表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/106

21 軽蔑

 ジェローナはその大きな瞳で尭史を見上げた。

 いつもは頼りなさげな顔が、不思議と勇ましく見えた。


 早崎を睨んでいた尭史が、急に目線を下げる。二人の目が合った。

 ふと恥ずかしくなって、手をぱたぱたさせる。

「えっと、あの、私も――」

(早崎が固まっちまったよ。どうすればいいかな)

 何か言わないと。ジェローナはそう思って口を開いたが、尭史は気づかずに(さえぎ)っていた。


 怒ることもなく、ジェローナはばっと早崎を見た。

 目を逸らす口実ができたのが、ほんの少し嬉しいくらいだった。


「そうね」

 彼は言葉通り、固まっていた。

 場に叩き込まれた『氷雪嵐中の霹靂』を見つめたまま、微動だにしていない。

 手札やデッキを片づけることはおろか。

 負けました、と呟いたままの、「た」の口が塞がっていなかった。

「どれだけショックだったのよ」


(確率的なデッキ構築のセオリーからすると、ありえない負け方したからなあ。それにしたってオーバーな感はあるけど)

「なんか言ってあげなさいよ」

(なんて言うんだよ。こんな勝ち方しただけでも感じ悪いのに)

「いい試合でした、とか?」

(そういう(はなはだ)だしいお世辞は、(あお)りって言うんだぜ)


 しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。副審も怪しんでこちらを見ていた。

 尭史は努めて腰を低くして、早崎に言った。

「あのーぅ。そろそろ片づけてもいいですか?」

「」

「急かすようで悪いんですけど、審判(ジャッジ)の都合もありますし」

「」

「長居しても運営の妨げになっちゃうかな、なんて」

「」


 これといった反応はなかった。一つまばたきを挟んだだけで、依然固まっていた。

(どうしたもんかな、こりゃ)

 悪い気はしながらも、尭史はそっと『氷雪嵐中の霹靂』に手を伸ばした。


「!」

 すると早崎の身体がビクッと跳ねる。そして、カードを持つ尭史の右手を追う。

 中央から手前に来てもなお凝視している。

「なにこの人、こわい」

 ジェローナが半笑いで言った。


 手元のカードを、尭史は目の高さまで持ち上げてみた。

 そして、時計回りにぐるぐると回してみた。早崎の目も、合わせて回る。

「ちょ、尭史。なに遊んでんのよ!」

(いやなんか気になっちゃって)

「トンボじゃないんだから!」

(その例え出すのもひどくね?)


 ほどほどにして、『氷雪嵐中の霹靂』をデッキに戻す。依然として早崎の目は、そこに向けられていた。

「」

「……えっと」

「」

「見ます? 場所がアレなんで、あんまりじっくりとはできないですけど」


 すると早崎は、ようやく動いた。

 大きなうなずき。しかも二回。


 尭史のカードは、すでに片づいている。ジェローナ以外のすべてのカードを、手渡した。

 早崎はそれを、食い入るように――しかし、手早く――観察した。


「本当にこんなデッキを使っていたのか」

 数秒後。誰に言うともなく、早崎は呟いた。

 失礼な人ね、とジェローナは思ったが、当の尭史は涼しい顔をしていた。


「ええ、紛れもないです。その内容で、登録してますよ。信じられないならジャッジに掛け合っても良いし、今日の終わりに公開されるでしょう特集取材(カバレージ)を参照しても良いです」

「勝ち気なもので」

「負けると思って来るわけがないでしょう」


 早崎はデッキをまとめ直し、尭史に返した。

「それはそうであろうが。しかしそのデッキは、まるで」

「理にかなっていない、ですか?」


 ようやく自分のカードを片づけながら、早崎は目で頷いた。

「手にとってみて確信したが、それはデッキ上限いっぱい――80枚で構築されているだろう? それだけでも普通はありえない」

「判ってますとも」

「しかも五色。かつ、コストバランス(マナカーブ)も平坦ときている。それは、もはや――」

 一瞬ためらうように目を伏せた。だが早崎は、歯に衣を着せるのをやめた。 



「――二十年以上にわたるTCGの研究を、すべて(ないがし)ろにしている」



「そこまで言いますか」

 想像以上の口振りに、たまらず苦笑が漏れた。

「判っていてやっているのでしょう、鮎川氏」

 尭史は肩をすくめる。早崎は、片づけ終わっていた。


「しかし、それで勝てるというのなら、見てみたいものだよ。あえて応援はしないと言わせてもらうがね」

「そりゃあ、残念です」

「滝登りと呼ばれた、高名なあなただ。その勝ち方が、相手にどんな印象を与えるかは判っているでしょう」

「道理で」

 そのとき一瞬、尭史の目が沈んだように、ジェローナは感じた。


 早崎は立ち上がり、尭史に背を向けて会場を去っていった。

 審判への申告は勝者と敗者が共に行うのがマナーではあるが、勝者さえ行えば問題があるわけではない。

 逆にいえば、こうして先に去ることは、いわば負け惜しみ。

 勝負への不服を示す、無言のアピールであった。


「すっかり嫌われたみたいだ」

 尭史は早口にぼやいた。

「覚悟はしていたけど。こうやって勝ち進むほど、人に嫌がられるんだろうな」


「……尭史」

 ジェローナの頭には、言いたい言葉がいくつも浮かんだ。

 妹のためにと叱咤するとか。私は味方だと主張するとか。

 気にするなとなだめるとか。そういうこともあると共感するとか。

 どれが良いのか選んでいる間に、考えをせき止める大きな声が届いた。



「あゆかわくーーーーん!!!!」



 尭史はぎょっとして、椅子から飛び上がった。足に引っかかって、四つ足の椅子が倒れる。

 しかしその音が消えるくらいの第二波が襲ってきた。


「おめでとーーーー!!!!」


 彼の背後、腰までのバリケードから身を乗り出していたのは、月居だった。

「お、おう。ありが――」

 照れ笑いで応じようと挙げた手が、半端なところで止まった。


 月居は、先ほどのオーバーオール姿ではなかった。

 大胆なカッティングが施された、朽葉色の和服。

 異常に深いスリットも入っている。膝上には、くっきりとした日焼け跡が覗いていた。

 髪も先ほどまでとはまるで違う。桃色のウィッグをしていた。


(オレの知ってる和服は、あんなに布面積少なくないんだけどな……)

 不埒(ふらち)な考えを拭いきれない尭史。


「あれが、この世界の仮装? ずいぶん、過激なのね」

 ジェローナもまた、呆気に取られていた。


「次も頑張っ――」

 そこまで言ったところで、両腕を二人の警備員に捕まれる。

「ちょっと! コスプレは会場の外だけですって!」

「えええ、ちょーっと待ってよぉ!」

「ほら、出た出た!」

「あと一分、んや五十五秒で――あ、あーゆーかわーく……」

 警備員に引きずられて、月居は人混みに消えていった。



(なんだったんだ)

「なんだったのかしら」

 よく判らなかったので、倒した椅子を元に戻した。



 次いで審判への報告を済ませると、控え室へ行って自分の荷物を取った。

「これからどうするの? 中村さんのとこ? 月居さんのとこ? それとも次の相手の分析?」

(いや)

 屋外へすたすたと歩きながら、尭史は答える。


(中村はまだドラフトが終わってないと思う。月居は――今頃警備員に絞られてんじゃねえかな。レイヤーは指定の場所以外で披露しちゃいけない決まりだから)

「レイヤー?」

(コスプレする人)


「じゃ、データ集めか」

(それも違う。次の相手は――さっき会った馬渡か、滋賀代表の門司ってヤツだが――また別の友達に、情報収集を頼んである。それに三回戦の開始は今日の最後、15時からだ。まだだいぶ時間が余ってる)


「じゃ、どうするの?」

 尭史は日差しに目を細めた。

(おまえと話がしたい)

「えっ」


 ジェローナは面食らった。

(どうしてこんな日に? いえ、こんな日だからかしら)

 自分でも知らぬ間に、顔が熱くなっていた。

「ま、まあ、そうね。なんだかんだ、二人でゆっくり身の上話とか、したことないもんね。そういうのも、いいわね。うん」


(ん? ああ、それも確かにそうだけど)

 しかし尭史の思惑は違った。

(それより先に、今すぐ聞いておきたいことがあるんだ)


「え、あ――そう。なに?」

 そのテンションの下がりように首を傾げながら、尭史は念じた。


(うっかり忘れてたけど、さっきの試合で思い出したことがあるんだ)

 陽の光の中をなお歩きながら。

(オレ、初めて能力を使ったときに、不思議な幻を見てる)

「はあ、まぼろし」

(女子供のような、怪物のような。生きているような、いないような。この世のモンとも思えねーような何かだった)

「……それって」

(ローナ)


 会場そば。老人がのんびりしている大きな公園の、小さなベンチに腰掛けて、尭史はこう言った。

「おまえ、創世導師(ウォーロック)について何か知らないか。そして、おまえは一体なんなんだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ