81 冷酷なる者、謙造
自身の気持ちが思っている以上に昂ぶっていることに、逆嶋は気づいていない。
むしろ冷静でいられているとさえ思い込んでいる。
険悪であるとはいえ、一定期間傍かたわらにいたセディアルからすれば、今の彼はちゃんちゃらおかしくて仕方がなかった。
それでも茶々を入れるようなマネはしない。
逆嶋が盤上の遊戯を楽しんでいることに、かすかな喜びを感じていた。
賢き王は、民が賭け事より心を躍らせていることが嬉しかった。
ゆえに先ほど見せた激情は鳴りを潜め。
ただ静かに、勝負の行く末を見守っていた。
◆
「ま、待った! テンラの攻撃時に『神聖なる鏡光』を発動、攻撃中のプログレを破壊!」
「勝手にせえ。ほんでも7点や。メイン2に三体目の『勘違い者』を召喚して終わる」
「に、ひ」
一挙14点のライフ損失。23点が9点に。
それでも尭史は、ニヤニヤしていた。
「くそ、やりますね。これで『郁子』まで攻撃してくれるなら、返しにワンショットできたんですが」
「そこまで抜けてへんわ、ダボが。さっさとドローせえ」
「そういうわけにもいきませんね」
無意識に上唇をなめる。
(やっぱ……ダメだ。このターンで24点削り切るには、盤面がちょうど一枚分足りない。いまの手札にワンドローしても届きやしない。勝ちきるのは不可能か)
鼓動が早まる。脂汗が頬をつたう。
(そのくせ『テンラ』の除去が遅れたせいで、逆嶋さんの魔力は13もある。『永訣と進軍』を使うと16。セディアルの奥義にも手が届く値だ! くそ。能力を使い切らせれば勝ちなのに、防げる気がしない)
少しずつ膝が震えだす。
(リセットを撃つか? いや、味方の二体の悪魔まで巻き添えにする。そうなれば『永訣』を温存されるか、トークンと奥義で轢かれるだけだ。なら『乾荒原の拡大』を置こうか。ダメだ、今の盤面のまま『クリーン』でゴリ押されるだけだ。頭数で負けてるから良い手じゃあない! あるいはまた『天駆ける大狼』と『渇仰』で戦闘ダメージ無効にするか? それも違う! 高確率で2ターンは続かないだろう! 相手の手札は三枚あるんだ。追加ターンで対策されて負けかねない)
まばたきが増える。ニヤつきが度を越し、引きつってくる。
(全ハンデスか? もう論外だ。盤面的には死亡圏内なんだから! 敵のエポックを使用制限する? 7マナじゃ1ターンしか保てないじゃないか! ライフ回復も結果は同じだ。打消しだって相手にとっては都合がいい。クソ、どうやったってオレの負けになる! ならあと残っているのは――)
にわかに心臓が跳ねる。
(――『清涼で甘美な日々』)
思考は巡り。
はたと、思いつめたような顔をして。
(ローナ。オレ、真剣勝負の約束を――)
「騎士の目の前で誓いを破る気?」
青年が気が付くと。
左の手元に、小さなジェローナが手を伸ばしていた。
「私のそばで、そんなことさせないわよ」
「ッ!」
もう何度も見た碧い瞳。咎めるような言葉。
その目はしかし、誰よりも優しく、尭史を見ていた。
「きっと他に方法があるはずだから」
「そう、だな」
愛と信念。
磨かれた鋼のように力強い眼光を見ると、尭史は不思議と冷静になった。
「ありがとう」
その様子を遠巻きに見ていたセディアルが、ひゅうと口笛を鳴らす。
「クソオタクはカードが恋人ってことか、ああ?」逆嶋が挑発してくる。
「私一つだけ気になってるのよ、尭史」
それらを強引に無視しながら、ジェローナは言う。
「いまの逆嶋さんが、さらにサイを――」
(――そうか)
ジェローナが言い切る前に、尭史は顔を上げた。
「え?」
(『アミィサ』だ。『腐敗物、アミィサ』を引いてくれ!)
「ええ、わかったわ」
ジェローナは目を大きくしていたが、尭史の顔を見て苦笑した。
「あなたって、カードのことだと立ち直りが早いのね」
茶化しつつも、青年の挑戦的な眼差しに、安心感さえ覚えていた。
「おうどうした、クソ童貞」
再び目に力を宿した尭史を見て、逆嶋がまた冷やかす。
「かわいいカードにそそのかされたか?」
「先ほどセディアルも言っていたでしょう。何者も、話してみなければ判らないものです」
「オイオイ、SNoWのくせにSNoWを知らない紙切れやぞ」
「その価値は今に判ります! ドロー、『慨嘆』をプレイ!」
「手札公開が今更なんや!」
逆嶋は二枚の手札をテーブルに叩きつける。
「『首狩り陣形』に『永訣と進軍』。いいでしょう。ならオレはこれで……ターンを終了します!」
ぐぐい、と尭史は左半身を乗り出す。
六枚の手札を見せつけるように、逆嶋へ迫った。
「さあ。今度はオレがディーラーです、逆嶋さん。レイズや、否や」
「レイズや。それしかあらへん。この逆嶋謙造、土壇場で退くつもりは無い」




