56 速さの炸裂
TCGをプレイすることによる疲労感を、筆記試験によるそれと同等だとする意見がある。
机に座り続け、考えることを止めてはいられない。その点については変わらない。
相手と自分の行動を把握するためには、数百枚のカードを暗記する必要もある。
ややもすれば、どんな科目のテストよりも、問題が目に見えにくい面もある。
対戦相手の一挙一動に目を配っては、行動を予測する。
自分の手札、残った山札から取り得る行動を吟味する。
すべて可視可されているとは限らないし、メモをとることもできない。
そういったことが引っ切りなしに行われる一方で、確率を凌駕する事態が常に起こり得る。
そのたびにプランを練り直さなければならないのだから、気を緩められない。
ある意味ではテストよりも難しいといえるかも知れない。
ベスト8の大半は今、そんなことを痛感していた。
衆目にさらされながら、国内最高峰の対戦を強いられ。
慣れない布団で一夜を過ごし、今日もまた闘いに臨んでいる。
難敵を前に挫けそうになっているのは、なにも尭史だけではないのである。
パーミッション相手に腹のさぐり合いを強いられている佐藤にせよ。
逆嶋の眼光に気圧される光場にせよ。
二連覇のプレッシャーを受け続ける北田気にせよ。
あの逆嶋や、焔村でさえ。
いま、八人が全員、苦しみのただ中にいるのだ。
――ただ。
尭史には一つ、他の七人とは違う強みがある。
その苦しみを分かちあえる、心強い騎士が、すぐそばにいる。
◆
「ステディ、ドロースキップ。『間欠泉狼』をプラグ、さらに『孤島住まいの老僧』を召喚します」
そう言ったのは尭史である。ただしセリフはジェローナの復唱にすぎない。
すべてが彼女の思うままである。
開始時の手札、そしてこれからのドローも含めて、いまや尭史の意志はいっさい介在していなかった。
「通るわ」
付け加えるなら、伊豆浜の反応も含めて、である。
ただ、言葉の裏にある伊豆浜の苦悶までは、ジェローナには読みとれなかったが。
(1コストの鋭敏持ち? こんどは何する気なのよン)
『間欠泉狼』(2)(青)(赤)
プログレ――獣
(能力なし)
BP1500 / HR1 / RV(同種族)
『孤島住まいの老僧』(赤)
プログレ――人間
鋭敏
欠片つなぎ(あなたが顕現を解決したとき、いずれか選ぶ。ターンの終了時までそれを得る。 ・このプログレのBP+1000 ・このプログレのHR+2)
BP2000 / HR1 / RV(同名)
(ドローが噛み合えば突破力が青天井の、速攻用生物。やられたわネェ。ピッチスペルはサイドアウトしちゃったし、返しのターンに除去する手段は手札にナイ)
Fmコストの代わりに手札や魔力を要求するピッチスペルは、長期戦に不向きと見込んで抜き去ったのである。
肩でもすくめたかったが、今はおくびに出すわけにもいかない。
「では、『老僧』でアタックです。1点のダメージ」
「いいわよ」
「その後エンドまで」
(いったい何をする気なのヨ。あの生物は何かの布石? それともただのブラフかしら)
最小サイズの生物ながら。あるいはだからこそ、伊豆浜は深く考える。
伊豆浜にとっては、試合が長引けば長引くほどに、こうした生物を除去するのは楽になる。
反面、序盤での除去はそう得意でもない。手を焼いていると自分に有利な盤面を作るのも遅れてしまう。
かといって放置しすぎても、速攻で勝負を決められかねないのだ。
(今の手札に除去する手段はないことだし、後で除去しやすいようFFを『老いるもの』にしとこうかしら)
水晶を回転させてから、伊豆浜はカードを一枚引く。
『喰い滅ぼし』(白)
エポック
このカードが場に出たとき、各プレイヤーはそれぞれの対戦相手のプログレを一体選び、追放する。
これにより追放されたプレイヤーは、自分の山札の一番上を公開する。それぞれの対戦相手は、それを手札に加えさせるか、アンステディ状態でFmにするか選ぶ。
(あら、一応引いちゃったわね。除去手段)
運命的なものを感じつつも、考え続ける。
(今これを使えば、ひとまず『老僧』は除去できる。……だけど、手札を増やしてあげちゃうことになっちゃうし。次に2コストの生物を出されたら意味が薄いのよね)
もともと、『マーメイド』を引きすぎたときか、大型生物を除去するときを想定して差した一枚である。『老僧』のような超小型に向けることは、一切考慮していなかった。
ゆえに、伊豆浜は。
「プラグからエンドまで」
これをそのままFmにして、ターンを渡した。
「ここまで計画通りね。さ、一気に行きましょ。すぐキメちゃうわ」
それを受けてのジェローナは。
少し鼻息を荒くして、そう言った。
(あ、ああ)
「尭史ったら、やっと返事してくれたわね! どう、ちょっとは落ち着いた?」
(なにかこう、頭が強制冷却された気分だよ)
ついでに肝まで冷えてきた、と漏れかけたのを、ギリギリでこらえる。
その程度には、冷静になれていた。
しかし、と。
ジェローナに読まれないよう気をつけながら、尭史は考える。
オレなんかに比べたら、ローナの肝はどれだけ太いのか? と。
(これからローナがやろうとしてることは、昨日の地点では一応、オレの想定内にあった。だからこそ今サイドボードに入ってるわけで。……でも)
もし自分のコンディションが万全だったとして。この方法を選ぶことは出来ただろうか?
おそらく不可能だった。そう自答する。
(この大舞台で用いるには、あまりにもリスキーだ! だからこそ、相手の警戒も緩むってこと、か?)
そこまで読んでいるのかは、判らない。
ただ今は、聖女の判断に任せるだけだ。
「では、ターン貰います。プラグから、『鮮血の呼び起こし』。カットインなければ、続けて『英霊の遺恨』を召喚。『老僧』へ憑依します」
『鮮血の呼び起こし』(赤)(赤)
スプレー
あなたが次に使う赤の召喚・顕現は、コストが(赤)四つ分少なくなる。鮮血の呼び起こしをFFエリアに置く。
毎ターンのステディフェイズ時、鮮血の呼び起こしがFFエリアにある場合、あなたのライフカウンターを二つ取り除く。
『英霊の遺恨』(赤)(3)
プログレ――ゴースト
連撃
憑依(このカードが召喚されたとき、場のプログレを一体選ぶ。あなたはこれをそのプログレにつけてもよい。憑依されたプログレは、このカードの能力、BP、HR、RVが付け加えられる。)
BP1500 / HR3 / RV (ゴースト)
「え……えっ?」
あからさまに狼狽したのは伊豆浜である。
理解が追い付かず、かえって笑みさえこぼれてきた。
(なによ。なんなのよ! 三枚揃って速度が違いすぎるゥ!)
たいていのカードは、それぞれが最も活躍できるターンや、デッキを持っているものだ。
『老僧』なら、一ターン目から殴りかかる速攻。
『鮮血の呼び起こし』は、2ターン目以後にサイズの大きい生物を呼び出すミッドレンジなど。
『英霊の遺恨』は種族を生かした中速ビートダウンが有名だ。
つまるところ、属するものがてんでバラバラなのである。
「通りますね?」上目遣い、値踏みするような尭史の目。
それに少しドキっとしながら、伊豆浜。「え、ええ」
「『呼び起こし』の解決に際し、『老僧』の欠片つなぎが発動。HR+2です。ではコンバット入ります」
「いいわよ。防御者もいないわ」
「では攻撃者は『老僧』。ダメージ前ステップに『癇癪玉』と『悪用された本能』をプレイ」
ついに伊豆浜は、耐えきれずに笑いだした。
『癇癪玉』(赤)
スプレー
癇癪玉の顕現コストは、4点のライフカウンターを取り除いて支払うこともできる。
以下から一つを選ぶ。
・プログレを一体選ぶ。それに1000のダメージを与える。
・プレイヤーを一人選ぶ。それに1点のダメージを与える。
『悪用された本能』(緑)
スプレー
『悪用された本能』の顕現コストは、4点のライフカウンターを取り除いて支払うこともできる。
プログレ一体を選ぶ。それのBP+2000 / HR+4 する。
「『老僧』のHRは本来1。『鮮血』『癇癪玉』『本能』解決による欠片つなぎで+6。『遺恨』により+3、『本能』自体の効果により+4。合計14。かつ、『遺恨』の連撃を引き継いでいますので--プレイヤーに28点のダメージ」
「私がピッチスペルを持ってるとは思わないワケ?」伊豆浜はまだ笑っている。
「コントロール相手じゃ邪魔になる。『甘美な日々』が怖いとはいえ、わた……オレがそれを撃つ頃ならもっと効率のいいカウンターを用意するのは簡単だ。だから抜いた。違うかし……ますか?」
「FFを『生けるもの』のままにしてたら、首の皮一枚繋がってたわよぉ?」
「そしたら次に『招雷』か何かで削りきってやりますよ」
「もー。敵わないわネん!」
そう言って、伊豆浜は手札を投げ出した。
「では、前のターンの1点と『癇癪玉』の1点が合わさって、合計30点。削らせてもらいます」
声を合わせるジェローナは、両手を投げ出して喜んでいた。




