43 焔村の本質
早崎は中学生のころから競技カードゲームに没頭していた。
そのときすでに訥弁に悩んでいたため、実物よりも電脳で遊ぶことが多かった。
ネット上の方が、比較的それを隠しやすいからであった。
高校生にもなると腕前はさらに上達。
『サリストム』という中規模カードゲームにおいて、全国30位程度になる熱中ぶりを見せていた。
早崎はこれをS.N.o.W.と同じかそれ以上に愛し、明け暮れたものだった。
だが『サリストム』は、今ではサービスを停止している。
それはある事件がきっかけだった。
運営開始二周年を記念した、大規模大会でのことだった。
早崎は当然のように参加し、また当然のように勝ち進んだ。
しかし本来カードゲームとは、いくら練習と研究を重ねても、負ける時には負けるもの。
最終的に彼はベスト16に甘んじた。
もちろんこれでも好成績だ。悔いはなかった。
また来年頑張ろう、と決意を新たにしたものだった。
穏やかに残りの試合を観戦した。
準々決勝、準決勝。どれも白熱した、いい試合が繰り広げられた。
決勝はどれほど熱くなるのかと、早崎は胸を高鳴らせた。
その日彼はコーヒー片手に、パソコンに居座っていた。
映し出された空っぽのバトルフィールドを前に、今か今かと待ち続けた。
だが時間になっても決勝戦は始まらない。
少々お待ちください、という簡素なアナウンスがアップロードされただけで、詳しい告知もされず。
十分経ち、一時間経ち――ついぞ。
決勝戦は行われなかった。
数時間後、公式サイトのアナウンスが更新された。
その内容に、彼は目を疑った。
『ファイナリスト同士がIDを行ったため、中止となりました』。
ID――|合意による《Intentional》引き分けは、賞金制のゲームにおいてまれに発生する。
上位進出者同士が自ずら勝負を放棄し、景品を折半したりするのである。
そんな知識を早崎は一応持っていた。
しかし、まさか『サリストム』でそれが発生するとは思ってもみなかった。
その大会の商品はデジタル・プロモーション・カード。換金など不可能だからである。
翌日になって、早崎はファイナリストの片割れ・プレイヤー名『KND』がブログを更新したのに気付いた。
その記事は、IDの理由説明及び引退表明だった。
『サリストム』が過去にあったゲームのパクリだとか。
友人のアカウント不具合への対応が不適切だったとか。
プレイヤーの熱中度に応じてカードパックの封入率を操作し、金を巻き上げてるだとか。
そうした不誠実さが、まことしやかにつづられていた。
これに応じて、多数のプレイヤーが『サリストム』から離れていった。
実のところその記事は非常によく出来ており、若かりし早崎もそれを信じた。
信じた上で、――離反運動にも加わってしまった。
しばらく経って、早崎が新たな趣味としてS.N.o.W.に腰を落ち着けたころ。
『サリストム』はひっそりと、短い歴史に幕を下ろした。
その頃もまだ彼は、KNDのブログが虚偽だとは知らなかった。
事実を知ったのは、さらに一年ほど経ったころだった。
SNSでたまたま、過去の『サリストム』を偲ぶコミュニティを見つけたのだ。
その場所でこそ――早崎より長く――最後まで残ったプレイヤーたちが真実を語っていた。
件のブログは事実無根だと。
引退というのは実のところ、不正IDを働いた除名処分だったと――そして。
KNDは近頃様々な中小ゲームを炎上させている、弩級の荒らしプレイヤーであろうと。
それを知った早崎は、静かに怒り狂った。
騙されたことと、居場所を奪われたことと。
せめてもの贖罪とを、心に刻んで。
後の早崎の執念は、空恐ろしいものがあった。
炎上中、または衰退中と思しきオンラインゲームの情報を集めては、ヘイトスピーチや大会でのボイコット的行為をしている者がいなかったか調べて回った。そしてどんな小さなことであれ、人物的特徴をすくい上げていった。
大学の単位さえ犠牲に、熱を上げた結果。
だんだんと、KNDと共通する犯人像がうっすらと浮かび上がってきた。
男であるとか。自分より2、3歳年下であるとか。北九州市に住んでいるとか。相手の攻めを受けきるタイプのプレイに偏重しているとか。個人を偽装するためか、奇妙な言葉遣いをすることが多いとか――である。
そして、先月。
S.N.o.W.福岡選考会の結果情報がネットに流れたとき、早崎は直感的に理解した。
焔村光秀、あの男こそ! 『サリストム』を奪った、KNDそのものであると。
◆
「……って理解でいいのかな」
「ああ、その通りだ」
「っだー! お前さん喋るの下手すぎだろ! 二回聞いた上でまとめなおさなきゃなんてよ!」
「済まないな、中村氏」
また頭を下げる早崎。
尭史も不満を吐きたかったが、すでにシュンとしていたのでやめた。
「ハイライトなのに長すぎるわよ!」
ジェローナは叫んだ。早崎に聞こえない声で。
「まあまあ。いいじゃないですか、面白いお話が聞けたんですから」
「面白いかはさておいて、その穏やかさは見習いたいわ。アンネシーラ」
「アンネでいいですよ」
手のひらのツボをぐりぐりと押さえながら、尭史は言った。
「とにかく話は判りました。焔村は、ある種早崎さんの仇である可能性が高いわけですね」
「そうなる」
「ただまあ、正直言って」
両手をぱっと離して、肩をすくめる。
「話が大きすぎますよ。その話本当なら、警察に頼んだ方がよくないですか?」
たしかにと頷く中村。その横で、早崎はしかし首を振った。
「二度、警察に話したことはある。しかし取り合ってくれなかった」
「そりゃまたなんで」
「証拠不十分だ。その上サービス停止に追い込まれた企業側から被害の申し出もないというからな」
「会社潰されたってーのに随分悠長だな、企業ってのは?」と中村。
「ユーザーからの不満ゆえに事業が失敗したという観点を取れば、焔村の行いが現行法で裁けるかはかなり怪しい。それでなくともこれまでの焔村は、あまり体力のない企業ばかりターゲットにしていた。そういったことに手が回らなかったのだろう」
そこで早崎は、差し出されたウコン飲料を口にした。途端に顔をしかめた。
「これまでの焔村、か」
尭史が繰り返す。
「すると、あいつの行いは徐々にエスカレートしてきてるっていうんすか?」
「その通りだ。以前は『サリストム』といったマイナーゲームばかり狙っていたのが、徐々に規模を大きくしている」
「いよいよミステリ小説の愉快犯って感じだな。それで行き着いた先が」
「S.N.o.W.ですか」
「最初の話に戻ろう」
そう言って早崎は姿勢を正す。
「まず、必ず闘ってくれ。あいつの常套手段として、大会でIDをするというものがある。それこそ『サリストム』と同じだ。ユーザーの情熱を削ごうとしている。賞金や副賞を持ちかけられても、首を縦に振らないでくれ」
尭史が無言で動揺したのに気づかず、早崎は続けた。
「そして勝ってくれ。わたしの代わりに、あいつの目論見を打ち砕いて欲しい」
早崎は自分のカバンを漁ると、中身をひっくり返した。
大量の箱がドサドサと落ちる。
「うおっ、なんじゃこりゃ」
そのすべては、北海道の土産物だった。
白い恋人から木彫りの熊まで。
「前払いだ」
「報酬ってことみたいぜ、鮎川」
熊を撫でながら中村。
「それと、これもだ」
サブバッグからカードファイルを取り出すと、一枚抜き出して尭史に渡した。
「……『獰猛な中隊長』じゃないですか。しかもフォイル版!」
『獰猛な中隊長』(赤)(2)
プログレ――人間 / 戦士
あなたがゲーム開始後初めてカードを引くとき、手札にあるこのカードを追放してもよい。そうしたならば、赤い BP1000 / HR0の人間・プログレ・トークンを二体場に出す。
獰猛な中隊長の効果はゲーム中一度しか使用できない。
BP2000 / HR2 / RV(戦士)
「探していたのだろう。譲ろう」
「それはそうですが、どうして」
「話を聞かせてもらった」
「話、……って、まさかっ!?」
このカードの名前を持ち出したのは、中村を除けば月居だけだ。
今の密室で声が漏れるはずもなく、……となると。
「わたしなりに何かできることがないかと、実は尾行していた。この部屋を知っていたのも、そのためだ」
「それめっちゃ失礼なんですけど!?」
「なに、そうなのか?」
まるで悪びれる風のない早崎。今度こそ尭史は、罵声を浴びせたくなった。
(この、コミュ障!)




