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かみどろ! -異界転写の女騎士-  作者: 賀来大士
二日目: 準決勝A
62/106

62 強き者の優位

 昨日は選手で溢れていた控え室も、今はがらんどうとしていた。

 二日目のこの時間ともなれば、たいていはこんな部屋に籠もらない。

 他の部屋で気分をリフレッシュさせたり、仲間と共に残った選手の出方を検討したりが普通である。

 だからいま、この部屋にいるのは尭史だけだった。


「どこも行かなくていいの?」

 のんびりとジェローナが尋ねる。

「うん。いま外に出ても、気が滅入るだけだから」

 自販機のサイダーを飲みながら、尭史はぼんやりと答えた。

「まあ、そうよね。いくら監視されてたと主張しても、頷く連中ばかりじゃないだろうし」


「そのへんのことは友達みんな判ってくれてる。諜報的に不便はないよ。例えばほら、三回戦前にメシ喰ったあいつ、覚えてるか? さっきもしっかり情報を送ってきてくれたし」

「そういえばいたわね、そんな人」

「しかも中村となら試合中でだって連絡取れる。だろ」


「尭史がそう言うんなら、いいけど」

 客観的に見れば、いまのこの状況は、騒ぎ立てる観衆から逃げているかたちになる。

 それによる圧迫や苦痛はないかと、ジェローナは心配だった。


 しかし尭史はなおも、そんな様子を見せはせず。

「野暮なこと言うじゃねえか」

「え?」


 閉じた口を再び開いた、そのとき。

 乱暴なノックから間をおかず、控室の扉が開いた。

「あら、尭史ちゃんじゃない」

「げ。伊豆浜さん」

「その、げっていうのはなんとかならないの?」

 伊豆浜庄兵衛は、なんともおどけたように笑った。


「いやまあ、オレなりの挨拶みたいなもんで」

「ご挨拶とはこのことよ、まったく」

 その口振りは、多分にわざとらしかった。


「それで、どうかしたんですか?」

「ただの忘れものよ」

 パイプ椅子になにげなく置かれたポーチを手に取る伊豆浜。

「……それ伊豆浜さんのだったんですか」

「そうだけど、どうかした?」

「い、いえ」

 花柄のポーチと太い腕はひどいミスマッチだと、尭史には思えたが。

 人の趣味に口を出すのはやめにした。


 伊豆浜は落ち着いた仕草でそれを持ち直し、入ってきた扉へと足を向ける。

 二歩歩いたところで急に、はたと止まり、尭史を見た。

「あ、そうだ尭史ちゃん」

「なんすか」

「やっぱり誰かのものになってしまったの?」

「は?」

 素で意味が判らない尭史。


「なんて言うのかしらね。昨日までの尭史ちゃんはこう、すごい危なっかしかったのよ」

 相槌も求めない風で、伊豆浜は話しはじめた。

「目的のためなら手段を選ばないっていうか、そのためなら自分がどうなってもいいみたいに思ってるようで」


「! ――ッ」

 尭史は尭史で、言葉を失うことにはなった。それだけ胸に刺さる一言だった。


「昨日の三回戦だってそう。さっきの準々決勝、あの一本目と二本目だってそうだった。どうしようもないほど勝ち急いじゃって。あんな乱暴なプレイじゃ、批判されるのも目に見えるでしょうに」

「それは、その」


 たじろぐ尭史を見つつ。

「でも三本目は違った」

 そこで伊豆浜は、フッと笑って見せた。


「落ち着きが違ってた。勝てばなんでもいいっていう危うさがなかったわ。終わったときも感情の昂ぶりが穏やかで――だからちょっと思ったのよ」

「なんすか?」

「自分の辛さを和らげてくれる人に気づいたりしたのかしらって」

 大切な人が応援に来てるのを見つけたりしたのかしら、と加えて。

 伊豆浜はやはりわざとらしく、口だけを尖らせた。


 尭史は伊豆浜と目線を合わせた。その通りだと言っていいのか判らなかった。 

 観客席の人などではなく、手元のカードがそうだとは答えられなかったからだ。

 まして、その女性が、一緒に戦ってくれているとも。

「うん。それなら良いのよ」

 その目に何かを感じてか、伊豆浜は静かに頷いた。

 

「でもね、ワタシが怖いのはこれからのこと」

 尭史に、もう反論するような気はない。伊豆浜の言葉を待っていた。



「昨日までの尭史ちゃんに、また戻っちゃったりしないのかしら。つまり――最終的なところ、どれだけ嫌われても勝たなきゃいけないの?」

「勝たなきゃいけません」答えはすぐに返した。



 今や伊豆浜の目は、ゲーム中より真剣だった。

「自分がどうなっても?」

「絶対に優勝します」

「そう」


 伊豆浜はゆっくりと、尭史に背を向けた。

「なら頑張りなさい。応援、してあげる」

「ありがとうございます」

「邪魔したわね」


 今度こそ伊豆浜は振り向きもせず、扉の向こうへ去っていった。

 なにか微かな香りが、尭史の鼻に残っていた。




「昨日のローナの言葉、いま判った気がする」尭史がぽつりと言った。

「なにかしら」

「三回戦終わったときの、さ。伊豆浜さんはオレを悪く言ってないって」

「そのこと。覚えてるわ」

「ローナの存在もオレの目的も知らないのにさ。あの人はでっけえんだな」


「心の温かい人って、必ず居るものだと思うわ。もっとも」

 朝のことを思いながら、ローナは静かに言った。

「尭史の言い分もある意味、正しかったけどね」


「だからこそかな。ああいう人になりてえなって、今ちょっと思った。余計な詮索しない人。不利なゲームも楽しんじゃう人。自分を負かした相手も、応援できる人」

「きっと素敵なことよ」

「でもローナは、そんな伊豆浜さんよりも前から、オレを応援してくれてたんだよな」


 口が開いたまま、尭史は固まった。その先の言葉は頭の中にあったが、のどでつっかえて出なかった。

 ただ一言、掠れた「ありがとう」が、ジェローナの耳にも届いた。


「 ! ……ッ!?」

 ジェローナは心臓と同じように、身体まで跳ねる。

 そして上気した顔で、尭史に自分の思いを吐露するーー



 ということにはならず。

 むしろその顔は、少し青くなっていた。



「……ローナ? どうかしたか?」

 女騎士は、明らかに様子が違っていた。

 唇を噛んだ顔を見ながら、尭史は言葉を待った。


「昨日の朝のこと、覚えてる?」


 予想だにしない話題に、尭史の反応は遅れた。

「一回戦もやる前よ。そう、ちょうどこの部屋で、話しかけてきた人がいたでしょう」

「えっと。ああ、焔村光秀か?」

「あのとき私、彼と目が合ったように感じた。でも今判ったわ。それは少し違った」

「……?」

 ひどく嫌な予感がして、尭史は生唾を飲み込んだ。


「視線よりも明らかで、ざらざらした感覚。私昨日、それを感じてるのよ。ちょうど、アンネと会う前に!」

「アンネと――って、おい。まさか」

「間違いないわ。あの男は――!」


「ご名答ですのん」


 音もなく開けられた扉の先から声がした。

 焔村光秀は、それから遅れて現れた。

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