3 意外な授かり物
一瞬だけ尭史の手が止まった。しかしすぐに、整理を再開した。
「くだらないね。そんなわけないだろ」
「どうして?」
尋ねられた尭史が、眉をひそめる。怒らせることを言ってしまったかと、ジェローナは体を強張らせた。
「確かにお前の効果は強力だよ。ここ最近、トップ・メタの軸に据えられてるくらいにはね。でも、個々の能力値が高いだけじゃ、カードバトルで勝てやしないよ」
ジェローナには目もやらず、尭史は続けた。
「デッキとしての完成度。それを使いこなすプレイスキル。相手との相性。ドロー運ももちろん含まれる。色んなものを加味しないといけないんだ。強いモノを手に入れるだけで勝てるなら、ソーシャルゲームと変わらない」
尭史の口調の強さに、ジェローナは初め気圧された。けれど話を聞くうち、尭史は彼女に対して怒っているのではないことに気がついた。
「あなたは本当にTCGが好きなのね。判らない単語もあったけど、情熱は伝わったわ」
ならばこの事実は、真面目に伝えなければ。ジェローナはそう考えて、態度を改めることにした。
「……おう」
その雰囲気の違いは、尭史にもしっかり伝わった。整理の手を一旦休め、ジェローナと目を合わせた。
「だからこそ、これはちゃんと聞いて欲しい。私には、カードテキスト以外の特殊能力があるの。それはつまり、一介のカードとしての『流星映す剣聖、ジェローナ・メイル』ではなく。この世にたった一枚、ここに生きている私だけの能力」
「なんだって?」
「私のテキスト欄、よく見てみて」
尭史は言われた通りにした。すると、カードの特殊能力が記された欄のすぐ上に、ごく薄い字で何かが書いてあるのが判った。
「ん。この文字は、アレか。S.N.o.W.の背景ストーリーに出てくるルーン文字だよな。読めないけど」
「その通りよ。そして私は、これを解読できるわ」
「……!」
「意味はよく判らないけど。あなたほど熱心なプレイヤーなら、そのまま読んでも伝わるのかしら――」
その先を、尭史は静かに待った。
「このカードのオーナーは、自身のトップデッキを自分の意志で操作できる」
「嘘だろう!?」
張り上げた声が、部屋の中に響いた。あまりの驚きように、ジェローナまでも目を丸くした。
「ちょっと、何よ。喋るカードに驚かなかったあなたが、そんな反応するようなことなの?」
「当たり前だ! そんなことが出来れば、さっきの要素が全部なくなったも同然だ」
「それって」
「デッキ構築。プレイング。マッチング。ドロー運! すべてに影響するんだ。判らないか?」
ジェローナは頷く。
「トップデッキってのは、本来デッキの一番上のカードを意味する。文字通りにね。でもその文脈だと、意味が違う。つまり、おまえの言葉を再翻訳するとこうなるんだ」
異常なほどに、尭史は息を荒げていた。
「オレは好きなタイミングで、デッキ内にある必要なカードをデッキの一番上からドローできる、と!」
そう言われてようやく、ジェローナにもことの重大さがわかりかけてきた。
「麻雀だったら、自模の内容を操作出来るってことになるだろうさ。ポーカーの引きと言ってもいい。とにかく、ゲーム性の否定そのものみたいなことだ!」
尭史はジェローナを頭上高く持ち上げた。帰宅時とは打って変わった、満面の笑みを浮かべている。
「凄いぜ、それは! 最高だ。本当の事なら!」
対するジェローナは、まだどこか険しさの残る表情を浮かべていた。
「ええ、本当よ。でもまだ喜ばないで。この能力には、二つの制限があるみたいなの」
「制限」
尭史は上げた腕を下げ、ジェローナに目線を合わせる。真剣な表情で、耳を傾けた。
「一つ目。この能力は、百回までしか使用できない。百回のドローを操作した後、この能力は消滅するわ」
「百枚分のドローにしか効力がないってことか。それでも十分効力はあるな」
顎に手を当てながら、尭史は考える素振りを見せる。
「それで、もう一つは?」
「この能力を使う度、それ以降のドローの質が悪くなる」
「ん、なんだ」眉をひそめる尭史。「他の二つに比べると、曖昧じゃんか」
「そう言われてもね。これ以上詳しいことは、私にも判らないわ」
「なんか、ちょいちょい判らないことがあるのな」
「嘘じゃないわよ。ほんとに知らないの」
「ふうん。まあ、確実性に欠けるってだけで、意味不明ってわけじゃないんだけどさ」
ここで尭史は、「それで」と一息入れた。
「制限ってのは、その二つだけってことで、いいんだね?」
「そうね。私が知ってるのはこれだけだし、リスクや制限がもっとあるということもないはずよ」
「そうか……!」
尭史は再び、嬉しそうな表情を浮かべた。
「最高だよ。それなら問題ない。いや、その程度なら我慢出来ると言うべきかな」
その声色に、ジェローナは緊張を解いた。冗談めかして、こんなことを言う。
「我慢? 使いたくないのなら、使わなくたっていいのよ」
「まさか! 全力で、使いこなす。なんたって週末には、アレがある」
ジェローナには見当もつかなかった。
「なんだ、それも知らないのか。土日にかけて行われる、スクロールカップを?」
「だから、なんなのよ」
「全日本選手権だよ! おまえがいれば、日本一になるのも夢じゃない。……いや」
そこまで言ってから、「違うな」と自らの言葉を否定した。
「オレはなんとしても、全国一位にならなきゃいけない」
それは鬼気迫るかのような、叫びだった。
先ほど見せたのとはまた違う興奮を、青年は帯びていた。
「その先に、何かあるの?」
ジェローナは訊かずにはいられなかった。
悲壮感さえ漂わせる、その姿。決して広くない両肩に、何かが乗りかかっているような。
そんな雰囲気を、感じたからだった。
「ああ、いや、そんな」
すると尭史はわざとらしく額を押さえ、明後日の方を見た。
「男としては、テッペン目指さなきゃなって。しかも、チートまがいの能力まで使う機会があるわけだし。勝たないわけにはいかないなって、さ」
「嘘を吐くのが下手ね、あなた」
呆れたような、諭すような。穏やかな声で、ジェローナは言った。尭史にはこのときのリアクションさえも、隠すことが出来なかった。
「まあ、いいわ。話す気がないなら、答えなくてもいい。でも質問を換えさせて」
今度は挑むような眼つきになって、こう尋ねた。
「あなたは他の誰かのために、優勝しようとしているの?」
虚を突かれた尭史に、ジェローナの意図を考える余裕はなかった。
ただわずかに一瞬、迷いを覚えた。
本当の思惑を告白して良いものか。
それとも嘘など吐いていないと、しらばっくれるか。
あるいは。
「ああ」
結局のところ、それだけ答えて。
その場は、ジェローナの言葉に甘えることにした。
「判った。なら私はあなたを信じて、あなたを応援することにする。騎士として力を貸すわ」
「オレを疑わないのか? おまえの気を引くために、それこそ嘘を吐いてるかもしれないぜ」
「そうは思わないわ。さっきと比べて、感情的だったし。それに」
「それに?」
「私の特殊能力の話を、あなたは疑わなかったでしょう? そのお返しよ」
「……オレはただ、喋るカードっつー超常存在がアリなら、そういうチート能力もアリかな。そんな風に思っただけさ」
「そこに因果はあるかしら? 私は、あなたの人が良さゆえだと思ったわ」
「生意気な紙切れだね」
カードゲーマーにいいヤツはいないってのが常識なんだぜ――と、尭史は嘯いた。
「そうと決まれば、一緒に頑張りましょう。手始めに、私のことおまえって呼ぶの、やめてよね」
「じゃあなんて呼ぶんだよ。ジェローナを略してジェルか?」
「人のことを半固体みたいに! ローナって呼んで」
「オレは尭史だ」
一人と一枚は、互いに不敵な笑みを浮かべた。
「じゃ、次はこの貧相な袋を別のに換えてよね」
「換えてください、だ」
「あら。尭史は共闘仲間のささやかな頼みも素直に聞いてくれない、小さな男なのね」
「ぐ 。確かにスリーブ一枚なんて、ささやかだ……っ」
すぐさま、一枚だけが不敵な笑みを浮かべることになった。
結局尭史はこの日、優勝を目指す理由を口にしなかった。
妹が病気であることも。
その手術の為、大金が必要となることも。
"S.N.o.W." 全日本選手権、スクロールカップの優勝賞金で――その大金の、半分以上が賄えることも。