86 虚無の王
第七回を数えるスクロールカップに、二連覇を果たした者はいない。
これまで優勝した六人は、全員別人だった。SNoWはそれだけ難しく、また運も絡むゲームでもある。
それでも、あるいはだからこそ。
北田気源は本気で、二度目の優勝を狙っていた。
数か月を、この日のために費やした。
丹精こめて練り上げた新型の黒緑ミッドレンジは、仲間内で秘匿し続けた。握れば勝てたであろう大会も、今日のために勝ちをゆずってきた。
すべては再び、日本一となるため。
できることをすべてこなして、この戦いに臨んでいた。
――この、11ターン目。
『絡新婦』の一撃はまさに、夢の結実をもたらす翹首の凱歌を奏でる、はずだった。
それをしくじったのだ。
『国の微睡み』で先延ばしにされたのでもない。優勢の盤面を『大洪水』で元に戻されたよりもひどい。
勝利を確信したその瞬間に、手痛いしっぺ返しを喰らわされた。
しかもそれが、たった一度のドロー、それも今引きだと思うと、北田気はただ唖然とするばかりだった。
具体的にはファンもドン引きの露骨な変顔として表れた。
しばらく経ってハッとした北田気は、下唇を噛みながらもプレイを続ける。
不意にエースがやられたといっても、同じカードがまだもう一枚出ている。盤面は変わらず北田気に支配権がある。
『渡柄杓』に防御されつつもライフ4点を奪い、手札から『暴食の狩人』を召喚したところで、このターンを終了した。
「さあ、続く焔村選手の11ターン目。『連戦の祟り目』で次の攻撃を防ぐつもりのようです」
実況の声は、わずかだが落ち着きがある。
「黒緑ですと本体火力や鋭敏もちが無いため、続く12ターン目では、『リヒャルト』を絡めても焔村選手のライフを削り切れません」
解説は終始安定している。
「『スオウ』の解放15は覚悟しつつ半端ながら攻撃するか。それともここは我慢して、あくまで『絡新婦』による一発殴り抜きを狙うか。北田気選手の判断が問われます」
「マッチ上の相性としては、ここは攻めたいところでしょうか?」
「はい。すでに系譜カウンターは10個ありますから、これ以上試合を伸ばされるとFFの『スオウ』の特殊勝利達成も見えてきます。なので早く決着をつけたくはありますね」
ただ、と続ける。
「焔村選手の今の手札はわずか二枚です。そもそも系譜を紡いだり、攻撃を止める手段を持っていないと読むなら、解放15を避けて『絡新婦』での突破を狙うことも視野です」
「それぞれに裏目があるということでしょうか」
「そうなります。このように不安定な選択を迫られている地点で、すでにキングの優位が揺らいでいるとも言えますね」
その12ターン目、北田気は攻撃しないことを選択。『絡新婦』でのフィニッシュを狙うものの、返す焔村が全体火力を使用。『暴食の狩人』の強化に利用しつつも、『絡新婦』『アチェリ』はクローズ。
13ターン目、『暴食の狩人』のHRを6に伸ばすべく、『獅子心中の虫、リヒャルト』召喚を図るも、『足軽の陥穽』で打ち消し。『絡新婦』の復活には成功したが、またもや攻めきれずにターンが終了する。
「13回裏。焔村選手の系譜は12を数えていますッ。このターンもドローのみでターンを終了、北田気選手の14ターン目に入ります!」
「今度こそ攻めたいところですが……ああーっ」
「すぐに戦闘に入ったものの、『尾張の人質取り』で『絡新婦』またも攻撃できず! 焔村選手が一枚ドローと系譜を得たところで、ターン終了ッ!」
「系譜が13になりました。ちょっと、まずいですよ!」
「北田気選手も見るからに苦しそうですッ! 14回裏ッ! 焔村選手、タップアウトから再び『兵糧庫増床』ッ! もはや準備は整ったと言わんばかりッ!」
「あっでも北田気選手も負けじと『小隊』を撃ちましたよ!」
「これは焔村選手、通さざるを得ない! しかも一体は『強迫する野犬』ッ! 焔村選手の手札から落とすのは『大洪水』ッ! 首の皮一枚つないだァーッ!」
「ただ『兵糧庫増床』によるドローが続きます。油断はできませんね」
15ターン目、北田気は強い力をこめながらドローする。
その結果に渋い顔をしつつ、『絡新婦』で攻撃を宣言。
「これが成功すれば北田気選手の勝……、な、なんだァーッ!?」
対する焔村は。
『兵糧庫増床』の効果を発動すると、手札の一枚を高々と掲げた。
「あれは……まさかッ!」
実況の声は、観戦者すべての代弁であった。
「さっきは無かったのにッ! 焔村光秀ッ! また引いてきたのかあァッッ!!」
『虚空蔵菩薩の再来』(青)(青)(青)(4)
エポック
すべてのプレイヤーは系譜カウンターを七つ得る。
「まさかまさかああァァァッッ!! 焔村光秀、この男はッ! 『虚空蔵菩薩』を引き入れたァッ!!! 二十の系譜ッ!!! ハンデスも『絡新婦』も乗り越えてッッ!! キングから大金星を奪いとったァァアアーッッッ!!!!!」
「ま、またやった……のか!?」
熱狂する会場の中、尭史がひっそりと呟いたのをジェローナは聞いた。その目線はずっと焔村から動かない。
その焔村は丁寧にも系譜カウンターを七つ手元に置いて、合わせて二十個になったそれらをわざわざジャッジの手元に返している。
そうして勝利をものにした焔村は、放送席に座る尭史に向かって、口許を動かした。
だから、言ったでしょん? ――その唇は、きっとそう告げていた。
◆
北田気にとってこの一本目は、絶対に落としてはならないものだった。
サイドボーディングによって取り入れられた墓地対策を突破できず、ずるずると二本目も敗退。
前人未到の二連覇の夢は、ここで潰えた。
第七回スクロールカップの決勝戦は、鮎川尭史 対 焔村光秀。
五色『ジェローナ』コントロール 対 青赤『スオウ』系譜勝利。
TCGの歴史を覆す異例の決闘が、ここに決まった。
次回から最終章、決勝戦。
三年もかかってしまいましたが、なんとかここまで来れました。
どうぞ最後までお付き合いください。




