああなるのか。これが判らない)
「じゃあその辺が、スオウが授かった能力を探るカギ、ってことで間違いなさそうね」
ジェローナは小首をかしげる。
(まあやっぱそうなるよなぁ)
どかっと、気が抜けたように上半身をもたれる。
「なによ、煮えきらないわね」
(いやさ。準決勝の『旋回作戦』と『虚空蔵菩薩』を見たとき、あいつらも同じ能力を持ってるんじゃないか、と思ったんだ)
「え、私たちと?」
ジェローナはきょとんとする。
「そんなことあるかしら。そもそも創世導師の戯れなのに、同じネタを使うなんて思えないけど」
(でもそう考えた方が自然な試合だったしさ。他に思い当たる超常がないし)
「それは、そうね」
(でも冷静に考えると、デッキトップ操作と『シトー』不採用とは結びついてこねえんだよなあ。やっぱ違うのかな。なんなんだ? アイツらの能力)
「……」
腕を組んでうなる尭史の顔を、ジェローナは見つめる。
漏れだす不満も、ワクワクの象徴に思える。
口うるさくはあるが、悩んでいるのがとても楽しそうだった。
まるで積み木を前にして、「どうやったらより高い城が作れるか?」と考える子どものように。
(尭史。できることなら、焔村さんと戦いたいんでしょう?)
静かに、ジェローナは思う。
(あなたは本当にカードゲームが好きだものね)
だがジェローナは、訊かない。訊けなかった。下手なことを言って、迷わせたりしたくはなかった。
静かに口の端をぐっと結ぶ。
(おい、ローナ。顔が怖いぞ)
いつの間にか尭史が、ジェローナを見つめ返していた。
「怖い顔してる、ならまだしも、顔が怖いっていうのは失礼じゃないかしら」
(いや、まあ。……訊かないでくれてるんだろ?)
「さあ? なんのことかしら」
(しらばっくれてんな、おまえ)
尭史はジェローナの眼を見続ける。ジェローナは逸らす。
(判ってんだよ、頭ではさ。ここで戦うことが、いろんなプレイヤーへの責任なんだ。見てる人へも、勝ってきた人へも)
尭史は淡々としている。
(月居には直接頼まれた。早崎さんなんか木彫りの熊付きだぜ。馬渡も伊豆浜さんも、本人なりに応援してくれてるんだろう、し)
いや違う、と呟いて。
(それも名分に過ぎないな)
尭史もふっと、視線を落とした。
(オレがやりたいんだ。オレが、あいつと戦うのを望んでるんだ。ぶつかってみたい。ワケのわかんねえあいつらと。タイマンを張って、オレたちの方が強いんだって、勝ち誇りたいんだ)
ジェローナはいつの間にか、尭史の眼を見ている。
(準々決勝までは、勝っても嬉しくなかったんだ。月居の言ってた通りだよ。全部が義務のようだった。階級が下の相手と格闘技してる気分、みたいなものもあった気がする。こんな勝ち方をしていいのかって、たぶん心のどこかで思ってたんだ)
けど、と言う口許が少しニヤつく。
(準決勝は違った。『腐敗物、アミィサ』で勝ちを奪いきったとき、本当に嬉しかったんだ。特殊能力をもつ者同士、同じ土俵で戦って、勝てたことが)
勝利の味を思い出すかのように、胸に手を当てる。
(許されるなら、もう一度、あんなゲームがしたい。たくさんのプレイヤーに嫌われて、運がどん底に落ちて、大好きなもうSNoWができなくなるってんなら、なおさら。異能混じりの、誰もやったことがないゲームがしたい)
いまや、ニヤついているのは口許だけだった。
(最後に最高のゲームを、楽しみたいんだ)
「尭史。私は言ったはずよ」
ジェローナは口を開かずにいられなかった。
「あなたを必ず優勝させる、と」
(判ってる。覚えてるよ)
「けど戦わないと決めるなら、それでもいい。命を救う決断だと、尊重する」
(ああ)
「あなたが覚悟を決めた戦いだもの。あなたが選びなさい」
ジェローナは前近代の、それも(元)盗賊の娘である。600万とか900万とかというカネの実感などない。価値も知ったことではない。
それでも野暮なことは言わなかった。愛する男が、肉親のために迷うだけの差額なのだ。それが判れば十分だった。
「すこし、落ち着きましょ」
ジェローナは笑顔を作った。
「外の空気を吸うのはどう? 中村さんたちを呼ぶのもいいかもしれないわ」
(中村呼ぼうか。いちおう、外には出るなって言われてるし)
尭史は目元を拭う。
「わかった。アンネに連絡してみるわ」
ジェローナがアンネシーラと念話しはじめる。
ふと尭史は手持無沙汰を感じて、ケータイを取り出して電源を入れた。
それから十数秒。
「う、をっ!?」
画面が点いてほどなく、急に飛び上がった。
「えっなによ」
「いや、伊奈から大量の着信が」
「ちゃくしん、ねえ」
(準々決勝終わってから何度もかけてた、のか? すげえことになってる)
「かけなおしたらいいじゃない」
(四人部屋だしこっちからはかけづらいんだよな、って)
言ったそばから、また電話が鳴りだす。
やや顔を強張らせながら、尭史は電話に出る。
「あっお兄ちゃん! やっと出た!」
その第一声は、こうだった。
「うぬぼれないでよ!」
※作中は2016年5月を想定しています。




