83 苦い真理
「な、んだ、って?」
うろたえた声が自然と漏れた。だが実際、ジェローナに訊く必要などどこにもなかった。
目の前には逆嶋がいる。逆嶋しかいない。
テーブルの上でふんぞり返っていたセディアルがどこにもいない。
さっきまでいなかったはずの審判が四人、ぞろっと机を囲んでいる。
観客は昨日よりも、準々決勝よりも増えている。
見間違うはずもない。セディアルも、あの空間も、どこかに消し飛んでいた。
「じゃあ、閣下は? セディアル、には」
それでも頭が追い付かず、尭史はうろたえた声を出す。
「大丈夫ですか、鮎川選手」
手近な審判が尭史の肩を揺らしてくる。
「終了時にカットインがありますか?」
「あ、えっと」
とっさに手のひらを見せながら、ジェローナに念じる。
(とりあえず、試合はまだ終わってない。最後だ、『高輪の御子』を持ってきてくれ)
『高輪の御子』(8)
プログレ――天使
あなたはゲームに敗北せず、対戦相手はゲームに勝利できない(この効果が発揮されている限り、あなたのライフが0になったり、デッキがなくなったり、いづれかの対戦相手が特殊勝利条件を満たしたりても、ゲームを続行する)。
BP5000 / HR5 / RV
「ええ、はい。これでいいの?」
(ああ。ダイスを振れない以上、逆嶋さんは『首狩り陣形』や『永訣と進軍』がロクに使えない。ならもう、こいつを除去する手段がないはずだから)
そして尭史は、なんでもありません、と言って、何食わぬ顔でプレイを続ける。
その後のゲームは実際、尭史の言葉通りに運んだ。
逆嶋は返しのターンに『マントルよりの巨人』、その次には『偶奇待ちの探索』とプレイするものの、ダイスは1の目しか出ない。
そしてさらに続けて、二枚目の『永訣と進軍』をプレイした後。
「投了や」
逆嶋はただはっきりと、そう宣言した。
手元のダイスはそれぞれ、1・1・2。
どのみち返しのターンで、尭史に殴りきられるまでに、ライフが減っていた。
「ありがとう、ございました」
拍手に包まれる中、尭史はおずおずと右手を差し出す。
「覚えとれ、クソ童貞。900万の復讐は必ずしたる」
「それは、オレとまた闘うまでSNoWを続けるということですよね」
「ホンマに腹立たしいわ」
いったい何が、腹立たしいのか。
尭史はそれを尋ねたかったが、逆嶋は尭史の手をバチンと叩くなりさっさと席を立ち、その場から去ってしまった。
解説者が「逆嶋さん、行っちゃいましたね」などと言い、もたつく中。
(逆嶋さん、けっこうすっきりした顔してた気がする)
「えっ? そうかしら」
尭史はぼんやりと、逆嶋の背中を見送っていた。
「いや~~~~! いい試合でしたね鮎川選手! 決勝進出、おめでとうございます!」
それからほどなくして、実況が尭史にマイクを向けてくる。
「『永訣と進軍』への回答にまさかの『アミィサ』! 会場も大盛り上がりでした」
「ええ、まあ、あはは」
二、三、適当に答えたあと、拍手に送られながら、実況席の同列に案内される。
列の反対側に座る焔村が、意味ありげな目線を投げているのに気付いたが、見えないふりをした。
「おめでとう鮎川!」
そこに座るなり、隣の男が声をかけてくる。
「ああ、うん。ありがとう、北田気」
「なんだよ! 張り合いがないな。考え事かい?」
「ん、まあ、ちょっと」
「勝者の余裕かい。見ててくれ、これからぼくも同じ席に向かう」
北田気はにっと笑うと、次なる戦いのために席を立った。
(セディアルは本当に、消えたんだろうな)
北田気対焔村戦の準備が、迅速に進む中。
カメラもマイクも向けられていないことを確認した尭史は、そうジェローナにぼやいた。
「冷静なのね、尭史」
(そうだなあ。驚きはしたけど、正直、閣下ご自身が望んでたことでもあるんだろ)
「私はお別れくらい言いたかった」
(……確かに、急だったな)
気落ちしている様子が、尭史には見なくても判った。
尭史からすれば、セディアルは、ストーリー的に好きなキャラクターの一人ではあった。
しかし大して話せなかった分、最後までその域を出なかった。
(ローナは本気で尊敬してたんだな、閣下を)
「もちろん。いち騎士として、ああいう君、ああいう将に仕えたかったってことでもあるし。彼女の言葉通り――いい友人になれたはずだもの」
(残念、だったな)
尭史にはそれ以外、かける言葉が見つからなかった。
――こんなとき、ローナの肩を抱いたりできたらよかったのか。
そんな思いが頭をよぎる。
だが不可能だった。次元という壁が、青年を囲い込むようだった。
オタクとして何度も対面したはずのそれが、いまはどうしようもなく恨めしかった。
渇望していた勝利をつかんだ直後にもかかわらず。
現実を意識するほどに、尭史の胸は重くなった。
「さあ! ではそろそろ、準決勝Bの準備が整ったようです!」
沈んだ顔をする二人の間に。
気が滅入るような明るさをもって、実況の大音声が響いた。
次回、準決勝B。




