12 天使の好意
片づけをしていると、不意に月居がぶるりと震えた。
尭史は声をかけようとしたが、なんとなく気が引けた。
「どったの。何か言いたげじゃない」
(あ、いや。月居がなんか変だからさ)
「言葉が?」
(失礼なヤツだな。様子だよ)
「んじゃ声かけてあげなさいよ。男でしょ」
(ジェンダー関係あんのかな)
悪態こそついたが、疑問を覚えたのは事実。散らばった自分のカードをまとめ終わったところで、尭史はもう一度口を開いた。
「おい、月居? どうしたんだよ」
がっくりと肩を落としたまま、ゆっくりと口を開いた。
「レク様、が」
「え?」
「レク様が誰も虐められなかったぁ!」
「は?」
がたっとイスを鳴らしたかと思うと、自分のカードを乱雑にしまってブースを飛び出ていった!
「うわああああん!」
「え、ええ?」
何事かと目を動かす他の参加者たち。
その中で呆然とする尭史。と、それを見上げる一枚。
「やーい。なーかせた」
(オレぇ?)
「いーけなんだ、いけなんだ。ほら、早く追っかけなさいよ。男でしょ」
(オレなんもしてないと思うんだけど。とりあえず運営に勝敗申告しないと)
「うーんこの甲斐性なし!」
(おまえローナこら。さっき滝登りっつったの思い出したぞ)
「え、あ、いやーなんのことかなーあはは、審判には協力しないとダメよねー」
胸ポケットに頭から突っ込まれることになった。
「月居。こんなとこにいたのか」
勝敗報告用紙を提出し終えた尭史は、月居を追って走った。
会場中を走り回り、ようやく見つけたのは建物の外。
一般人立入り禁止の港、その入り口そばの海が見える空き地。
質素な倉庫に阻まれた隙間から、月居は海を眺めていた。
「探したんだぜ。これ、忘れてたからさ」
尭史は駆け寄り、隣に坐りこむ。そして一枚のカードを手渡した。
「『不平等統制』の下に置いてた『捨て鉢のマイル』。しまい損ねてたろ」
「こんな時でもカード持ち出すなんて、ホントにオタクね」
(黙ってろローナ。そんなに逆さまが好きか?)
「いやー今日だけでもこれで二回目だからむしろ正位置が怖くなってキタワ」
(んじゃ、そのままでいいか)
「あごめんウソ今の嘘です! 戻して! ホントはホントに辛いから!」
そんな風に茶化すジェローナだったが、月居が話しだすと静かになった。
「うん、ありがとぉね。わざわざ見つけてくれて」
マイルに手を伸ばす月居。その目は少し赤かったが、今は泣いていなかった。
「みっともねートコ見せちったなぁ。ごめんなぁーなんか。も平気」
「それなら良かったよ。気が悪くなければ、ワケを訊いてもいいか」
大したコトじゃないよ、とはにかむ。尭史には少しまぶしく映った。
「青黒のリンゲージって、先月まではもっと強かったでしょーよ。レクさ……『狡知なる魔皇子、レクトル』が四枚入れられたからさぁ」
「ああ、そうだな。簡単にデカい生物になるし、後続呼び出してくるし。男の使い手がどっと増えるほど強かった」
「でも前回の制限改訂でデッキに一枚しか入れられなくなってから、がくーっと弱くなっちゃって。この大会で使ってるのも、たぶん私一人でしょ。だから、勝ち進んでリンゲージをアピールしてきてって友達に頼まれてたんだ」
「そっか」
「なのに一回戦で負けちったから、なんかすげー悔しくて。ホント、それだけ」
そっか、と尭史は息を吐いた。
「悪いコト訊いちまったかな。勝っといてそんな話させるの、カンジ悪いよな」
「ううん。聞いてくれてちょっと楽になったよ。ありがとぉね」
ん、と腕を伸ばす。
「だから、悪く思わんでね」
「わかった、そうするよ」
それを聞いた月居は、眼を強く閉じる。そして、立ち上がった。
太陽の光に当てられて、尭史からは表情が見づらくなる。
「でも、鮎川くん優しいからなぁ。そう言っても、いい気持ちしないのかな」
「別に優しいわけじゃないよ。ほら、なんだ。マイルを返そうと思っただけだし」
「そんだけなら、走り回って探してくれたりしないでしょーよ。体力ないくせに」
「言うほど疲れたわけでもないぜ」
ジェローナでなくても、尭史の嘘は見え透いていた。
だから月居は、こう言った。
「ね。もっと勝ち進んでな。そんなら私も救われるわ」
少しだけ意外な言葉に、月居へと顔を向ける。
梅雨入り前だというのに少し焼けた、細い腕。
まだ坐っている尭史に、それを伸ばしていた。
「判った。優勝してやるよ」
「そりゃあ、強気だな」
くすくすと笑う月居。
青年はその腕を遠慮なく引き、立ち上がった。
すると月居は図らずも、尭史の顔に顔を埋めてしまう。
「おっと。わり」
「ちょっと、もー。少しも加減して!」
すぐに離れると、照れた風にそう言った。
そして機敏にそっぽを向くと、大声を出す。
「じ、じゃ、ありがとね! 先戻ってるから!」
「え?」
「忘れてたんだっけ。友達がコスプレしに来てんだ。あとでね!」
「お、おい」
「がんばって!」
会場に走って戻る月居を、なんとなく追えなかった。
走り回って疲れたせいかと、尭史は自分に言い訳した。




