25 対敵情報活動
「そこに居るのは神奈川代表、馬渡サンじゃありませんのん?」
そのころ。
会場ではすべての二回戦が終了し、出場者たちは思い思いの時間を過ごしていた。
「あんたは?」
「ボクは焔村光秀ってーますのん。福岡せ」
「あーこないだの福岡をかっさらってった人か。名前は聞いてるよ」
それはこの二人も、例外ではなかった。
焔村光秀と馬渡大地。
いずれも二回戦進出者である。
「そりやぁー光栄ですのん。そして恐縮」
「で、なんの用かな」
「いえー。ちょっとご挨拶にと」
「律儀なもんだね。嫌いじゃないよ」
ほとんどは出払い、閑散とした選手控え室。
馬渡はそこでくつろいでいた。スナック菓子とコーラを広げ、大きなデスクを独占しながら。
すると突然、焔村がやって来たのである。
「それは良かったですのん。中には煙たがる人もいますからねん!」
「しかし、好ましいわけでもねーじゃん」
「およ?」
何を思ってか、馬渡は眉をひそめた。
「焔村くん。あんたとはマッチングが近いわけじゃない。当たるとしたら決勝でしかありえない。そして認めたかねーけど、おれはそこまでの強豪じゃない」
自虐的なことを言いつつ、菓子を運ぶ手は止めなかった。
「またまたぁ」
「だっつーのに、普通このピリピリしたタイミングで挨拶なんてするわけねーじゃん」
焔村の話を半ば無視するようなかたちで、馬渡は一気にまくし立てた。
「となれば。他に何か理由があるか、あんたがよっぽど空気読めないか。どっちかだ」
「いや、はや。なかなか圧のあることを言いますのん」
焔村は軽く息を吐いた。
「ぼくだってピリピリしてんだよ。でどっちなんだい?」
対する馬渡は固く腕を組む。
「ぼくはね。コーラが嫌いな奴と、空気読めない――というより。他人を気遣えないヤツとは友達にならないぜ」
「いやー、参った。実は幸運にも、お話がありますのん」
「それは吉報ってことかい」
「友達になりたいだけですのん。イイ話とは限りませ」
「良いことじゃないなら、手短にね」
「見かけによらず、せっかちな方ですのん」
一つぼやくと、焔村はケータイを取り出した。
「これは何かといえば、悪評・不祥事といった類の噂なんですがねん」
画面に目を向けたまま、焔村は続ける。
「次に馬渡サンが対戦する、鮎川サン。彼が不正を働いている可能性がありますのん」
「なんだって?」
ポテトチップスに伸びる手が、ついに止まった。
「本当のことなのか、それは」
「イイエェ。あくまで噂ですウワサ。今のところ真偽を知るのは本人だけですのん」
「益体もねえじゃん」
馬渡はかぶりを振った。
「鮎川くんはいわば友達の友達なんだ。そうは思えないな」
「うーむ。しかし、こういう言い方は悪役のようですがねん」
「言ってみなよ」
「つまり馬渡サンと鮎川サンに、直接の関わりはないってことですよねん」
馬渡とは逆に、手を大きく広げる。
「それなのに信じるというのは、いささか人が良すぎますよん。それに共通のご友人は、そこまで鮎川サンのことを深く知っているのですか?」
「……いや」
馬渡の脳裏に中村の顔が浮かぶ。
馬渡と中村の交友は、三年以上になる。良いヤツだということは、よく判っている。
しかし中村と鮎川は、つい一か月前に出会ったばかりのはずだった。
(中村が騙されてる可能性もゼロじゃない……か?)
どうするべきか。彼は迷った。
「疑いたくない気持ちも、察しますがねん。とりあえずお話だけでも、聞いてくれませんのん?」
堪えようとしているにも関わらず、焔村の口は僅かに歪む。
「疑いをかけている人は徐々に増えているようですしねん」
「判った。せっかく尋ねてくれたんだし、話だけでも聞こう。飲むかい?」
その笑みを、馬渡は営業スマイルと解釈した。
友好的な態度には、友好的な態度で返すべきだ。
彼はそう考えて、未開封のペットボトルを一本手渡した。
「いただきますのん」
焔村はそれを丁重に受け取ると、水滴を手で払ってから開栓した。
「へえ。いい飲みっぷりじゃん」
「ぷは。どうもん」
「気に入った。じゃ続きを頼もう」
「これを見て欲しいんですのん」
焔村はそう言って、自分のケータイを差し出した。
そこに表示されていたのは、誰もがよく知るネット掲示板の最大手。
数あるスレッドの一つ、S.N.o.W.のスクロールカップ専用スレッドだった。
「なんだ、2chじゃん」
予想に反したスケールの小ささに、馬渡は肩透かしを喰らった気分がした。
「選考会優勝者が、こんな俗っぽいものを見せるのかい」
匿名の情報なんて信憑性のかけらもなかろうに――とまで続けた。
「まあ、まあ。そう言わずに、ちょっとだけ見て欲しいんですのん」
忘れかけていた胡散臭さがぶり返す。渋々といった体で言う通りにした。
なるほどそこには、一選手としての鮎川尭史に対する憶測が飛び交っていた。
曰く、彼のドローは異常だと。
一回戦・二回戦とも、確率的に不自然なところを引き続けているという。
曰く、彼のデッキも異常だと。
現在の環境をまるで無視した、五色デッキを使っているという。
曰く、彼はイカサマをしているのではないかと。
環境をまったく無視したデッキチョイスも、ドローを操作する不正行為を確立しているなら、納得できるという。
「ここまで書き込みの勢いがあるというのは」
流し読んだ馬渡は、そう言った。
「確かにクサいね。何か裏があるように思える」
「でしょう?」
「だけど根も葉もない。炎上してるならまだしも、この程度のレスじゃ判断材料にはならねーじゃんか」
この件を怪しんでいる人間は、数名いる。馬渡はそう判断した。
それは同時に、数名しかいない、ということでもある。
二回戦の後半が始まったあたりを境に、尭史を糾弾する書き込みが止んでいたことも裏付けだった。
怪しむ者がもっと多ければ、炎上しているに違いないのだ。
「火のないところに煙は立たないとも言いますよん」
「放火なのか事故なのか、それがわかんねーんじゃん」
「言いますねん、馬渡サン」
馬渡は首を傾げながら、またポテトチップスに手を伸ばす。それは考えるときのクセだった。
咀嚼の音が終わると、馬渡は言った。
「まあ、あんたの言いたいことは判ったよ。鮎川くんとの戦いは用心しろってことだろ? ジャッジに監視を徹底してもらうとか、カットを入念にするとか。彼がサマ師かどうかはともかく、対策するに越したことはないって」
「間違いはありませんのん」
「しかしここで、もう一つ疑問が湧くんだ」
新たにポテトチップスをつまむと、それを焔村の眼前に突きつけた。
「焔村くん。あんたの目的はなんだ。どうして鮎川くんへの敵対心を煽る?」
焔村は驚いたように、ポテトチップスを凝視していた。
「不自然じゃんか。老婆心でわざわざ忠告しに来た。とでも言うのかい?」
ぼくときみはこれが初対面だろ。そこまで言うと、馬渡はもう一方の手で頬杖をついた。
一、二秒ほど。馬渡はそのまま、焔村の返事を待った。
やがて焔村は、口を開いて。
「あぐ。ばりむしゃ」
「!?」
あろうことか、眼前のポテトチップスを呑み込んだ。
「……ぼくはなにも、あんたに差し入れをしたつもりはなかったんだけど」
「はっ。すみませんねえ。つい」
馬渡は見せつけるように溜息を吐く。
「もういいよ。話す気が失せちまった」
そして手で焔村を払う。下手くそなセールスマンに対するように。
「すみませんねえ。まだ切り上げるわけにはいきませんのん」
しかし焔村は、立ち去らなかった。
迷惑そうな馬渡の目を意に留めず、焔村はケータイの画面をフリックする。
「これを見せないわけにはいきませんのん」
言いながら、再び手渡す。
表示されていたのは、またもやネット掲示板の書き込みだった。
「なんだよ。有象無象の意見はたくさんだ」
軽くあしらうつもりで、馬渡は軽く流し見て――
そして、固まった。
「これも有象無象、ですのん?」
「おい。おい! なんだ、この情報は」
奮えるのを抑えたような。
しゃがれた声が、馬渡の口から洩れた。
「予想がつくでしょうん。それは早崎サンの恨みの証」
二回戦の後半も、一本目が終わろうかという頃合。
タイミング逃したためか、他の閲覧者には相手にされていなかったが。
本来ならありえない書き込みが、ぽつねんと記されていた。
961 :雪の国の名無しさん:05/18(土) 12:45:47.57 ID: Z90ENW90t1
鮎川ってヤツ、やっぱサマ仕掛けてるだろ
あれ五色どころか、八十枚のフル・ハイランダーじゃねえか
しかも聞いたこともねえカスレア満載だろ。
不平等統制、連鎖する変異、永劫たる第七天魔王?? 全部初めて見たわ。
しかも牙抜かしなんて調べたら10円のカスレアかよ。ありえねえ
「彼のデッキが五色であるという書き込みは、既にありましたねん。でもデッキ枚数が上限ギリギリだとか、フル・ハイランダーだとかって情報は、それまでなかった。なお観客席用の映像では、画質的に判断はできかねる」
馬渡と取って代わるように、焔村がまくしたてる。
「極めつけは『永劫たる第七天魔王』と『牙抜かし』。こんなマイナーカード、鮎川サンは今の所使ってはいませねん」
「……つまり」
「ええ。これらの情報を知っている人は、ごく限られますねん。本人と調整相手、大会運営者。あとは対戦相手だけですのん。その中で、こんな行動を取る動機のある人は」
「早崎だけ、か」
「そうですのん。実際に闘った早崎サンは、鮎川サンのことを誰よりも疑っている。だから、こんな書き込みを残したんですねん」
馬渡の顔が険しくなる。
焔村はそれを見計らって、事前に考えていたセリフを吐いた。
「馬渡サン。本題はこれなんです。他人を気遣えないヤツとは友達にならない――そういったあなたを男と見込んで、一つ頼みたいんです」
恭しく頭を下げ、大声で言った。
「僕の友達、早崎サンの仇を討ってください!」




