23 本質の散乱
「これは神繕騎士団が、私たち聖染騎士団の砦の包囲を完成させた日の夜ね」
『聖女の檄』だったものは、どこか暗い室内を映しだしていた。
揺らめく松明の炎とレンガ造りが、時代を感じさせる。
音声はない。綺麗に色づいた無声映画のようだと尭史は思った。
ジェローナは自ら活弁士となって、状況を語った。
「父さんたち、第一期の聖染騎士が遠征に行っている隙を狙われた様子よ。第二期はすっかり縮こまって、降伏を考え始めてる」
同じだ、と尭史は思った。
青年が高校生の頃に読んだ、S.N.o.W.16弾の解説ストーリー。
ジェローナの話は、その後半部分と酷似していた。
「だけど私は、諦められなかった。この場所は補給の要……失えば勝ち目はなくなる。それ以上に私の家でもあったから。戦わないわけには、いかなかった」
話の結末は知っていても、映像として見るのは初めてのことだ。
尭史の態度は自然と真剣になっていた。
「みんなの戦意を促すため、私はひとり決意した。かつてこの砦が完成したとき、父さんがそうしたように。ここのてっぺんで、皆に思いを叫ぼうって」
しかしジェローナに言わせれば、事実は小説より奇なり。
彼女の見聞は、早くも尭史の記憶とは違う道を辿り始めた。
「突然のことだったわ。てっぺんへの螺旋階段を昇っていると、なんとも言えない感覚に襲われたの。脱力したかのようで、足腰にはしっかり力が入るような。言葉にできない体験ではあったけれど、何が起きたのかは不思議と見当がついた――私はそのとき、創生導師の投影対象にされた」
「なに、投影だって」
尭史は失笑した。
「物体を複製するだの、贋作がどうだのっていう。あの投影かよ?」
「そうだけど。あの、ってなんのこと?」
「いや判らないならいいんだけどさ」
ジェローナは頭に疑問符を浮かべたが、またぞろオタク的な何かだろうと特に気にしなかった。
「とにかく、私は私のコピーを取られた。身体じゃなくて、意識をまるっと。そして次の瞬間私は創世導師の座に……すべてのメンブレンの外側にいた」
『聖女の檄』は一瞬だけジェローナの姿を映し、即座に真っ白な世界を映しだした。
「この放送事故みたいな場所に、創世導師がいたのか? なんなんだココ」
「そうね、例えるなら」
ジェローナは頭をひねった。
「尭史、調整のとき、夜になんだか噛んでたわよね」
「なんだかって、板ガムのことか? 眠気覚ましで、コンビニで百円のやつ」
「それの中身が、一つのメンブレンだと仮定しましょう」
「平行世界が平面の世界かよ」
古代の地中海に戻った気分だぜ、と尭史は出鱈目を言った。
「それぞれのメンブレンは銀色の紙で包まれていたわよね。あれが多次元の壁。メンブレンは単体では、その紙に閉じこめられたままなのよ。自力でそれを破ることもできないわけ。イメージできる?」
「なんとなくは」
「創世導師は、その外側に位置する存在なの。銀色に包まれた複数のメンブレンを、その上から更に包み込んでいる。さっきの例えなら、あの黒だか緑だかのツルツルしたやつでしょうね」
もっともメンブレンは、比べられないほど無数に存在しているけれど――とジェローナは付け加えた。
「ツルツルってのは、パッケージか」
なるほど平行世界を超越してはいるな、と尭史。
「ただし創世導師は、その、ぱっけえじ? であると共に、それを食べる人間の性質をも持ち合わせている」
「なんだなんだ、ゴム人間か?」
「いいかげんにしてよね」
「ごめん」
「創世導師は、ある程度ならメンブレンに干渉できるってこと。ガムを銀紙から取り出すこともできる。メンブレンの形を変えることもできる。もしかしたら一つのメンブレンを消滅させることさえできるかもしれないわ」
「多数ある平行世界を観測し、あまつさえ操作もする、ね」
そりゃ確かに神様みたいなもんだ。尭史は呟いた。
「すると投影ってのは」
「そう。創生導師が持つ能力の一つよ。――そろそろ話を戻しましょうか」
尭史は視線を「聖女の檄」に移す。そこに映されたジェローナは、いつの間にか白い空間を歩きだしていた。
「複製された霊は、創生導師の座へと誘われる。銀紙の内側から、ぱっけえじへと。遷移させられて……そして出会うことになる」
無声映画のジェローナが、歩みを止めた。
その目前には、三メートルほどのシルエット。
銀世界に落とされた影のような、真っ黒い姿。
月居との戦いで見えた幻――創生導師そのものだった。




