58 見張る者の目
「甘く見積もっても0.00003%じゃん」
尭史の二本目を見終えて。
そう言ったのは、観戦席に座る馬渡大地であった。
「な、何がじゃん?」
「中村なに焦ってんのさ」相席する鈴木が茶化す。
「計算したんだ」
なおも馬渡。
「100枚のデッキから、初期手札6枚に2ターン目のドロー1枚を加えた、計7枚のドローで、5枚しか入っていない特定のカードを、5枚ともすべて引ききる確率」
そして鈴木と中村に、スマートフォンの電卓を見せる。
「三百三十万回に一回しか、あの鮎川のドローは再現できないってこと?」鈴木が笑う。
「いや実際は、一千万回に一回だって下らないんじゃんか? Fm用に2枚、赤いアンタップインを引かなきゃならないし。それがどの程度入ってるか知らないから、考慮しなかったけど」
「そっか。なんにせよ、すごい低確率なのは誰の目にも明らかだよね」
「ああ。まあ、そうでもなけりゃ、2ターンキルなんて絶対に禁止されてるじゃん」
「公式見解に引っかかるもんね。なんだっけ? 4ターン以内のキルは許さない、だっけ?」
「三割以上の確率で4ターン以内に勝利を決めてしまいうると開発部が判断したコンボに対し、弱体化のための禁止カード処置が行われる――だな」
「4ターン以内のキルを起こしかねないアグロが許されてるのは、そういうことなんだね」
「複数枚使って、徐々にライフを削るわけだからな。コンボかというとそうではない、って考えなんじゃん」
「その点、鮎川は一度に削ってるからアレだけど」
「ロイヤルストレートフラッシュが裸足で逃げ出すような確率じゃ、規制はされないんじゃん」
どこか鼻で笑うような馬渡。
「そういう点じゃ、今の試合がメインモニターに映ってなかったのは幸いじゃん。あんなの、下手すりゃ昨日のおれの試合よりひどい騒ぎになる」
「……馬渡、怒ってる?」
「あん? いや、どうかな。自分でもわっかんねえや。そりゃ昨日の夕方は、かなり不満だったけど」
今日もこれじゃ吹っ切れちまうよな。そう苦笑して、ケータイを弄りだした。
「あー。やっぱ、ちょっと見ただけで一目瞭然じゃん。ネットの反応は相変わらずだ。中村、おまえの友達は炎上真っ盛りだぜ」
「」
「中村ってば」
「え! あ、おうよ」
「なんだよさっきからおかしくねえ?」
黙ったり目の色を変えたり。二人から見れば、二本目の開始前からやたら挙動不審だった。
「いやまあ、うん」
それは本人も薄々気が付いていた。しかしどうしていいかもよく判っていなかった。
(案外大変だな、観戦しつつ取り繕いつつアンネと話す、ってのはよ)
「お察しします、タケシ。でもタケシもいい子だからなんとかやれますよ」
(それは柄じゃねえって。まーじーで)
「まーじーで? とはなんでしょうか!」
(後回しだそんなのは)
馬渡と二人がモニターに注目したのをいいことに、中村はアンネの声に意識を集中した。
(それより鮎川はどうなった? 三本目はいけるのか?)
「そうみたいですね。ローナがさっき挨拶をくれてから、連絡がないので。なにかお伝えしますか?」
(いや、それならいいんだ)
冷静に対処すれば本来有利なはずだし、と加える。
「有利? そうだったんですか?」
(んー、アンネには話してなかったかあ? 順当に脅威を展開していけば、手札の質の差で遅かれ早かれ鮎川が有利になるはずなんだ)
「手札の質? 脅威? とはなんでしょうか」
(なんつーのかな。放置しちゃいけねー一手ってのがあって……あー)
軽く頭を掻く。
(そのへんは説明に限界があっからよー。いくつも勝負を参考にしないとわかんねえよ)
「えー。そういうものなんですか?」
(カードの価値は相対的かつ流動的なんだよ。為替とか株式みたいな面があるっつーか)
「カワセ? カブシキ? とはなんでしょうか!」
(あ、そうなるのか……)
他のメンブレンに、発達した経済の概念はあるはずがない。中村はそう思い直した。
(ゲームの説明、ってよりコーチングは鮎川の方が上手いからよお。俺はダメなんだよな。直感でやっちゃうから話が立てらんねえ)
「鮎川さんに訊けば、判るものなのでしょうか」
(俺よりいいコト言ってくれるとは思うけどな。それですぐ理解できるようになるかはなんとも。勝負ごとの駆け引きの実感が湧くかは、聞き手にもよるし)
「あっ! じゃあその点、ローナとはいいコンビだってことですね!」
(んあ? なんで?)
「ローナは騎士だから、戦局を見る目がすでにあるわけでしょう? 話が合いそうじゃないですか」
(そういうことか。騎士が全員そうってわけじゃねえだろうけど、筋は通ってそうだな)
応援のし甲斐もありそうで、アンネはどこか嬉しくなった。
「でもちょっと残念ですね。ローナの考えをもっと詳しく知りたかったのですが」
しゅんとした声に、中村はびくっとした。
(ああ、まあ。昨日の朝から会えてれば、違ったんだけどな、いやさ)
「ちょっと複雑なんですね」
(つーことなんだよな。だからあれだ、これからな)
「これからですか」
(そう、そうだ。俺もローナも、みんなで教えてくからよ)
「わあ、楽しみです!」
(へへ、そうだろ)
中村はひどいにやにや顔をしていたが、幸運にも馬渡や鈴木には見られていなかった。
「とはいえ今はローナの応援ですね。うまく行くといいのですが」
(ま、平常心 を保てばやってくれるだろ。鮎川っていうか、あの二人ならさ」
「あっ! 大変です!」
「うわっ!?」
「試合の合間には仮眠とるつもりだったのに忘れてました!」
(へえ、そうかよ……。試合中に寝ないだけいい子だよ)
「友達の晴れ舞台は見逃せません!」
そうしているうちに、サイドボーディングは終了した。
準決勝の勝者を決める、三本目が始まろうとしていた。




