5 実物提示教育
「なんだよ鮎川、ボーっとして。やるならとっととやろーぜ?」
中村が急かす。手ではデッキをヒンズーシャッフルしていた。
「お、おう」
尭史は自分のデイパックから、プレイマットと大きめのカードケースを取り出した。
「ずいぶん大きいのね。何枚持ってきたの?」
(このケースにはデッキ三つ入ってる。だから150枚ちょい。それと調整用のパーツに、同じケースがもう一つ。録画用のライブカメラとラップトップも持ってきた)
ジェローナに念じながら、着々と準備を進める。
プレイマットはA3の紙が横に広くなったサイズだった。
その上には、長辺と平行に二本の直線が引かれている。ちょうど短辺を三等分する位置であった。
間もなく尭史の手前の列、その中央右寄りに、ジェローナが配置された。
「ようやく私の戦いの火蓋が切って落とされるわけね! わくわく」
(わくわくって口にする人間なんていたんだな。ローナが人間かは微妙だけど)
「で、私は何をすればいいの?」
(え、なに。ローナ、ルール知らないの?)
「ぜんぜん」
(今に始まったことじゃないけど、おまえホントにS.N.o.W.のカードか?)
その間にも二人のプレイヤーはライフカウンターを準備し、コイントスで先攻を決め、手札を補充していた。
(まあ、それなら教えてやるよ。プレイしながらだから、順番が前後するかもしれないけど)
「はーい」
(いつもそう素直だったら、可愛いのによ……)
あっけらかんとする金の総髪を、惜しむように見下ろした。
(S. N. o. W.は、創生の|大魔術士《The warlock》が地球に落とした魔法の断片を組み合わせ、彼の魔法を再現しよう! さらに断片を人間同士で使って戦い、敵を倒して研鑽しよう! そして大魔術師に近づこう! という設定のカードゲームだ)
このときジェローナが何かを言いかけてやめたことに、尭史は気付かなかった。
(えーっと。最初に、場に出てるモノを説明した方が良いかな)
中村とバトルしながら、という状況に悩みながら。なおも尭史はテレパシーを続けた。
(今ここに敷いてるものがプレイマット。自陣だ。味方のテリトリー。ここに仲間とかを展開していく)
「展開して敵陣に攻め込むの?」
(サッカーや将棋みたいに兵が動き回るのか? って意味なら、ノーだ。S.N.o.W.では、それぞれのカードが配置を変えるようなことはあんまりないし、戦闘も動かずに処理する。無理やり例えるなら、塹壕挟んでの銃撃戦……か)
「塹壕って、敵の銃撃を防ぐための溝よね。言いたいことはなんとなく判るわ」
(話を戻そうか。自陣が三列になってるね? 相手に近い列がバトルエリア。ただし右端はデッキ置き場。真ん中がフラグメントエリア。その右端は墓地)
「ふむふむ。手前は?」
「あ、それ打ち消すわ」中村への対応も疎かにはしない。
(わり、わり。手前の列は三つに分かれてるんだ。右からライフエリア、フォアフロントエリア、ドレッサーエリアだ。んじゃ、こっからはそれぞれのエリアについて説明しようか)
「最初は私が居るところからね!」
(はいはい。おまえが居るのはフォアフロントエリア。ゲーム開始から終了まで、常に一枚のフォアフロントカードが配置され続ける)
「だから私は、他のカードとは違ってずっとここに置かれてたのね」
(背景設定に従えば、フロントはデッキという多数の魔法を束ねる指揮者。あるいはデッキというソフトウェアの集合を統括するハードウェア。魔導書を綴じる表紙ともいえる、って話だ。けど」
「けど?」
(プレイヤーと共に戦う、パートナーとも言える)
「なにそれ。やなかんじー」
(絶対言うと思った)
「アタックフェイズ。『悪意無き怨霊』で殴ります」と、中村。
「通ります」
(そんなわけで、たった今攻撃されたわけだけど。この場合、オレの生命力が減ることになる。それを示すのが、ローナの右にあるライフカウンターだ)
言いながら、赤みががった樹脂を一粒、手に取る。
(ここの処理に、S.N.o.W.独自のシステムがある。失ったライフはそのまま、自分のフロントの上へ置かれるんだ)
「あら。あらあら」
そして言葉通り、ジェローナの上へ転がした。
(霧散した生命エネルギーは――長ったらしいから、以後はフロントと略すけど――フォアフロントが吸収して魔力に変換する……ってことなんだとさ。そうして魔力を溜め込むほど、フロントは強力な効果を発揮する。おっと、フロントの効果はカードによって違うし、複雑で種類も多い。ここじゃ触れないぜ)
「攻撃を受けることで、かえって有利になったりするわけね」
(エリアの説明が途中だったっけ。ライフエリアはさっきの通り、ライフカウンターが置かれる場所だ)
「カウンターが0になったら、負けってことね」
(そういうこと。ちなみにゲーム開始時のカウンターの数はフロントによって変化する。大方は30で、ローナもそうだ。でも中には変わった効果を持つ代わりに20ってのもいるし、デメリットがある代わりに70ってのもいる)
「多けりゃいいってもんでもないのね」
(自陣の一番上、バトルエリアには生ける魔法カードを配置する。プログレはプレイヤーが召喚する手先であり、フロントが支配する怪物でもある。さっきの『悪意無き怨霊』も、プログレだ)
「プレイヤーにダメージ与えたりするのねぇ」
(これ以降は習うより慣れろって感じだから、軽く流すぞ。フラグメントエリアには、名前のままフラグメントを配置する。これはプログレを召喚するときとか、いろんなアクションを起こすためのコストとなるモノだ。力の源っつー俗称で呼ぶプレイヤーも多い)
説明する間、ジェローナの上へ次々にカウンターが乗せられていく。
(ドレッサーエリアには、生きていないカードが置かれる。器具とか、時代とか。墓地は完全に名前の通りだ。戦闘不能になったプログレやら、使用済みの瞬間魔法やらをここに置く)
「これでエリアは全部ね。……今すぐ全部覚えとかないとダメかしら」
(いや、全然。ゲームの流れなんかも含めて、今覚える必要は特にない)
と、そのときだった。
「『反射する苛立ち』の効果。ありがとうございました」
「悪いな中村。あまりいい試合が出来なくて」
「いや、おれはいいんだけどよ。鮎川、ホントにジェローナ使うのか?」
「え、あれ」
ジェローナは目をぱちくりさせた。
「カウンター、全部私に乗ってるじゃない。尭史、負けたの……?」
(ああ。負けたよ)
「随分しれっとしてるのね」
(これからオレが作るのは、ローナの能力を前提にしたデッキだ。普通に使って勝てるシロモノじゃない)
「そんなもんなの」
ジェローナは片眉を吊り上げた。真っ赤な唇も、への字に曲がる。
すると尭史は、ジェローナにしか見えないようにほくそ笑んだ。
(シロウトは黙ってろよ。今日のやさしいティーチングはこれで終わりだ。こっからは達人の正念場さ)
乙女は大きく目を見開き、その後尭史から目を逸らした。
「あーら、そうですか。じゃ、ワタクシはダラダラしてますわー」
そしてゴロンと寝転がった。
「それじゃ、中村。今日はトコトン付き合ってもらうぜー……!」
「お、おー。お手柔らかに頼むぜ、『滝登りの鮎川』サン! ラーメン屋が閉まる前には解放しろよ。自分でオゴるっつったんだから」
「その名前で呼ぶなって……」
尭史は録画した試合を再生しながら、またカードを手繰り始めた。