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かみどろ! -異界転写の女騎士-  作者: 賀来大士
一日目: 閉会後(夕)
37/106

37 有害な前兆

 逃げる当てはなにもなかった。ただ走った。

 ブースを抜け、ホールを出て。なんの考えもなく、外を目指した。

 尭史に体力がないのはどうしようもない事実だ。

 フォームは無駄だらけだし、息もすぐに上がる。

 格好よく外へ出ることさえできなかった。


「鮎川さん!」

 玄関まであと少し。というところで腕を掴まれる。振り解きたくてもできない。

 太い腕。警備員のもの。

「困りますよ。特集記事(カバレージ)用のインタヴューもありますし、選手村等に関する説明も行いますから」

 聞くフリをしながら逃げる隙を窺うものの、二人、三人と警備員が増えてくる。

 尭史には従うほかなかった。

 連れられて会場へ戻る。

 胸ポケットの中で、ジェローナは一人心配そうな顔をしていた。



 会場では一日目の閉会が告げられ、一般客がぞろぞろと流れていた。

 帰宅者が混雑を起こしてはいない。むしろ半分以上はその場に残り、草試合やトレードに興じていた。

 うつむいた尭史に気付く者は、まるでいなかった。


 案内された先は、これまで通りの控え室だった。

 準決勝進出者のみならず、64人全員が集まっていた。

 集団の中で月居だけが尭史を見つめていたが、彼はそれに気づかなかった。


 全員の集合を確認すると、スタッフが景品を配り始める。

 参加賞として発売前の最新弾ボックス。加えてプロモーション・カード。

 配布終了をもって準決勝進出者以外は解散となる。

 月居や馬渡といった面々は、そこで控室を出た。


 残った八人には、いくつかの上位入賞者特典が贈与された。

 ビジネスホテルのキーと夕食・朝食手当。

 最後に、しばらくこの場に待機するように告げられた。追って個人インタビューが行われるためだった。



 尭史の順番は三番目。一人当たり十分が費やされるとして、半刻足らずの余裕がありそうだった。

 それがどうにも所在なく、部屋の隅でそわそわとしていた。

「落ち着いた?」

 二人目が部屋を出たあたりで、ジェローナが訊いた。

「あんまり考え込んでもいいことないわよ」

(考えなしでもいいことは転がりこまないだろ)

「曲解だわ、そんなの」

(誤解でもなければ無理解でもないはずだ)

「尭史、あなた疲れてるのよ」

(そんなことは……、いや)

 どうなんだろうな。そう言って溜息を吐いた。


「あ~ら辛気臭い!」


 ちょうどそのときだった。

 一人の男が、尭史の隣にどかっと腰を下ろした。


「げ。伊豆浜……さん」

 尭史が座る位置をズラしたことに、ジェローナは気付いた。


「ちょっとォー! 目の前でげはないでしょげは。まったく尭史ちゃんはツンデレなんだからァん」

「いや伊豆浜さんにデレたことありませんけど」

「こないだワタシのこと、好きって言ってくれたじゃない!」

「あっ見え透いた嘘吐くのやめてもらえます? 一周回って本当みたいに聞こえるんで」

「ヤダワァ。ワタシは気にしないわよ」

「伊豆浜さんの都合は聞いてないす」


 そのやりとりに冷やかな目を向けられていることに、尭史はようやく気が付いた。

 なお、ポケットの中から。

(誤解だローナ。伊豆浜庄兵衛さん、次の対戦相手だ!)

「無理に取り繕うことないわ。性癖で人を評価するほど狭量な人間じゃないわよ私」

(その気遣い要らないけど!)


 尭史が伊豆浜を睨んでみると、なぜかウインクで返された。ジェローナ以上にサマになっていた。

 なお伊豆浜は男である。


「それでどうしたの尭史ちゃん。せっかく勝ち進んだのに暗い顔しちゃって!」

「もともと根暗なんですよ」

「ウソおっしゃい。二年前はもっとキラキラしてたわヨ」

「二年もあれば性格歪みます」

「たったの二年で何が変わるって言うの」

「でも自分、思春期でしたから」


 我ながら苦しい言い訳だと思う尭史。だが伊豆浜に弱音を吐くつもりはなかった。

 彼とはそう深い関わりはない。まして次の対戦相手ともなれば、見栄も張ろう。


「マ、無理に訊き出すつもりはないわ。人に言えない悩みくらいあるでしょうしネ」

 実のところ、伊豆浜には虚勢だとバレていた。

「でも二つ約束して頂戴」


「なんですか?」

「その暗さを明日に持ち越さないで。真正面からかかって来なさい」

「もちろんですよ。正々堂々勝負です」

 言ったそばから、尭史の胸は痛んだ。


「もう一つ。そんな顔してるとハッピーが逃げるわよン。笑顔でいなさい、ワタシの尭史ちゃん」

「とりあえず伊豆浜さんのモノでないことは明言しときます」

「まままさか他の誰かのモノになってしまったの!?」

「このオカマ一体何を言い出すんですかね」

「最悪前は甘んじるわ。でも後ろの初めてはワタシが貰うわよ!」

「ホント勘弁してください。冗談に聞こえませんから」


 ちょうどそのとき、スタッフが尭史の名前を呼んだ。

(助かった……)

 反射的に立ち上がる尭史。


「尭史ちゃん、ワタシの部屋は0506号よ。夜にいらっしゃい」

「これほど恐ろしい時間指定も他にないでしょうね」

 扉の奥に消えるまで、伊豆浜は手を振り続けていた。



「あの人、三回戦について何も訊いてこなかったわね」

 面談室までの廊下で、ジェローナが言った。

(そうだっけ? 貞操守るのに必死だったからよくわかんねえや)

「貞操だなんて、よく言うわ。私のこと触りまくってるくせに」

(いくらオタクでもカード触ることにエロス感じたりしないよ)

「どうだか」

(おまえ今スリーサイズ、上から 12.6 / 12.6 / 12.6 だからな? 凹凸なさすぎて面白くないよ)

「そんなこと言って、ホントはインクのハリがピチピチだとか思ってるくせに」

(ごめん流石に意味が判らない)


「っと。話が逸れたわね」

(どの口が言うんだ)


「やっぱり尭史、考え過ぎよ。尭史を悪く思う人なんて、そうはいないわ」

(気休めは嬉しいよ。でもそれはTCGを知らない人の言葉だ)

「……ッ。そんな言い方ってないじゃない」

(それがあるんだよ。あの勝ち方は、カードゲーマーなら誰もが(ねた)むものなんだ。もし伊豆浜さんの敵意を刺激してないとしても、大多数は悪く思うに違いない)


 言葉通りの背徳感が、尭史をさいなむ。

 だからつい、余計なことまで言ってしまった。

(悪く思うヤツがそうはいない、だって? それはカードに詳しくない人間の言葉だ。気休めでしかない。やめてくれ)

「なん、ですって」


 ジェローナが言葉を詰まらせているうちに、面談室へとたどり着いてしまった。

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