76 大規模な奇襲
たった一日前の尭史であれば、逆嶋の態度に怖じ気づいていただろう。
それだけ彼は弱かった。弱いうえに、心技体がバラバラだった。
だがいまは違う。信頼と応援を受けた彼は万全だった。
たしかに人一倍驚くし、恐れる。ビビりもする。
だが、もう退かない。正面切って戦う気概を失わなかった。
あるいは今ようやく、彼は本気になれたのかもしれない。
「それで、逆嶋さん」
サイドボーディングの短い時間、尭史の口は自然に開いていた。
(あれ? なんでオレ話しかけてるんだ)
尭史自身も不思議に思いながら、言葉はそのまま流れた。
「あのカードは、いつ使ってもらえるんですか。ダイスが操作できるなら最強になろう一枚、『永訣と進軍』は?」
「童貞風情がワイに指図か、ああ?」
「いえそんな、けど負ければ形無しでしょう」
「減らず口が!」
逆嶋は腰を浮かせがちでもある。こんな場でなければ、とっくに殴りかかっているだろう。
そうしないのはやはり、大金のかかった舞台であるからに他ならない。
対する尭史はそんなもの、知りもしない。
もっとも知っていても、同じことを言っていたかもしれないが。
「というか、使って欲しいんです。オレが全力でSNoWをできるのは、多分、この大会が最後だ。戦えるだけ楽しみたい」
「なんやねん、それは。気色悪いな」
「いけませんか。カードゲームの全国大会で、カードゲームの真剣勝負を期待することが? たとえそれが、≪デッキトップ操作≫と≪サイの目操作≫という異能に左右されたものだとしても」
「ちゃう。お前が、気持ち悪い」
尭史には意味が判らなかった。
逆嶋は小さくため息を吐くと、また作業に戻ったようだった。
尭史は少し、反応を待っていたが、そのうち手元に目線を戻した。
(じゃ……、どうすっかな。一本取れたわけだから、ここは能力消費の少ない勝ち筋を拾ってみたい)
イメージするのは、敵の全力の攻勢である。
それに対する最低限の守りと、それにより保ちうる時間。
(『打ち抜き好み』が見えた以上防衛持ちには頼れない。サイドアウトした可能性に賭けるほどの価値はないしな。能力のツケがまた色事故に回ると考えて、シンボルの濃くないやつを選ぶと、やっぱり『獰猛な中隊長』になるか? 細かい火力とかなさそうだし、弱小トークンに『首狩り陣形』や『招雷』を使ってくれりゃ、かえって都合がいいくらいだ。ローナの回復力込みで四回表まで首の皮一枚繋がると見込むと、四回裏にワンショットを狙うのが節約になりそうだ――なら、『鎌の白鬼』を試すか)
『鎌の白鬼』(赤)(2)
プログレーー悪魔
このカードは防御できず、生け贄にできず、戦闘以外でダメージを与えられず、鋭敏を得られない。
貫通(戦闘に勝利したとき、それが攻撃時ならば、HR分のダメージを相手に与える)
いづれかのプレイヤーが顕現を行うたび、このカードに人魂カウンターを一つ乗せる。このカードがダメージを与えたとき、すべての人魂カウンターを取り除く。
このカードのHRは、このカードがもつ人魂カウンターの五倍に等しい。
BP4000 / HR0 / RV(同色)
(四回表まで耐えれば、返しに軽量ドローとピッチスペルの連打で一気に三十点奪える。逆嶋さんの昨日のレシピから推測すると、BP4000は召喚された直後に除去するのは難しいはずだし、いける)
尭史の意思は固まった。
ほどなくして、先に逆嶋がデッキを組み終える。尭史もそれに続く。
「やりましょうか」
逆嶋の返事はなかった。やや音を立てて、自分のデッキをディール・シャッフルするだけだった。
お互いのシャッフル、そしてカットののち、六枚の手札を引き入れる。尭史はジェローナに、『獰猛な中隊長』のみリクエストした。
(ま……素の状態じゃやっぱ、うまく働きそうなカードは引けないか)
そう思った直後。
逆嶋が「先攻はもろたで」と言ってプレイを始めようとするので、尭史はつんのめった。
「なんや。審判も見えへんし、ワイの希望が通るルールやないか」
「それは……まあ、そうですけど」
カードアニメのノリかよ。内心ツッコむ。
「プラグから『火山口の勘違い者』。エンド」
「ドロー前に手札の『獰猛な中隊長』を使います。トークンを二体生成。ドロ、プラ、エンドまで」
「ドロプラ、『マントルよりの巨人』。出目5」
先ほどはいの一番に除去した一枚。ジェローナからも驚異の度が知れた大きさ。
(それを通すのは、結構勇気が要るな。けど)
尭史自身で決めたプランに従うためには、放置するしかない。
もっとも、今さら何もできはしないが。
「コンバット、『勘違い者』でつつく」
「トークンでブロック」
「エンド」
「ターンもらいます」
逆嶋は眉をひそめる。
「ドロプラでエンドまで」
「ワイのターン。『金色の火猫、テンラ』を召喚」
『金色の火猫、テンラ』(黒)(赤)(緑)
プログレ(ファーリーチ)ーー獣 / 火口の住人
Fmになるときアンステディされる。
種族: 火口の住人が場に出たとき、すべての対戦相手は相手自身のプログレを一体選ぶ。それに2000のダメージを与える。
あなたのターン終了時、ダイスを一度降る。奇数の目が出た場合、あなたのデッキから点数で見たコストが1以下の種族: 火口の住人を選び、バトルエリアに出す。
BP5500 / HR3 / RV(火口の住人)
「火力でトークン破壊、ええな。そのままコンバットやが」
「はい」
「『勘違い者』、続けて『巨人』で攻撃」
「通ります」
「あ?」
来たか、と尭史は思った。
「そんだけか。やる気あんのか、キサマ?」
尭史のライフは23点。
その数字以上に、逆嶋の場に四体の種族: 火口の住人が並んでいる状況が、明確な危機を示していた。壁となるトークンすら存在していない。
「なんのことでしょう」
尭史はつとめて、冷静でいようとした。
素知らぬふりでもするように、カウンターを移す。
心の中ではジェローナを呼び、狙いのカードを引き寄せる。
「オレの番ですか。では、『鎌の白鬼』を召喚」
「……ああ?」
カードを見た瞬間に、逆嶋の怒りはあらわになった。
「なめとんのか、コラ。ワイにハッタリかましたんか」
「え?」
意味が判らず、とっさに逆嶋の顔を見た尭史は。
まさに蛇ににらまれたカエルのような心地を味わった。




