78 騙り者、逆嶋
逆嶋が動揺しているのをいいことに、セディアルは大声をあげる。
「いけ好かない金の亡者かと思ってたけど、そういう一面もあるとはね! ハッ。面白いもんじゃない」
「入れ込むから、気持ちが昂る。割り切れないから、かたちにこだわる。TCGに限った話じゃあない。セディアルもそう思うでしょう?」
「然りさ。人間のそういうトコロは変わらないみたいだね、ジェローナの夫」
「あっオレ、夫か……」
「くだらん話をしおって」
逆嶋の口振りは素っ気ない。
「キサマらとなれ合う気はないで、ワイは。黙っとれカス」
「吠えるんじゃないよ、下郎が。あんたの言うことを聞く理由がどこにあるってんだい」
「なに?」
「思い出してみることだね、逆嶋。これまでアタシが一度だって、アンタに協力すると言ったかい?」
「……何が言いたいんや」
にわかに張りつめだした逆嶋とセディアルの間の空気。
かたや眉間にシワを寄せたまま、かたや呆れたような顔をしている。
尭史とジェローナは、じっとそれを見守る体勢に入った。
「アタシはあんたが大っ嫌いだ。いっつも偉そうにして、関心といえば博打と奢侈ばかり」
「前置きはええ。結論を言え」
「そういうトコだと言ってるのさ。ホンッとにつまらない男だね」
「紙切れから出られん女のメガネにかなって何になんねや」
この言には尭史とジェローナ共々ムッとしたが、黙っていた。
「折角出会った縁をフイにする方が、アタシには理解できないね。話してみなけりゃ、どんな発見があるかわかったもんじゃないのにさ。そこのジェローナはよく判ってたよ」
「やっぱくだらん。余計な発見なんぞただ邪魔なだけや。この世を生きるにはとかく金と決まっとる! 女も地位も、金に続くもんやさかい」
「ヤダヤダ。狭苦しい世界から出る気がないんだねえ! ちょうどこの国にゃあ、井の中の蛙なんたらって諺があるんだろう」
「知ったような口をききおって!」
「アンタよりは世を渡ってるんでね! なにせ並行世界さえ渡ったときた」
セディアルは嘲るような笑いを漏らすと、さらに続けてこう言った。
「腹立たしいからバラしてやるのさ。いいかい、アンタを騙した結果――」
「アタシの能力はあと、六回しか残っていない!」
「な――」
声を上げたのはもちろん、逆嶋だけではない。
尭史とジェローナもやはり、驚きの声をあげた。
「おいコラ、セディアル。何を言うとる? 準決前は、あと27回残っとると――」
「騙したと言ったろう、バカだねえ。あんたに吠え面かかせるために、前々から水増ししてたのさ」
逆嶋はわなわなと手を震わせる。
「アタシぁ結局、SNOWのことは判らなかった。けどね、数字に余裕があるほど気が大きくなるって心理は自明だろう? 金、土地、水、食料。無念ながら民草や兵隊に至るまで。下郎ならあるいは、信用さえも。余らせていればいるほど、人はそれを簡単に浪費する。まだ大丈夫、まだ大丈夫と気軽に数を減らす。無駄遣いに抵抗がなくなる! それはアンタも同じだったってことさ」
セディアルはその長い中指を思い切り立てて、こう締めくくった。
「見え透いてんだよ、騙り者が。あんたのような俗物に、一国の王が従うわけないだろう!」
「……すげえ」
思わず尭史はつぶやいた。
一介の日本人には培われないであろう、見聞と矜持。すべてに代えてもそれらを守ろうとする姿勢。
背景ストーリーだけでは窺い知れない、なんと誇り高い女性なのか。そう思うとまた、ニヤニヤ笑いが止まらなかった。
「セディアル」
すっかり愕然とした様子の逆嶋を置きながら、ジェローナが訊いた。
「どうしてこのタイミングで言ったの? そういう動機なら、黙ったまま能力をすべて使わせても良かったでしょうに」
「うん。そうさね、ローナ。アンタはいいところに目が付く。もっと早く話せてりゃ、いい友人になれたろうにさ」
セディアルはさも愉快そうに笑う。
「アンタの夫への義理立てが半分と、本当は遊戯も好きだという逆嶋への気まぐれが半分。万全ではなくとも、最後に戦れるだけ戦りたいんだろうから、さ」
セディアルは冗談めかすかのように、大仰に手を広げる。
「……夫ではないわよ」
ジェローナはひどく照れくさそうに目をそらした。
「そういうわけさ、名前も知らないジェローナの夫! アンタもこの遊びが好きだってんなら、最後につき合ってやるといい」
「鮎川尭史です。ご配慮感謝しますよ、偽者のジェンナー五世閣下」
「ちょっと尭史、なに受け入れてんのよ」
「気分的に事実婚ってのもいいじゃねえか。閣下が仲人ってのも、この上ない」
「ばか……」
「セディアル」
と。
逆嶋は突如、堅いスリーブに入ったセディアルを、そこから抜く。
そして憎悪のこもった目つきで、抜身のカードにをねめつけた。
「ドイツもコイツも、ワイを舐めおって。だがええか、なんであれ、自分はワイの所有物に過ぎひん。この場で今すぐ破いたってもかまへんのやぞ」
「へえ、アンタにそれができるのかい? アタシを破っちまえば、残りの回数に関係なく、すべての能力がオジャンだ。そんなことをしたら、残ったチャンスさえフイにすることになるんだよ。アンタはそういうコト、できないと思ってたけど」
まあ、と肩をすくめて。
「やりたきゃ好きにしな。アンタの手元から離れられるなら、願ったり叶ったりだ」
「キサマは!」
逆嶋は指に力をこめる。
「もうええ! ここまでメンツ潰されてまで得る金など欲しないわ! 消えーー」
「逆嶋さん!」
尭史は音高く机を叩いてまで、逆嶋の気を引きつけた。
間違いなく今日で一番通りのよい声を伴って。
「させません。あなたはもう一度、カードゲームで遊ぶべきだ。ぼくとタイマンを張るべきだ。負けっぱなしでいいだなんて、お思いじゃないでしょう!」
しん、と一瞬の静寂が降りた。
その静けさはまるで、三回戦の最後の瞬間を連想させるもので。
尭史はすぐに縮こまって、「な、なんちゃって」などと言ったが。
ジェローナは眼を輝かせて。
セディアルは白い歯をニッと見せて。
「は――イキりおってからに」
そして逆嶋でさえも、笑わせた。
果たしてそれは愉快であったからなのか、それとも侮蔑の入った失笑か。
あるいは「もはや笑うしかない」という諦観の混じったものだったか。
本人でさえも判然としなかったが。
その場の全員を笑わせるに値する、我欲にまみれた言葉だった。
「喧嘩売るなら、買うたるわ。後悔すんなやクソ童貞」
「こんなゲームをする機会を逃したら、それこそ一生後悔しますから。ご心配には及びません。あなたと同じ、六回きりの能力で――同じ土俵の真剣勝負で、あなたを倒します!」




