21 軽蔑
ジェローナはその大きな瞳で尭史を見上げた。
いつもは頼りなさげな顔が、不思議と勇ましく見えた。
早崎を睨んでいた尭史が、急に目線を下げる。二人の目が合った。
ふと恥ずかしくなって、手をぱたぱたさせる。
「えっと、あの、私も――」
(早崎が固まっちまったよ。どうすればいいかな)
何か言わないと。ジェローナはそう思って口を開いたが、尭史は気づかずに遮っていた。
怒ることもなく、ジェローナはばっと早崎を見た。
目を逸らす口実ができたのが、ほんの少し嬉しいくらいだった。
「そうね」
彼は言葉通り、固まっていた。
場に叩き込まれた『氷雪嵐中の霹靂』を見つめたまま、微動だにしていない。
手札やデッキを片づけることはおろか。
負けました、と呟いたままの、「た」の口が塞がっていなかった。
「どれだけショックだったのよ」
(確率的なデッキ構築のセオリーからすると、ありえない負け方したからなあ。それにしたってオーバーな感はあるけど)
「なんか言ってあげなさいよ」
(なんて言うんだよ。こんな勝ち方しただけでも感じ悪いのに)
「いい試合でした、とか?」
(そういう甚だしいお世辞は、煽りって言うんだぜ)
しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。副審も怪しんでこちらを見ていた。
尭史は努めて腰を低くして、早崎に言った。
「あのーぅ。そろそろ片づけてもいいですか?」
「」
「急かすようで悪いんですけど、審判の都合もありますし」
「」
「長居しても運営の妨げになっちゃうかな、なんて」
「」
これといった反応はなかった。一つまばたきを挟んだだけで、依然固まっていた。
(どうしたもんかな、こりゃ)
悪い気はしながらも、尭史はそっと『氷雪嵐中の霹靂』に手を伸ばした。
「!」
すると早崎の身体がビクッと跳ねる。そして、カードを持つ尭史の右手を追う。
中央から手前に来てもなお凝視している。
「なにこの人、こわい」
ジェローナが半笑いで言った。
手元のカードを、尭史は目の高さまで持ち上げてみた。
そして、時計回りにぐるぐると回してみた。早崎の目も、合わせて回る。
「ちょ、尭史。なに遊んでんのよ!」
(いやなんか気になっちゃって)
「トンボじゃないんだから!」
(その例え出すのもひどくね?)
ほどほどにして、『氷雪嵐中の霹靂』をデッキに戻す。依然として早崎の目は、そこに向けられていた。
「」
「……えっと」
「」
「見ます? 場所がアレなんで、あんまりじっくりとはできないですけど」
すると早崎は、ようやく動いた。
大きなうなずき。しかも二回。
尭史のカードは、すでに片づいている。ジェローナ以外のすべてのカードを、手渡した。
早崎はそれを、食い入るように――しかし、手早く――観察した。
「本当にこんなデッキを使っていたのか」
数秒後。誰に言うともなく、早崎は呟いた。
失礼な人ね、とジェローナは思ったが、当の尭史は涼しい顔をしていた。
「ええ、紛れもないです。その内容で、登録してますよ。信じられないならジャッジに掛け合っても良いし、今日の終わりに公開されるでしょう特集取材を参照しても良いです」
「勝ち気なもので」
「負けると思って来るわけがないでしょう」
早崎はデッキをまとめ直し、尭史に返した。
「それはそうであろうが。しかしそのデッキは、まるで」
「理にかなっていない、ですか?」
ようやく自分のカードを片づけながら、早崎は目で頷いた。
「手にとってみて確信したが、それはデッキ上限いっぱい――80枚で構築されているだろう? それだけでも普通はありえない」
「判ってますとも」
「しかも五色。かつ、コストバランスも平坦ときている。それは、もはや――」
一瞬ためらうように目を伏せた。だが早崎は、歯に衣を着せるのをやめた。
「――二十年以上にわたるTCGの研究を、すべて蔑ろにしている」
「そこまで言いますか」
想像以上の口振りに、たまらず苦笑が漏れた。
「判っていてやっているのでしょう、鮎川氏」
尭史は肩をすくめる。早崎は、片づけ終わっていた。
「しかし、それで勝てるというのなら、見てみたいものだよ。あえて応援はしないと言わせてもらうがね」
「そりゃあ、残念です」
「滝登りと呼ばれた、高名なあなただ。その勝ち方が、相手にどんな印象を与えるかは判っているでしょう」
「道理で」
そのとき一瞬、尭史の目が沈んだように、ジェローナは感じた。
早崎は立ち上がり、尭史に背を向けて会場を去っていった。
審判への申告は勝者と敗者が共に行うのがマナーではあるが、勝者さえ行えば問題があるわけではない。
逆にいえば、こうして先に去ることは、いわば負け惜しみ。
勝負への不服を示す、無言のアピールであった。
「すっかり嫌われたみたいだ」
尭史は早口にぼやいた。
「覚悟はしていたけど。こうやって勝ち進むほど、人に嫌がられるんだろうな」
「……尭史」
ジェローナの頭には、言いたい言葉がいくつも浮かんだ。
妹のためにと叱咤するとか。私は味方だと主張するとか。
気にするなとなだめるとか。そういうこともあると共感するとか。
どれが良いのか選んでいる間に、考えをせき止める大きな声が届いた。
「あゆかわくーーーーん!!!!」
尭史はぎょっとして、椅子から飛び上がった。足に引っかかって、四つ足の椅子が倒れる。
しかしその音が消えるくらいの第二波が襲ってきた。
「おめでとーーーー!!!!」
彼の背後、腰までのバリケードから身を乗り出していたのは、月居だった。
「お、おう。ありが――」
照れ笑いで応じようと挙げた手が、半端なところで止まった。
月居は、先ほどのオーバーオール姿ではなかった。
大胆なカッティングが施された、朽葉色の和服。
異常に深いスリットも入っている。膝上には、くっきりとした日焼け跡が覗いていた。
髪も先ほどまでとはまるで違う。桃色のウィッグをしていた。
(オレの知ってる和服は、あんなに布面積少なくないんだけどな……)
不埒な考えを拭いきれない尭史。
「あれが、この世界の仮装? ずいぶん、過激なのね」
ジェローナもまた、呆気に取られていた。
「次も頑張っ――」
そこまで言ったところで、両腕を二人の警備員に捕まれる。
「ちょっと! コスプレは会場の外だけですって!」
「えええ、ちょーっと待ってよぉ!」
「ほら、出た出た!」
「あと一分、んや五十五秒で――あ、あーゆーかわーく……」
警備員に引きずられて、月居は人混みに消えていった。
(なんだったんだ)
「なんだったのかしら」
よく判らなかったので、倒した椅子を元に戻した。
次いで審判への報告を済ませると、控え室へ行って自分の荷物を取った。
「これからどうするの? 中村さんのとこ? 月居さんのとこ? それとも次の相手の分析?」
(いや)
屋外へすたすたと歩きながら、尭史は答える。
(中村はまだドラフトが終わってないと思う。月居は――今頃警備員に絞られてんじゃねえかな。レイヤーは指定の場所以外で披露しちゃいけない決まりだから)
「レイヤー?」
(コスプレする人)
「じゃ、データ集めか」
(それも違う。次の相手は――さっき会った馬渡か、滋賀代表の門司ってヤツだが――また別の友達に、情報収集を頼んである。それに三回戦の開始は今日の最後、15時からだ。まだだいぶ時間が余ってる)
「じゃ、どうするの?」
尭史は日差しに目を細めた。
(おまえと話がしたい)
「えっ」
ジェローナは面食らった。
(どうしてこんな日に? いえ、こんな日だからかしら)
自分でも知らぬ間に、顔が熱くなっていた。
「ま、まあ、そうね。なんだかんだ、二人でゆっくり身の上話とか、したことないもんね。そういうのも、いいわね。うん」
(ん? ああ、それも確かにそうだけど)
しかし尭史の思惑は違った。
(それより先に、今すぐ聞いておきたいことがあるんだ)
「え、あ――そう。なに?」
そのテンションの下がりように首を傾げながら、尭史は念じた。
(うっかり忘れてたけど、さっきの試合で思い出したことがあるんだ)
陽の光の中をなお歩きながら。
(オレ、初めて能力を使ったときに、不思議な幻を見てる)
「はあ、まぼろし」
(女子供のような、怪物のような。生きているような、いないような。この世のモンとも思えねーような何かだった)
「……それって」
(ローナ)
会場そば。老人がのんびりしている大きな公園の、小さなベンチに腰掛けて、尭史はこう言った。
「おまえ、創世導師について何か知らないか。そして、おまえは一体なんなんだ?」




