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26 冒涜の悪魔

「待て。まてまて」

 さっきまでの威勢がウソのように、馬渡はうろたえた。

「そんな頼みを受けるには、そう。突っ込みどころが多すぎるじゃん。ハイそうですかとはとても」

 指折り数えながら、馬渡は問題を整理した。


「まず、その情報が正しいっつー保障がないじゃん。次に、早崎の事情をあんたが語る意味が判らないじゃん。そして、ぼくに頼む必要性を感じないじゃん」

 他にもあるような気もした。しかし咄嗟の事で、馬渡はそれ以上口にできなかった。


「全部、もっともですのん。一個ずつ答えましょん」

 馬渡の様子を案じてかどうか、焔村は語り口を遅くした。


「まず、情報の信憑性についてですが。実はすでに、この書き込みが早崎サンによるものだと調べがついてますのん」

「なんだって?」

「っていうか、本人に確認してますのん。二回戦終了後、デッキを見せたときの情報に基づいていると! ですので、少なくとも真偽を疑う必要ありませんよん」


 口笛でも吹くかのように、軽やかな顔の焔村。

(友達って断言するくらいだし、嘘じゃあない……か?)

 一方の馬渡は黙って勘繰る。何か口を挟むには、情報量が少なすぎた。


「次に、僕からお願いする道理ですが。それはこのお願いが、僕の独断だからですのん。なんていうか……」

 どこか照れたように、軽く頭を掻く。

「早崎サンは、シャイな上に人が良いんですのん。誰よりも鮎川サンを疑ってるくせに、知らない人に頼みごとなんてできないみたいで」

「あんたが気を利かせて、代わりを買って出たってことかい?」

 焔村はまた、同じように頭を掻いた。


(軽薄な男だと思ってたけど。なかなかどうして、男気があるじゃないか)

 馬渡は少し、焔村へと身を乗り出した。


「最後に、馬渡サンに頼んだ理由ですが。これは三つありますのん」

 焔村は三本の指を立てる。馬渡は黙って頷き、続きを促した。

「一つ、単純に鮎川サンと次に戦う相手だから。一つ、デッキ相性的に馬渡サンは有利な戦いができそうだから。一つ、馬渡サンは人情味のある方だと聞いているから……ですのん」


「お世辞、かい」

「お世辞ですのん。噂の受け売りですからねん」

「正直だね、あんた」

 フッと馬渡は笑った。満更でもないのだ。


「でも今こうして話して、あながち間違いじゃないと確信してますん」

「それこそお世辞じゃん」

「いえいえ。それにデッキ相性については、馬渡サンも自覚してらっしゃるでしょん?」


「まあね。彼のFF、16弾版ジェローナ。あれはランプデッキに対して明確な不利がつくじゃん」

「でもって馬渡サンの今のデッキは、そのランプでしょん? 勝算は高いはずですん」

「確かにそう思ってはいたけどさ」


 そこで馬渡は一息ついた。

「あんたの言い分は判ったよ。彼の言い分が本当なら、仇を討ってやりたいと思う。心からね」

「おお!」

「本当なら! だぜ。今の話を聞いても、ぼくは鮎川くんが悪いヤツだとは思えないんだ」


 焔村は何度か目を(しばたた)かせて、それから言った。

「そればっかりは、仕方なさそうですねん。なら僕にできることは、馬渡サンの健闘を祈ることだけですのん。言いたいことは全部、言わせてもらいましたからねん」

「あんまり気を落とさないでくれよ。相手が誰だろうと、全力で戦う。それが当然じゃん」

「それもそうですのん」


 焔村は伸びをすると、一歩後ずさった。

「では、そういうことで」

「おっと。待つんじゃん」

 馬渡は、先ほどのコーラを手渡す。


「これはご丁寧に。じゃ、ご武運を!」

「お互いにね」

 ボトルを受け取ると、焔村は控室を出た。


 その脚はある場所へと向かっていた。

 本戦ブースを出て、会場を出て。

 辿り着いたのは、ビジネスホテルの一室だった。


「逆嶋サぁ~ん。ぼーくでーすのーん」

 両手でドアを叩く。奇妙なビートを刻みながら、焔村は上機嫌だった。


 ほどなくして大きな足音が続く。そしてすぐさま扉が開かれた。

「きっしょい声出すな、ボケが! 自分、そんなに命が惜しないんか!」

「またまたぁ~。大袈裟ですねん。謙造サンっ」

「下の名前で呼ぶな、ゴミクズ」

「ゴミクズなんて。人のこと言えないでしょん」

「やかましい」

 入るならさっさとせい、と逆嶋は焔村を迎え入れた。


 逆嶋はスプリングのきついベッドに腰かけ、焔村は机に座った。それで逆嶋の機嫌が更に悪くなりはしなかった。

「で、何の用や。内容によっちゃそこの窓から突き落としたるで」

「ちょっとした自慢話ですよん。鮎川サンの印象操作がいい調子でしてねん」

「なんや。みみっちいことしとるな」

「やだなあ。だんだんと効果出てくると思いますよん? 逆嶋サンはそういうの、考えたコトないでしょうけどん」

「おちょくっとんのか。ワイのポケットにはメリケンあるんやけどな」

「ひえー」

 焔村は体を揺らす。達磨を転がしたように。


「とりあえず聞いてくださいよん。鮎川サンの次の相手、馬渡サン。彼きっと、鮎川サンの心理を追い詰めてくれますよん」

「心理だあ?」

「ええ。正義感とやらを刺激しましてねん。鮎川サンが悪人だと思うように仕向けたんですのん」

「何をしたんや」


「言ってみれば、複数の人が鮎川サンを恨んでいる……と思うように誘導しましたのん。たとえば」

 焔村は手際よく、先ほどと同じ掲示板を見せる。

「2chで叩かれてるとかですのん。あの引きをオカシイと思ってる人間が多いように見せかけましたのん」


 逆嶋はその画面を見て、ぼそりと言う。

「なんやそれ。実際こんだけの書き込みがあんなら、見せかけでもなんでもないやろ」

「やだなあ。これ全部、僕の自作自演ですよん」


「……ん?」

 強面に反した素っ頓狂な声だった。

「判りませんか、逆嶋サン? 個人を特定する情報を操作しながら、似たような内容の投稿をして。あたかも複数名が怪しんでるかのように思わせてるんですのん」

 逆嶋は眉間に(しわ)を寄せたままだった。

「こういうことしとくと、ついでにアフィリエイトブログなんかが注目度上げてくれますからねん。もちろん、鮎川サンにとって悪い意味で」


「すると、なんや」

 なお考えながら、逆嶋は言う。

「その掲示板を見せて、馬渡の敵愾(てきがい)心を(あお)ったっちゅーことか?」

「まさか。それだけじゃありませんよん」


「せやから何をしたんや」

「ですから正義感を刺激したんですのん」

「回りくどいやっちゃな」


「僕が早崎サンの友達という設定で」

「あん?」

「早崎サンが不自然な負け方をしたことに腹を立ててるから、仇を討つように頼んだんですのん」


 逆嶋は顔に似合わず、目をぱちくりさせた。

「待て。まてまて。そもそも自分と早崎はつるんどんのか?」

 それを聞いた焔村は、下卑た笑いを浮かべた。


「そんなわけないでしょん。これもぜーんぶ嘘ですよん」


「……!」

 逆嶋もまた、愉快そうに鼻を鳴らした。

「彼とは今朝挨拶して、それきりですのん。でも馬渡サンはその設定を信じて、あまつさえ僕に男気まで見込んだ。全部ホラだとも知らずに!」


 そこまで言いきると、焔村は爆ぜるように笑った。

「傑作でしょん。傑作でしょん! きっと馬渡サンは、実力以上の戦いをしてくれますよん。ハリボテの悪役を見出して。中身のない正義感を抱いて!」


 その笑い声は心地よいものではなかったが、逆嶋は止めなかった。

 彼もまた、笑っていたからだ。


「うまくいけば、鮎川さんの冷静さを削ぐことまで出来ますよん。……どうです? 面白い話でしょん」

「せやな。まったくワイ好みの話や」

 くっくと笑いながら、顎鬚(あごひげ)をいじる。

「ワイらの目的のためには、あの第三の持ち主には早う退場して欲しいが。それ抜きにしてもおもろい」


 にやにやしながら立ち上がり、備えられた冷蔵庫を開ける。

 その中にある缶ビールを二つ取り、片方を焔村に投げ渡した。

「やったあ。コレがちょうど呑みたかったですのん」


「焔村ァ。ワイはおまえの全部が好きとは言えへん。せやけどおまえの性格が鮎川や馬渡のようやったら、こうして協力せぇへんかった」

「そういう言い方好きですよん、逆嶋サン」

 ビールを一口飲むと、焔村は自分のカバンを漁りだす。


「ちょっとトイレ借りますねん」

「ええけど、なんでそんなもん持ち込むんや」



 立ち上がった焔村の手には。

 馬渡からもらったボトルが握られていた。



「下水に流します。僕はね、コーラが大っ嫌いなんですよん」

昨日、SNoWルールブックを投稿・完結いたしました。どうぞ併せてご覧ください。


それと、未成年の飲酒は法律で禁じられております。焔村の真似はしないでください。

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