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48 群れの侮蔑

 突然のことに、尭史は身動きが取れなかった。

 戦士たるジェローナでさえ、一瞬何が起きたのか判らなかった。


「大会に不正を持ち込むな!」

「スポーツマンシップに(のっと)れェ」

「おれたちは公正な勝負を求めるッ」

「代表選手として恥ずかしくないのか!」


 次々と飛ぶ、罵詈(ばり)雑言。

 言霊の圧力を前に、尭史はただただ立ち尽くした。


「尭史! 走って。ここに居る意味はないわ!」

 はっとしたジェローナが叫ぶ。

 しかしそれは、徐々に大きくなるヤジにかき消された。



 帰れ。帰れ。帰れ。帰れ。


 帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ。


 かえれかえれかえレかえれkえれカエレかえれカエれかえれ


 帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰帰


 帰れ――!



 ――いつの間にか、尭史は控え室にいた。

「大丈夫ですか、鮎川さん」

 昨日どこかで見たような顔の警備員が、肩を叩いて言った。

「すみません、先ほどは荒っぽくしましたね。かなり慌ただしかったので、無理に手を引いてしまいました。怪我はありませんか?」


「それは一応、大丈夫です」

「なら良かった。外は先ほどのーーもうほとんどフーリガンのようなものですな。彼らがいるので、あまり出歩かない方がいい。中に入らないように警戒もしていますが、できればあまり目立たないようにお願いしますね」


 言い終えると、警備員は去った。

 控え室の中は静かで、尭史は一人ため息を吐いた。

 親しくない選手が一瞬こちらを見たが、すぐに視線を戻した。


(さっきのはなんだったんだ)と尭史。

「気にしなくていいわよ。血の気の濃い連中が暴れてただけ。それに巻き込まれないように、尭史はかくまわれただけよ」

 返事はなかった。


 ゆらりと立ち上がる。喉が渇いていた。

 自販機を求めて、ふらふらと歩き出す。

 近くでまた騒ぎ出す者がいないかとジェローナは気が気でなかった。だが警備員の言葉は本当だったのだろう、尭史に気づく者はいても喚き立てる者はいなかった。


 音を立てて、缶のコーラが排出される。

 しゃがんで取り出すと、その場で開けて一気に飲み干す。

 そしてまた溜め息。顔色はわずかも変わっていなかった。


 沈んだ顔を見ていると、ジェローナまでも心が痛んだ。

 何か言ってあげたい。そう思うものの、言葉が出てこなかった。

 彼女の知る聖染騎士団は――神繕の者どもを除けば――どこででも歓待されていた。

 こんなときに人を励ました経験は、なかったのだ。



「尭史。こんなところにいたの」

「ッ。父さん、母さん」


 だから彼女は、期待してしまった。

 尭史に声をかけた両親に。


「この大会、賞金が出るんですって? どうして言ってくれないの!」

「そうだぞ尭史。私だって応援してやるんだからな」


 敬虔な父・オルギンは、ジェローナに優しかった。

 尭史の親もまたそうだろうと、自然に思っていた。

 そうでないわけがないとさえ考えていた。


「優勝賞金があれば、伊奈の命は助かるわ! がんばって」

「負けることは許さん。必ず勝てよ」


 そんな生まれの、まだ16の少女である。

 事態の不自然さに気付けなくておかしいだろうか?


 一方的に掛けられる言葉を聞き続けて、ようやっと。

 彼女は尭史の表情が固まっていることを不審がれた。


「不気味な男たちが文句を言っていたようだが、気にするんじゃないぞ」

「そうよ。あなたは勝つことだけ考えなさい」


(なによ、その言い方。あの様子を見ていたのに、息子を(かば)わなかったってこと?)


 そしてようやく、ジェローナは理解した。

 この両親はともに、自分の子供を平等に愛していないのだ。

 妹ばかり可愛がり、尭史のことはついでくらいにしか思っていない。

 その証拠に。二人は尭史の気持ちを訊こうとも、()もうともしていない!

 試合前のこのタイミングで、自分たちの都合ばかり押しつけているではないか。


「尭史。早く戻りましょう!」

 気づいたジェローナは、早口に叫んだ。

 一刻も早く彼を守らねば。たったいま、目的が切り替わったからだ。

(いや、でも)

「今すぐよ。急いで!」


 尭史だってこの空間は居心地が悪かった。

 気が引ける部分もあったが、こう急かされて断るつもりはなかった。


「ごめん。オレ、行くから」

 そう言って背を向ける。両親もさすがに引き止めはしなかった。

「がんばって!」「絶対に勝てよ」

 ただ最後の最後まで、言葉で尭史にのしかかった。



(いつのまにかオレ、勘違いしてたのかな)

 控え室への途中、尭史は念じる。

(SNoWを好きだって気持ちとか、早崎の頼みとかでさ。なにを優先するべきか迷ってたのかも)


「そんな、ことは。ないわよ」

 ジェローナが感じ取ったのは、三回戦前の雰囲気。

 不正を疑われはじめたころの、尭史の心の乱れ。

 それが今さらに強まっている。彼女の勘がそう告げていた。


(いやローナ。もう判ってたんじゃないのか)

 心で叫ぶ尭史。

 もうすでに。勘どころの話では、なかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()S.()N.()o.()W.()()()()()()()()()()()()()()! だったら――だったら!)


 彼の心は荒れきってしまった。身を滅ぼす炎のごとくに。

「伊奈のために、勝つほかねえんだ! どれだけ嫌われようが。どんな手を使おうが!」

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