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4 創造の標

 翌日。二限の必修を終えた尭史は、すぐさま教室を飛び出した。

 向かう先は、サークル棟。テーブルゲーム研究会の指定会議室だった。


「そんなに急ぐことないんじゃない? こっちまで落ち着かないわ」

 ギラギラしたスリーブとハードケースを重ねたジェローナが、胸ポケットから尋ねた。

「大会まで、今日を入れてあと六日だ。ワンドロー分の時間も惜しい」

「……。一秒たりともムダにしたくないってことかしら」


 はじめ、それ以上の文句はよそうかとジェローナは思った。尭史に協力すると宣言した手前でもあるからだ。

 しかし通学と授業で退屈させられていたのも事実だった。

(そろそろちょっかいかけてもいいわよね)

 唇が歪むのを、止められなかった。


「ねえねえ尭史。大会用のデッキに目処はついてるの?」

「ん。ま、多少はね? でも目処にすぎないな。まだ確信はない」

「どんな戦略なの。教えて」

「少なくとも、アグロ(Aggro)ではないかな」

 いわゆる速攻型を指す用語である。

「なに。マグロ?」

 ジェローナが尋ねたころ、授業終わりの学生たちがどっと出て来た。ある大教室の講義が終わったためだった。尭史が降りていた階段が、あっという間に人で埋め尽くされた。


「マグロじゃねえよ。ノッケから相手を攻めまくるタイプだ。でもオレは、じっくりと攻めていきたい」

 TCGのことをよく判っていないジェローナのために、尭史はあえて抽象的な言葉を選んだ。

「長期戦に持ち込むってことね」


「せっかく右手が光るんだ。その方が確実にペースを奪える」

「右手が光る……って、いいドローをすることを言うの?」

「ああ。そのおかげで、相手のプレイに対して弱いところを狙い続けることができる。そして機が熟したトコロでデカいモノを押し付ければ、こっちのもんさ」

「そういうもんなのね」


「とはいえ、それ以外は決まってないんだけど。ローナの魅力も引き出したいし」

「あら嬉しい」

「その方がお互いにキモチイイだろ? そのへん色々色んなトコロを噛ませて、最大公約数的な構築をしなきゃならねえ」

「複雑そうね」

「絞れないほどにね。相手を突きまくってグチョグチョにしていくか。準備を重ねて一瞬でフィニッシュするか。相手の身動きを縛って、ジワジワとなぶっていくか。方法はいくつもある」

「色々あるのねぇ。ところで」


 ジェローナは何食わぬ表情で、こう言った。

「さっきから熱くなってて、結構な音量で話してるみたいだけど。大丈夫?」

「……うッ!?」

 はっと口を押さえる。周りを見渡すと、心なしか周囲と距離を置かれているように見えた。何百人という学生がいるにも関わらず、だ。


「なんでこんな……」声量を絞って、尭史は呟いた。

「そりゃ、私の声は他人には聞こえないからでしょうね。他の人たちからは、あんたが不気味な独り言を垂れ流してるようにしか見えないわ」


「するってーと」

 今までの自分の発言が、他人にはどう聞こえるのか。尭史は振り返ってみた。


『マグロじゃねえよ。オレは、じっくりと責めていきたい』

『デカいモノを押し付ければ、こっちのもんさ』

『突きまくってグチョグチョにしていくか』


 そして、顔を真っ赤に染めた。

「最悪だ……」


「あ、そうそう言い忘れてたけど」

「なんだよ……」

「私に何か言いたかったら、それっぽく念じれば伝わるわよ」

「……」


 青年は投げやりにテレパシーを送ってみた。

(こうか)

「そうそう、そんな感じ。口に出さなくてもいいの! 便利でしょ」


(なんでもっと早く言わねえんだよ)

「そりゃ、面白いことに使えそうだなーって思ってね。あはは! いやーおかげで笑えるモノ見せてもらったわよ。尭史、完全に変態ね。まさかこんなコト言い出すとまでは思わなかったわ。大学デビューしたてなのにこれじゃ、ってああああちょっと待ってよだから逆さまにしないでねえってば! ぎゃー!」

 尭史は逃げるように、会議室へと駆けて行った。



 ジェローナは上下逆さまにさせられたまま胸ポケットの中で揺られ続け、吐き気をもよおした。意識が朦朧として、しばらく生きた心地がしなかった。

 次に目が覚めると、知らない天井が目に入った。視線をずらすと、尭史の顔。誰かと話しているようだった。


「そこを頼むよ。一日ごとに豚ダブルおごるからさ」

「味玉付くか?」

「仕方ねえな」


 二人は拳を突き合わせる。ジェローナには、何かの交渉が成立したように見えた。

「尭史。なに? 誰?」

(起きたのか。コイツは去年のスクロールカップ優勝者、北田気(きたたけ)(げん)

「うそ。去年の日本一? すごい」

(の、いとこだ)

「……私をおちょくるの、楽しい?」

(オレさっきのこと、まだ割と怒ってるからな)

「むー」


(名前は中村武。北田気ほどじゃねえが、なかなかの実力者だ。S.N.o.W.に関しちゃ、このサークルのナンバー2。これから、大会用のスパーリングと調整に協力してもらう)

「なるほどね。ちなみにナンバー1は?」

(オレ)

「おまえ、ナルシストな」

(んだよ、昨日のオレの真似か? やめろよ)

「んだよ、昨日のオレの真似か? やめろよ」

「……」

「ねえねえ、私のこと捨てたいって思った? でもできないでしょ?」

(うぜえ……)

 ケラケラと笑うジェローナに、呆れた目を向けずにはいられなかった。

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